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地方局アナウンサーから30歳で俳優に転身。小笠原遥の退路を断った挑戦と覚悟

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/S.K. ヘア&メイク/MISAKI HASEGAWA

女性アナウンサーが女優業に乗り出すことは珍しくないが、男性アナウンサーが役者になるのは稀だ。TBC東北放送の人気アナウンサーだった小笠原遥は4年前に退社し、その異例の道に踏み出した。フリーアナの活動の一環でなく、俳優への転身。一度は胸にしまった夢を30歳を過ぎてから叶えるために。現在、初めて連続ドラマにレギュラー出演中。退路を断ったオールドルーキーの挑戦は実を結ぶのか?

大学時代は役者で成功する自信がなくて

 宮城ではお馴染みの顔だった。TBC東北放送のアナウンサー時代の小笠原遥。朝の情報番組『ウォッチン!みやぎ』のメインMCのほか、『サタデーウォッチン』でタキシード姿で温泉ロケをしたり、TBSの番組の中継コーナーを担当したりと、幅広く活躍していた。

 アナウンサーを志したのは早稲田大学商学部の学生だった頃。だが、それ以前に「エンターテイメントの世界に憧れがありました」という。

「もともとドラマや映画が好きで、大学生になると帝国劇場で上演されるミュージカルを、アルバイトしてチケットを買って観に行っていました。役者の熱のこもったお芝居や歌声が客席に直に響いてくる、あの感覚が好きです」

 自分も役者の道に進みたい……と本気で考えもした。ミュージカル俳優を志し、歌やタップダンスのレッスンを受けたりも。

 しかし、「成功する自信が全然持てなくて」と、同級生たちと同じように就活を始める。キー局に地方局とアナウンサーの他に制作や報道、さらに自動車メーカーの営業など一般企業まで幅広く受けた結果、TBC東北放送でアナウンサーとして声が掛かった。

映画の1シーンに出て胸にしまった夢が蘇りました

 キー局のアナウンサー試験は3000人から受かるのは2~3人など、1000倍を超える倍率の狭き門だ。地方局に入社した女性アナウンサーが、数年後にフリーとして東京に戻ることも多い。男性アナの小笠原も最初から、同じような道を考えていたのだろうか?

「それは全然なかったです。仙台は想像していた以上に素敵な街で、映画のPRやロケで著名な方も来てくださって。私は入社1年目から情報番組のMCをさせてもらい、いろいろな方にインタビューもさせていただきました。自分はここでずっとアナウンサーの仕事を続けていくと思っていました」

 そんな小笠原に転機が訪れる。阿部寛が主演する『新参者』シリーズの劇場版で、2018年1月に公開された『祈りの幕が下りる時』の1シーンに出演。物語の舞台のひとつが仙台だったこともあり、地元局アナウンサーの小笠原に回ってきた話だった。

「アナウンサーの役をやるのかと思ったら、市場の魚屋さんの役でした。台詞はなかったんですけど、福澤克雄監督に動きを付けてもらって。手掛けられた作品を多く観てきたので、夢のような時間でした」

 福澤氏といえば、『半沢直樹』など日曜劇場の多くのドラマをヒットさせた名監督。小笠原の出番は、冒頭で主人公の加賀恭一郎の失踪した母親(伊藤蘭)と少し絡む程度だったが、当時していた仕事とは別の種類の心のときめきを感じた。

「アナウンサーとしてプロの仕事をまっとうしようと努めてきた中で、俳優は心の奥深くにしまっていた道でしたが、振り返ると、あの日が人生の分岐点になったのかもしれません」

悩んだ末に退路を断とうと辞表を提出

 役者への想いに再び火がつき、その後プライベートで東京に帰った際に演技のワークショップに参加したりしながら、身の振り方について悩む日々が続いた。

「多くの志望者の中からアナウンサーに選んでもらって、担当番組もいろいろありましたから、それを途中で辞めていいのか? でも、当時29歳。間もなく30歳というタイミングで、チャレンジ精神は忘れたくないなと」

「退路を断つほどの覚悟があるのか。自分自身と向き合い、最終的にその覚悟ができたので、退社することに決めました。退職届を上司に出す当日の朝は、さすがに緊張したことを覚えています」

 男性アナウンサーがこうした形で辞める例は少なく、驚かれたそうだが、2018年末での退社が決まった。担当していたラジオ番組の最後の放送では、「いつか必ず違った形で、皆さんに自分の姿をお届けできる日を楽しみに頑張ります」と語った。

10代の人とも一緒に演技を基礎から学びました

 女性アナウンサーが知名度も活かして女優活動に乗り出す例はある。男性の局アナがフリーになって他局の情報番組やバラエティに出演することもある。だが、小笠原のように、地方局アナウンサーから30歳にして俳優への転身を図るのは稀だ。

「当初、プライベートで参加したワークショップでは、自分の中にあった恥じらいの気持ちを捨てて基礎から学びました」

 10代など自分より年下の受講者たちに交じって指導を受ける中で、「セリフが説明っぽい」と指摘されたことも。

「アナウンサーをやっていることで自然と染み付いていた感覚もあったと思うので、当時ならではの指摘だったかもしれません。同じ“伝える”ことにおいても、アナウンサーと役者ではアプローチがまったく違う。振り返ると苦労もありましたが、そんな経験があったからこそ、今、現場に出られるようになったのかなと思います」

番宣していたドラマに参加できるとは

 TBCを退社して2年後の2020年、俳優として初めて、縁のある福澤克雄監督の『半沢直樹』最終回に出演した。金融庁の職員役で、柄本明が演じた与党幹事長の家宅捜索をするシーンに加わる。

「TBCはTBS系列で日曜劇場は番宣する側だったので、初めて参加したときは不思議な感覚でした。役者に転身した経緯を柄本さんにお話しして、『人生は長いから。ここから頑張ってください』と言われたことが励みになっています。一生忘れないと思います」

 昨年は『TOKYO MER』10・11話で、稲森いずみが率いる警視庁公安部・外事四課の刑事を演じた。

「実際の外事四課の仕事内容を調べて、現場に立ちました。アナウンサー時代も出演時間より放送に臨むための事前の準備が長かったので、そこは役者も同じだなと感じました」

 小さな役でも、大きな作品の現場で学ぶことは多いそうだ。

「今後も素晴らしい先輩方とご一緒して、少しでも吸収したい。日曜劇場に何度も呼んでいただけるように、成長したいです」

初レギュラーでコミカルとシリアスの演じ分けを目指そうと

 放送中の『部長と社畜の恋はもどかしい』では初めて役名が付き、毎回の撮影に参加した。残業ばかりの社畜OLと必ず定時で帰る総務部長を巡るオフィスラブコメディーの中で、中村ゆりかが演じる主人公・丸山真由美の同僚の営業マン・佐々木良平役。

「6話では佐々木の行動がきっかけで、まるちゃん(丸山)を窮地に追い込んで、部長との大事な約束の邪魔をしてしまいました。そのシーンを撮ってから、現場で何かハプニングがあると、『佐々木ぃ~!』と周りの役者陣やスタッフからイジられました」

 仕事上の立場から真由美と対立するシーンなどでは、「こんなこと、会社で実際に見たな」とTBC時代の経験を思い出し、当時のままを役に出したりも。そして、共演者からの大きな学びもあった。

「人事部長役の丸山智己さんが頻繁にアドリブを入れて面白くて、笑いをこらえるのに必死になるときもありました。それでいて、シリアスに演じるときの切り替えがすごい。30歳から役者を始めて、どのような方向性でお芝居と向き合うか、ずっと考えてきた中で、あんなふうにコミカルとシリアスを演じ分けられる俳優になれたらと、目指す像が見えてきた気がしました」

 また、『妻、小学生になる。』でも4話に出演。小学校の先生役で、球技大会の受付の対応をした。

「1シーンだけ出る役ですけど、台本を読んでみたら、主演の堤真一さんと直接やり取りする場面だったんです。昔から憧れの俳優さんの1人でしたが、現場ではそういう気持ちは捨てて臨みました。ひと言のセリフや表情の変化でシーンを面白くする堤さんの凄みを、実際に対面して感じました」

大河ドラマ、帝国劇場、海外作品が三大目標

 局アナから俳優に転じて4年目。上向きになっているが、30歳からの下積みはまだ続いている。

「現場では悔しい気持ちのほうが多いですけど、作品に入ることは楽しくて。子役からやっていればとか、演劇サークルに入っていればとか、タラレバは尽きません。でも、退路を断ってアナウンサーを辞めた当時の選択に、後悔はありません」

 将来的な目標は三つあるとのこと。

「一つはNHKの大河ドラマに主要キャストとして出演すること。小学生の頃から観ていて思い入れがあって、好きな作品を挙げればキリがありません。いつか武将を演じてみたいです」

「もう一つは帝国劇場の舞台に立つこと。エンターテイメントの世界に興味を持つきっかけをくれた大切な場所です。5年10年と時間をかけて、あの舞台で演じられるようになれたらと、歌のレッスンにも励んでいます」

「最後は海外作品に出ることです。今はNetflixでの配信作も増えているので、オーディションで役を勝ち獲りたい。留学の経験も活かして、英語の芝居にも挑戦したいです」

 若者が語る夢のようでもあるが、「本気で俳優をやるからには、目標もあえて大きく設定しています」とキッパリ。

「あえて言葉にして、強い気持ちを持って日々頑張っていれば、チャンスは訪れると信じています」

先が見えない時代でもチャレンジは自由に

 30歳を過ぎて俳優デビューしたオールドルーキーとしては、見据えているのは40代や50代だろうか。

「10年後や20年後に叶えばいい、ではダメだと思います。転身したことに関心を寄せていただけるのは、本当にわずかな時間。“アナウンサー出身”という枕詞が付かなくても、お芝居で存在感が出せるようにならないと。長期的に活躍できることを見据えながら、まずはここからの3年という時間を大切にしたいです」

 三大目標の足掛かりも3年以内に掴もうと?

「いきなり叶うことはないので、そこに至るステップが大事だと思います。誰がどこで見てくれているかわからないので、一つ一つの現場に全力で挑みます」

 三つの目標では立ちたい場所が挙げられていたが、役者のあり方として目指すものは?

「存在感のあるバイプレイヤーになりたいです。私が尊敬する役者さんたちは、同じクールで複数の作品に出て、まったく違うキャラクターを演じ分けています。自分もそんな俳優になって、次から次へと作品に呼んでもらえるように、演技を磨いていきます」

 小笠原の忘れかけていた夢への30歳からの挑戦が実を結べば、多くの人の励みになりそうだ。

「今は先の見えない時代ですが、キャリアも多様化していますし、チャレンジは本来もっと自由なものでいいはず。年齢に捉われることなく、心の赴くままに好きなことに挑戦するのも、悪くないかなと思っています。私の姿を見て『自分も別のジャンルで頑張ってみよう』と、少しでも思ってもらえたら嬉しいです」

Profile

小笠原遥(おがさわら・はるか)

1989年4月21日生まれ、千葉県出身。

2014年にTBC東北放送にアナウンサーとして入社。『ウォッチン!みやぎ』、『サタデーウォッチン』などに出演。2018年に退社。2020年にドラマ『半沢直樹』で俳優デビュー。ドラマ『部長と社畜の恋はもどかしい』(テレビ東京系/水曜24:30~)に出演中。

撮影/S.K.

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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