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ヌードモデルの兎丸愛美が台本なしの映画で見せた、貧困女子役のリアルさ

斉藤貴志芸能ライター/編集者
映画『COME&GO カム・アンド・ゴー』に出演している兎丸愛美

ヌードモデルとして世に出て、女優やファトグラファーと活動を広げてきた兎丸愛美。アジア9ヵ国の俳優が集結した映画『COME&GO カム・アンド・ゴー』に出演している。台本なしで撮影されたというこの作品で、田舎からキャリーケースひとつで大阪に来た役を演じた。街の中をさまよう姿に、ため息が聞こえるようなリアルさが漂う。

うそのない心をさらけ出す姿勢が演技でも

 現在29歳の兎丸愛美。19歳のときに、SNSで知り合ったアマチュアカメラマンに自らのヌードを撮影してもらったのをきっかけに、ヌードモデルとして活動を始めた。

 ヌードを撮ったのは「10代の頃は、うそをついたり、我慢したり…そういう自分とお別れしたくて、まっさらな状態でいきたいというのがありました」とのこと。ヌードモデルの肩書きについては「服を脱ぐという意味の『裸』でもありますが、心をさらけ出すという意味での『裸』でもあり、ありのままを表現するため」としている。(オトナンサー2019.2.27より)

 2016年に舞台『幽霊』で女優デビュー。映画出演も続き、『海辺の途中』での無精子症で離婚した主人公と刹那の関係を深めるデリヘル嬢、『「16」と10年。遠く。』での16歳のときに交通事故に遭って記憶を失った女性など、何かを抱えた役を演じることが多い。心の痛みが伝わる演技が評価を受けてきた。

 兎丸にとって、ヌードモデルがうそのない自分をさらけ出すことだとすれば、他人の人生を歩む女優業はある意味、対極とも言える。しかし、兎丸は演技でも、役が自身の奥底にある何かを露わにしていくように感じる。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

9ヵ国の俳優の中で徳島から大阪に出た役を

 『COME&GO カム・アンド・ゴー』は、中華系マレーシア人で大阪を中心に活動するリム・カーワイ監督の作品。『新世界の夜明け』、『Fly Me To Minami 恋するミナミ』に続く大阪三部作の最終作と位置付けられている。

 梅田北区、通称キタが舞台。古い木造アパートで白骨化した老婦人の死体が発見される一方、アジア各国からの観光客、ビジネスマン、難民、留学生らと、日常を共有する日本人たちに小さな出来事が行き交う。

 台湾映画の巨匠、ツァイ・ミンリャン監督作品で知られるリー・カーションがAVオタクでセクシー女優のイベントに出向く観光客役、日本・ミャンマー合作ドラマ『My Dream My Life』で森崎ウィンと共演したナン・トレイシーがスーパーでバイトをしながら専門学校に通う留学生役など、アジア9ヵ国の人気俳優がキャストに名を連ねた。

 日本人では、白骨遺体を捜査する刑事役の千原せいじ、退職して“おっさんレンタル”に登録した役の桂雀々らが出演。その中で兎丸は、徳島から大阪に出てきて、漫画喫茶や出会いカフェで寝泊まりするマユミを演じた。

キャリーケースひとつで来た背景を自ら作る

 台本を用意せず、ほぼ即興で演出するのがカーワイ監督のスタイル。兎丸も「役についてもストーリーについても、あまり聞かされてないまま、旅行のような気持ちで大阪に来ました」と話す。

「田舎からキャリーケースひとつで出てきた貧困女子の役、とだけ言われました。名前も『マユミにしよう』とその場で決められて(笑)。たぶん、私の“マナミ”からもじったんだと思います。本当にその程度で、どんな性格とか一切聞かされず、撮影しながら自分で作っていった感じです」(兎丸)

 大阪に来たマユミは街頭で女優にスカウトされ、マンションの一室の事務所に付いていく。「露出とかどうかな?」という話になり、服を脱いでブラも外され、ふすまを開けた部屋でAVを撮らされそうになる。

「その場で『今から騙されてAVに入るシーンを撮ります。こういうことがあるので、こうしてください』みたいに決めていく撮影でした。スタッフさんもシーンがどう繋がるのか、イマイチわかってなくて。でも、リムさんの映画への情熱はすごく伝わって、みんながリムさんが見たい画をどうにか撮ろうと団結してました」(兎丸)

 ちなみに、劇中の設定は平成が終わる前後の3日間。実際にその頃に撮影して、「新元号の令和の発表をロケバスで見ていました」とのこと。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

「生まれ変わりたい」と逃げ出してきて

 その後、マユミは漫画喫茶でバイト情報誌を見たりしながら、街で受け取ったティッシュから、女性は無料で泊まれる出会いカフェに行く。「飯でも行かない?」と声を掛けてきた男性は「いくらもらえますか? 2万円じゃイヤです」と断った。

 別の席に座っていた女性に教わった北新地のキャバクラに足を運び、時給5000円でキャバ嬢をやることに。しかし、実はマユミは酒を飲めず、暗い顔をして客をシラけさせる。何とも危なっかしく、夜の街をキャリーケースを引きずって歩く姿は孤独だ。

 そんなマユミの人物像を、兎丸はどう描いたのだろう?

「徳島で窮屈な暮らしをしていたんじゃないかと思います。学校か家族か職場か、何か問題があって、そこから逃げ出すように『生まれ変わりたい』みたいな勢いで大阪に出て来たのかなと。世間知らずで悪い男たちに騙されてしまうんでけど、騙されるたびに知恵を付けて強くなっていく。そんなイメージでした」(兎丸)

映画『COME&GO カム・アンド・ゴー』より
映画『COME&GO カム・アンド・ゴー』より

自分なのか役なのかわからない瞬間も

 台本がないこともあってか、それぞれの事情で大阪にいる人たちのリアルな息づかいを感じる映画だが、兎丸の演じたマユミは、雑然とした都会に翻弄される女性のドキュメンタリーを観るようでもあった。自身の素が出た部分もあったのだろうか?

「本当に大阪を放浪する女の子の気持ちにはなっていて、随所でマユミなのか愛美なのかわからない瞬間もあると思います。だけど、私にはマユミのような勇気はないかもしれません。見知らぬ都会に1人で行って、たいしてお金もなく、泊まる場所も決めてないまま、どうにかここで生きていこう……みたいなことは、してみたくても私にはできない。マユミの行動力が羨ましいです」(兎丸)

 だが、今いる場所から逃げ出したいと思ったことは、自身もあるという。

「私は10代のとき、学校にちゃんと行っていたし、勉強もしていて。でも、心は逃避行している感じでした。自分が姉や兄と比較されることのない世界に行きたくて、めちゃくちゃインターネットをやっていました」(兎丸)

映画『COME&GO カム・アンド・ゴー』より
映画『COME&GO カム・アンド・ゴー』より

胸に焼きついた3日間の彷徨

 キャバクラを出たマユミは大阪駅前でへたり込んでいたところを、店に居合わせていたマレーシア人のビジネスマンに声を掛けられる。一緒に観覧車に乗り、夜景を見ながら「きれい……」と初めて笑顔を見せるが、疲れがドッと出たのか、そこで倒れ込んでしまう。

 しかし、男たちに騙されてきたあとで、このマレーシア人は紳士だった。翌朝、彼の宿泊していたホテルでマユミが目を覚ますと、すでにチェックアウトしていてメモが残されていた。英語と漢字交じりのそのメモに目を通し、キャバクラでしたメイクを落とす。

 物語は終わっていくが、マユミはこの後どうしたのだろう? ついそんなことに思いを馳せるほど、1人の女性の大阪での3日間の彷徨が胸に焼きついていた。

映画『COME&GO カム・アンド・ゴー』より
映画『COME&GO カム・アンド・ゴー』より

Profile

兎丸愛美(うさまる・まなみ)

1992年4月16日生まれ。

2014年よりヌードモデルとして活動。2016年に舞台『幽霊』で女優デビュー。主な出演作は映画『三つの朝』、『シスターフッド』、『ふたり』、『海辺の途中』、『「16」と10年。遠く。』など。公開中の『COME&GO カム・アンド・ゴー』に出演。写真集『きっとぜんぶ大丈夫になる』、『羊水に見る光』、『しあわせのにおいがする』が発売中。

『COME&GO カム・アンド・ゴー』

監督/リム・カーワイ

ヒューマントラスト渋谷ほか全国順次公開

公式HP

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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