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『映画大好きポンポさん』が劇場アニメ化。新人女優役で声優デビューの大谷凜香が分岐点で決めた覚悟

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/S.K. ヘア&メイク/中軍裕美子 スタイリング/田中あゆみ

映画の街で一世を風靡する敏腕若手プロデューサーや監督を任せられた青年らが、製作に奔走する人気マンガ『映画大好きポンポさん』がアニメーション映画になった。大作のヒロインに見出された新人女優・ナタリーを、声優初挑戦の大谷凜香が演じている。劇中さながらの大抜擢にどう挑んだのか?

オーディションで空回りしたのが役と似ていて

――アニメはもともと観てました?

大谷 私には年子の兄がいて、小さい頃から、どちらかというと男の子向けのアニメを観てました。よく一緒に観ていたのが『メジャー』です。兄はそれがきっかけで野球を始めて、私も練習を見に行くうちに好きになって、中学で野球部に入りました。

――声優も前からやってみたかったとか?

大谷 私はモデルや役者をやらせていただいてましたけど、声優はまったく違うジャンルだと思っていました。プロフェッショナルな方たちの職業なので、自分は交わることなく、一生観る側だろうなと。オーディションを受けたのも、今回が初めてです。

――オーディションではどんな台詞があったんですか?

大谷 ナタリーが地元で女優を夢見ていた回想シーンや、「私の映画でもあるんだから」と女優としての自覚を持った瞬間ですね。原作とオーディションの原稿を照らし合わせて、イメージしました。

――手応えはありました?

大谷 ないです、ないです。私は緊張しぃで、現場の空気に慣れるとほぐれていくので、オーディション会場に早めに行ったんですね。そしたら、私の前の人より先に到着しちゃって、順番が逆になって、着いてすぐブースに入りました(笑)。

――逆に、緊張をほぐす間もなくなって(笑)。

大谷 そうなんです。心の準備もできてなくて、ノドも締まっちゃって、ディレクションされても思うように声が出なくて。「ヤバい! ヤバい!」となっているうちに、終わってしまいました。だから、手応えなんて全然なかったです。

――でも、ナタリー役に選ばれました。

大谷 きっとナタリーの素朴なところとか、前のめりでやる気が空回りしちゃうところが、私と似ていたんでしょうね。オーディションに早く着きすぎちゃったのもそうですし、私も地元の田舎で女優を夢見ていたので、昔の自分が活きて、監督たちが見つけてくれたのかもしれません。声優さんはベテランでもオーディションを受けると聞くので、私よりうまくできる方はたくさんいらっしゃったと思います。その中で選んでいただいたからには、期待を裏切るわけにはいかないと気が引き締まりました。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

アニメならではの叫び声もひとり言も難しくて

pixivで94万ビューを超えた杉谷庄吾【人間プラモ】のマンガが原作の『映画大好きポンポさん』。敏腕映画プロデューサーのポンポさんが、制作アシスタントで映画通のジーンを伝説の俳優の復帰作の監督に指名。そしてヒロインには、目利きにかなった新人のナタリーを迎えて、波乱万丈の撮影が始まった。

――声優に初挑戦して、難しいことは多かったですか?

大谷 いっぱいありました。台本の読み方から映画やドラマと違って、台詞のタイミングを何秒ゼロいくつまで、自分で書き込まないといけなかったり。

――画に合わせるために、自分の間(ま)ではできないということですね。

大谷 そこもまずビックリしました。今となっては「それはそうだよな」と思いますけど、最初は何もわからなかったので。台詞を言うときも、マイクは同じ場所にあっても、映像の中では相手との距離や話す方向が変わるので、そういう部分を調整するのも難しくて。たくさんディレクションを受けて、台本には距離感まで書き込んで、グチャグチャになりました(笑)。

――まさに職人芸の世界なんでしょうね。

大谷 初日は声が全然出ませんでした。音より息の量が多すぎて、映像に声が乗らなかったんです。そういうところも苦労しました。

――アニメならではの言い回しもありますよね。

大谷 ありました。食べているときの音とか、日常生活では絶対に声にしない言葉も、アニメでは入れるので。

――ナタリーがポンポさんにヒロインに指名されて「そそそそんな急に」とか。

大谷 そうですね。オドオドしたときの声の出し方とか、最初は全部慣れてなくて、言えないまま次のシーンに行っちゃうこともありました。叫び声ひとつでも、こんなにバリエーションがあるのかと思うくらい何テイクも重ねましたし、ナタリーが疲れて家に帰ってきてベッドでゴロゴロする場面とか、ひとり言のところもすごく難しかったです。

大谷が演じたナタリー (C)2020 杉谷庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA/映画大好きポンポさん製作委員会
大谷が演じたナタリー (C)2020 杉谷庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA/映画大好きポンポさん製作委員会

ノドが渇いてお腹が空いて肩も凝りました

――課題がいっぱいあって、途中で胃が痛くなったり、ごはんがノドを通らなくなったりもしました?

大谷 ごはんはめっちゃ食べました(笑)。すごく体力を使うので、とにかくノドが渇いて、お腹も空きます。家に帰って気づいたのは、肩がすごく凝っていて。ずっとマイク前で台本を持っていたから、肩に力が入っていたんですよね。原作がたくさんの方に愛されているからプレッシャーもあったし、本当に私がナタリーでいいのか、不安を抱えながらアフレコをしていました。

――劇中でも、ナタリーが「私がヒロインなんて変なのかな?」と言うシーンがありました。

大谷 まさに私が思ったままの台詞でした。アフレコはストーリー通りの順番でやっていったので、ナタリーの心境の変化が自分とリンクして、ナチュラルにできたと思います。あと、ポンポさん役の小原好美さんが本当にやさしくて。私が「ここはもう1回やりたい」と思っていると、言い出せる空気を作ってくださったり、アドバイスもたくさんいただきました。それも正解をポンと投げつけて「こうして」というのでなく、「こんなパターンも、あんなパターンもあるよね」って、私の中でアイデアが膨らむようにしてくださって。皆さんに助けられて、アニメならではのお芝居を少しずつ覚えていきました。

映画で感情を揺さぶられて役者になりたいと

――女優の役という点では、ナタリーに共感するところも多かったのでは?

大谷 はい。原作を読んだときも、自然とナタリーの目線になってました。私が地元の宮城にいたときに観た映画がきっかけで、お芝居をやりたいという気持ちになったのも、ナタリーと同じでした。

――どんな映画を観て、そう思ったんですか?

大谷 いろいろ観ましたけど、すごく印象に残っているのは『ヒミズ』です。二階堂ふみさんと染谷将太さんがやられていて、あんなに感情をグチャグチャにされた映画は初めてでした。それでナタリーみたいに田舎から東京に飛び出して、いろいろ挑戦をしたことでも、気持ちはよくわかりました。

――大谷さんも地元で「私も女優になるだよ」的なことを言っていて?

大谷 私は人には言えなくて、誰にも言わずに行動しちゃうタイプですけど、言霊というのはあると思うので。ナタリーのように人に笑われても、胸を張って堂々と言えるのは大事なことだと思います。

――ナタリーのようにオーディションで何連敗もしたこともありました?

大谷 もちろんです。オーディションを受けるチャンスすらいただけないこともあったので、ひとつひとつが私にとっては大切で、無駄にできないものでした。このナタリー役も、「他の人の声になったら悔しくて観られない」というくらいの想いで受けました。

――実際に自分がナタリーを演じた『ポンポさん』を観たら、感動的でした?

大谷 原作はナタリー目線でしか読めなかったんですけど、完成した映画では逆に、ナタリーは見られませんでした(笑)。恥ずかしいというか、何というか……。でも、物語として素敵でしたし、上映時間が90分というのもカッコよくて。

――劇中でポンポさんが「2時間以上の映画は現代の娯楽としてやさしくない」と言っていました。

大谷 その90分があっという間なくらいエネルギッシュで、映画に携わっている方ならリアルで面白く観られそうです。業界でない方も、ナタリー、ジーンくん、ポンポさんとキャラクターそれぞれの立場から刺さる台詞があって、感情移入できると思います。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

無理に明るくする必要はないと救われました

――大谷さん自身に刺さった、他のキャラクターの言葉もありました?

大谷 ポンポさんが「幸福は創造の敵」と言ったのは「あーっ!」となりました。何がどうなって、そんな名台詞がこの世に誕生したのかと思うくらい深い言葉で、いろいろな人に刺さりそう。裏返せば、幸せでなくても何かを生み出せる、ということじゃないですか。どんなことからも得られるものはあると、気づきました。コロナもあって暗い世の中でも、無理に明るくなる必要なんてない。すごく救われる言葉だと思いました。

――ジーンは「何かを残すことはそれ以外を犠牲にすることなんだ」と言ってました。

大谷 それもわかります。私は今、大学4年生で、進路やこれからの人生を考えるタイミングで、この作品に出会いました。分岐点に立つと、どちらの道を選んだらいいのか、どちらも選んだらダメなのか、いろいろ考えることがあって。人生は厳しいので欲張れないと、わかっていても受け入れられないときもありますよね。でも、ジーンくんみたいに何かひとつを極めることで、また次のものを目指せるし、一度捨てたことを一生やったらいけないわけでもなくて。

――そうですね。

大谷 迷いを包み込んでくれるような言葉が、『ポンポさん』にはたくさん出てきます。ナタリーはすごいシンデレラストーリーで、明るくて熱い作品ではありますけど、キャラクターみんなに陰の部分もあって。無理に前向きにさせるのでなく、スッと入っていける映画だと思います。

――今後も声優は続けていきますか?

大谷 続けるにしても、オーディションに受からないとできなくて(笑)。ただ、この作品を経験させてもらって、自分の声質に気づけましたし、かじった程度でも声優さんたちのお仕事の仕方を学べたのは、活かさないともったいないと思っています。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

キラキラした役の引き出しを作れました

――これからさらに挑戦したいことはありますか?

大谷 今はまず、卒業論文を書き上げたいですね(笑)。まだテーマ設定も毎週変わっていて、先生を困らせているんですけど、お金のことについて書こうと思っています。

――『樹海村』ではユーチューバーの役でしたが、実際にYouTubeをやろうとは?

大谷 すごくやりたいと思った時期はありましたけど、そんなに甘い世界ではないですから。挑戦したいのに自分で制御することはないとしても、あれこれ手を出すのも良くないと、『ポンポさん』から学びました。まず自分のやるべきことをやって、とりあえずナタリーには負けたくないです(笑)。

――ナタリーのサクセスストーリーは、高いハードルですけど。

大谷 作品に力を添えられる役者になりたいというのは、ずっと思っています。私たちは選ばれる立場なので、認めてもらえないといけなくて。ひとつひとつのことを積み重ねて、そういう女優さんになれたら。

――大谷さんは『ミスミソウ』で女優デビューしたときも、今回の声優デビューも、未経験で大役に抜擢されました。ポンポさんがナタリーについて言っていたように、監督やプロデューサーさんに「ピンが来ちゃった」と思わせたものがあったんでしょうね。

大谷 自分ではわからないものですね。私は潜在的な能力が高いほうでないし、ヒロインになれるタイプではないと思っていました。それが今回、こんなにキラキラした役もできる引き出しを作ってもらえました。

――『ポンポさん』が大谷さんの転機になったかもしれませんね。

大谷 映画の中で、ナタリーが女優として覚悟を決める瞬間がありましたけど、私自身もこの作品に携わりながら、いろいろな覚悟ができました。人生を支える作品になったと思います。

撮影/S.K.
撮影/S.K.

Profile

大谷凜香(おおたに・りんか)

1999年12月24日生まれ、宮城県出身。

2012年に『nicola』のモデルオーディションでグランプリとなり、2016年まで専属モデルを務める。2018年に映画『ミスミソウ』で女優デビュー。映画『犬鳴村』、『樹海村』などに出演。『ポケモンの家あつまる?』(テレビ東京系)に出演中。

『映画大好きポンポさん』

監督・脚本/平尾隆之 キャラクターデザイン/足立慎吾

出演/清水尋也、小原好美、大谷凜香、加隈亜衣、大塚明夫、木島隆一

6月4日から全国ロードショー

公式HP

(C)2020 杉谷庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA/映画大好きポンポさん製作委員会
(C)2020 杉谷庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA/映画大好きポンポさん製作委員会

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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