声優がアニメに声を当てるだけでなく、音楽やラジオなど幅広く活躍する昨今。その礎を築いた林原めぐみが、歌手デビュー30周年記念の3枚組ベストアルバム『VINTAGE DENIM』をリリースする。年月を経て味が出るデニムを人生になぞらえたタイトル。自身は声の演技に何より目を向けながら、求められて歌ってきた結果が現在と言うが、そんな30年の結晶となった今作と声優界の移り変わりについて、ロングインタビューを敢行した。前編・後編に分けてお届けする。

自分を声優アーティストと思ったことはなくて

――歌手デビュー30周年記念のベストアルバム『VINTAGE DENIM』が発売されますが、20周年でベストアルバム『VINTAGE White』を出した直後は、「歌はもうこれで打ち止め」との発言がありました。

林原 うん。言ってましたね(笑)。

――でも、その後の10年も、25周年記念のベストアルバムや椎名林檎さんとのコラボ、51歳の誕生日に14枚目のオリジナルアルバムなど、折々に作品を生み出してきて。音楽への意欲はむしろ高まったりもしました?

林原 意欲は高まってないです(笑)。もうずーっと一緒で、話が降ってきたらやる感じ。他のインタビューで「声優アーティストの先駆者として」とたくさん聞かれたんですけど、改めて「自分が声優アーティストだと思ったことはないな」としみじみしています。

――30年も歌い続けてきても?

林原 確かに歌っているし、やってることはアーティストなのかもしれないけど、結果そうなっただけ。よくここまで、いろいろ降ってきたなとは思います。関わってきたアニメ作品に底力があったんでしょうね。『スレイヤーズ』の30周年イベントをこの前やりましたけど、私が幼い頃はアニメって、卒業するものだったと思うんです。大人になったら観なくなるもの。でも今は、大人をターゲットにした作品が深夜に放送されていたり、アニメという文化が様変わりしていて。何なら、いくつになっても、生きる指針がアニメにあったりもしますよね。私はちょうど、そういうふうに切り替わる時期に、この業界に入りました。『スレイヤーズ』も『エヴァ(ンゲリオン)』もすごかった。そのおかげで、今の自分があると思っています。

私は声で演技ができるだけでいいんです

――声優業界も30年前から、大きく様変わりしたようですね。

林原 うん。変わった、変わった。

――先日、林原さんが宮藤官九郎さんのラジオに出演された際、「昔は舞台で食うに困った人がアルバイトでやっていたのが声優」という話がありました。それで思い出したのですが、今は逆に「舞台俳優の養成所に声優の専門学校を卒業した人が受けに来る」という話を、何年か前に劇団扉座を主宰する横内謙介さんがされていて。「ルックスが良くないから声優は難しくて」と志望者から聞いて、「逆じゃないのか?」と思われたそうです。そういう風潮は、声優業界の中で感じていますか?

林原 うーん……。SNSが何かの軸を変えた気がします。私はとにかく肉声を使って違う人生、違うキャラクターを担うことで、自分ではない何者かになれることが声優をやる喜びなんです。今はちょっと目的が違ってきてるというか……。私自身、これだけ歌を出しておいて、「売れなくても」なんて絶対言ったらいけませんけど、こんなことになってなくても、たぶん楽しく声優をやっていたと思うんです。

――本業の声のお芝居だけでも良かったと。

林原 それでごはんを食べられなかったら違う仕事に就くにせよ、演じることが好きなんです。たとえば編み物がとにかく好きで、編んでいれば幸せだったとして、自分が編んだカーペットがたまたま賞をもらって、フランスの美術館に飾られたとしても、「これからは世界の美術館に飾られる編み物を作りたい」となるのは、私の中で違うんです。「いいから毛糸をください!」という感じ(笑)。100均の毛糸で構わないから「編ませてください!」というだけ。多くの人が注目するところが正解になってしまうけど、「次はニューヨークの美術館に出すカーペットを作ってください」と言われたら、私はやめたくなっちゃうかもしれません。

――今回のベストアルバムに収録された『raging waves』にも<誰かに誉められる人生 目指している訳じゃないの>という歌詞があります。

林原 自分の作ったカーペットを見て「素敵だな」と思われるのは、とても喜びです。でも、「次はもっと注目されるようなドレスに挑戦して」とか言われたら、姿を消したくなります(笑)。

キングレコード提供
キングレコード提供

声優みんなが山寺宏一ではないので(笑)

――最近のアイドルアニメなどのオーディションでは、声優さん自身の稼働を前提に、ダンスが課題に入っていたりもするとか。

林原 でも、ここまで来るのに30年かかって、歴史は繰り返しますから。声優業界がアイドルだらけになったら、そうでない人が求められたり、みんながイケボになったら、逆に「ダミ声の人はいない?」みたいになってくるんじゃないですか? 今はたぶん目立ってしまった何かに、みんなが注目しているだけで、底力のある作品、原作や脚本、監督はいるので。アイドルみたいな気分で入ってきても、「厳しい世界なんだ」と腹をくくり直して、お芝居に取り組む気持ちに目覚める人もいると思うんです。ただ、ひとつ外側から今の業界を見ていると、ドドドドドドドドって感じがする(笑)。

――どういうことですか(笑)?

林原 みんながみんな、同じ方向にドドドドと進んでいて。そこにナイアガラの滝みたいなものがあって、激流に逆らえず、とにかく懸命に泳ぎながら流れていく。でも、滝つぼからズボンと顔を出して、まだまだ泳いでいる人もいて、そこまでが大変そうだなと。私のドドドドは20代、30代の頃に終わりました。

――一方で声優さんのステイタスは、林原さんたちの活躍もあって、30年前よりだいぶ上がったのでは? 今はエンタテイナーとして尊敬を集めていて。

林原 どうなんだろう? 確かに“せいゆう”と言えばスーパーの西友だった時代に比べれば(笑)、そうなのかもしれません。でも、地味ながら息の長い仕事だと思っていたのが、ひとつのエンタテイメントになって、いろいろなことを求められて。みんなが山寺宏一じゃないんです(笑)! 司会だ、ものまねだと、あの人はやりたくてやっていて、尋常でないほど深堀りして、全部が本当に度を越しているからいいんですけど、みんながああいうふうにならなきゃいけないことはないので。なのに「いろいろな声を使うから、ものまねはできるんじゃないか」とか安易に考えられて、若い声優が引っ張り出されるのは何だか違うような……。変にマルチである必要なんてないでしょ、と思う。声優は役と向き合って、台本をちゃんと具現化していればいいよね。

「ああしておけば」と言ったらいけない

――ドドドドは過ぎたという林原さんも、今年に入ってからは祭り状態ですね。1月にラジオ『林原めぐみのTokyo Boogie Night』の放送1500回突破記念のオンライン公開録音、2月に著書『林原めぐみのぜんぶキャラから教わった 今を生き抜く力』の発売、3月にベストアルバムが出て、4月にはTVアニメ『SHAMAN KING』主題歌シングルのリリース。

林原 たまたまなんです。神様が全部ここに集めたのかも。本は去年の6月くらいの発売を想定していたのが、コロナ禍の自粛で止まってしまって。日米同時発売も目指していたので、何とか2月になりました。ベストアルバムは誕生日がいいということで3月。『SHAMAN KING』のアニメが4月に始まるので主題歌も4月と、意図してできるものでないスケジューリングでした。

――ドドドドの頃は、50代になったら、もっとのんびり仕事をするイメージはありませんでした?

林原 実際、わりとマイペースにやってはいました。でも、このタイミングでせわしなく忙しいのは、私らしいかな。バタバタしながらも充実していて、ありがたい時間でした。本当は(2017年に)岡崎律子さんのトリビュートアルバム『with you』を出したとき、撮影で長崎の軍艦島に行って、天候とかの関係で上陸できなかったら、今度こそ歌手の自分に「お疲れさま」と言うつもりだったんです。

――軍艦島の上陸基準が満たされるのは、年間100日くらいだそうですね。

林原 それがパーンと晴れて上陸できて、「もうちょっとやれ」ということなのかなと思いました。今回の『DENIM』のジャケット写真も、1月の空はどん曇りが多いから屋内のスタジオで撮ることにして、デザインから何から進めていたんです。でも、前日の予報で、晴天で19度になるということだったので、急きょスタジオの屋上で撮れないかスタッフに聞いてみたら、空いていたんです。

――それで青空のジャケット写真に。

林原 今までの自分の仕事を振り返って、「こうしておけば良かった」ということは、ありがたいことに1コもありません。できなかったことはあっても、それで別のことができたり。今回も、デザイナーさんやスタッフはフォトブック30ページ分のデザインを組んで、1着の撮影に何分とか予定表も作ってくれていて。それを前日になって、全部ではないにせよ、ひっくり返すのはどうかと思いました。でも、予定通り屋内で撮って、お昼を食べながら「外で撮影していたら良かったね」とは言いたくなかった。コロナ禍でこの例えを出すのは心苦しいけど、看護学生だった頃、患者さんと接して、「こうしていたら助かったかも」みたいなことは禁句だったんです。モノを作って提供する人間としても、できる可能性が1%でもあったのなら「ああしておけば」と言ってはいけない気がします。

人生の何かのとき隣りにいられるアルバムに

――『VINTAGE DENIM』は3枚組になりました。

林原 確か最初から3枚組と決まっていた気がします。今まで出したシングルとアルバムの曲を全部表にして送ってもらって、眺めながら、あまりに膨大な数にボーッとしていたんですけど(笑)、ディレクターに「そろそろ曲を決めてください」と言われて。そこでいろいろ振り返ると、『キンスパ(KING SUPER LIVE)』(キングレコード主催のアニソンフェス。2015年に初開催)に出て、『Give a reason』を広いさいたまスーパーアリーナで歌ったとき、ものすごい数のペンライトで会場が真っ赤になっていたことを思い出しました。「私は声優なのに何をしているんだろう?」と不思議で仕方なかったんですけど、この曲に心を熱くしてくれる人たちがそんなにいるのを目のあたりにした経験は、すごく力をくれました。だから、みんなの人生の何かのとき、隣りにいられるようなアルバムにしようと。歌う私を見た人たちの思い出に訴えかけられる曲、“もうひと越え”というときに支えになる曲は『スレイヤーズ』を中心にあれこれあるので、1枚目は【do your best】として、アニメをやっていたから生まれた曲を集めました。

――『シャーマンキング』の主題歌『Over Soul』とか、『セイバーマリオネット』の主題歌『Successful Mission』とか、名刺代わり的な曲が集まりました。

林原 『セイバー』の曲は正直、他にも入れたかったんですけどね。それで2枚目は、ラジオをずっとやってきたからこそ生まれた曲。ラジオは私の欠かせない部分で、キャラではなく等身大に近くて。そこで失恋、出会い、卒業とか、思い出と重なるような曲を【everyday life】として集めて、『Thirty』、『Forty』、『Fifty』も並べたかったんです。

――30歳、40歳、50歳と年齢の節目に、林原さん自身が書いた曲ですね。

林原 ラジオには、中学生だったリスナーが30歳になって「カラオケで『Thirty』を歌いました」というハガキが、いまだにチラホラ届きます。「『Forty』を歌いました」という人もいよいよ出てきて、「次は50歳になって『Fifty』を歌うのが楽しみです」とか。彼ら、彼女らの成長の先にある曲というのは、『VINTAGE DENIM』の“古くなっていくのもいい”というところに非常に合うなと。そして、少し未来に向けた『JUST BEGUN』で終わったら、CDではループして、また1曲目の『DENIM』に戻ってもらう。そこまで考えました。

10代から50代以上にまで向けたメッセージです

――新曲『DENIM』を作ったのと、アルバムタイトルを『VINTAGE DENIM』に決めたのと、どっちが先だったんですか?

林原 同時な感じです。アルバムタイトルに『DENIM』を入れることはぼんやりあって、最初は『DENIM』という曲を作ろうとは思ってなかったんですけど、デニムの良さと人生を掛けられないかなとも、何となく考えていました。すごく昔、「もし自分がこの先も歌い続けるなら、竹内まりやさんのような生き方が理想だな」と話していたことがあったんです。

――竹内さんが主婦業や子育て優先で表には出ないけど、良い作品を生み続けていた頃ですかね。

林原 竹内さんも『Denim』というアルバムを出されていて、私の中で大切な1枚なので、インスパイアされたところはあります。描こうとした世界は全然違いますけど。

――『DENIM』の<穴が開いても愛してる>という歌詞は、林原さんらしいですね(笑)。

林原 ラジオに来るお便りを読むと、10代の悩みも50代の悩みも重さは変わらないんです。この曲は1番は10代や20代の人に、2番は30代以降の人たちに向けて歌っていて、それが行き来する感じがいいかなと。10代ではビンテージの良さはなかなかわからず、取っ換え引っ換え新しいもの、イケてるもの、映えるもの、バズるものに飛び付いちゃうけど、デニムは穴が開いたらおしまいとか、要らないということではなくて。穴が開くまで、どんなふうに穿いていたのか? いつ、どこで開いた穴なのか? そこに思い出がある。10代のときは思い出が少ないから、最新のものに行ってしまっても、その穴が自分らしさになるような年の取り方をできたら、いいかなと思いました。40代、50代は社会にいろいろ揉まれて、結構な擦り切れ感があっても、「これは味だぞ」と自分を鼓舞してほしい。10代から50代を超えた方にまで向けたメッセージのつもりで書きました。

シワができても年齢を重ねるのを自然に楽しめたら

――林原さんは「年を取るのがイヤ」という感覚はないですか?

林原 ありますよ。イヤというか、10代や20代のドジはかわい気がありますけど、40過ぎたドジは命取りなので(笑)、気をつけないと。

――誕生日が来るのが、ゆううつだったりはしません?

林原 これだけお祝いしてもらえて、ゆううつの“ゆ”の字もないですね(笑)。こんなに歌ってきて、こんなに曲が集まって、誰かの人生の支えになっているなんて、ありがたいことです。

――年齢を重ねることをネガティブには捉えてないと。

林原 たとえば腰が痛いとか肩が凝るとかはきっとあるけど、それはネガティブかポジティブかではなくて、当たり前のこと。声優の仕事の良いところでも大変なところでもあるのが、たとえば(『魔神英雄伝ワタル』の)ヒミコみたいなキャラクターをやるとき、この年齢にして、そこに戻らないといけなくて。でも、「戻らないといけない」と捉えるか、「この年齢なのに、また戻って遊べる」と捉えるかで、向き合い方が変わってくるんです。「林原はバアサンなんだから、こういう役はもういいだろう」と言う人もいますけど、そっくりそのまま「お前もな」という(笑)。特に女性に対して、年齢を重ねるとすぐ「劣化した」とか「終わった」とか言うけど、本当に終わってるのは、そういうことを言う人なんですよね。肉が垂れようが、目尻にシワができようが、そこも楽しむ。無理やり「楽しんでます」とグイグイ行くのもちょっと違うけど、そういうことを自然に伝えられたらいいなと思いました。

――でも、このアルバムで一番昔の『夜明けのShooting Star』と新曲を聴き比べても、歌声は30年でほとんど変わってませんよね。

林原 ねえ(笑)。聴く人が聴けば変わったと思うんでしょうけど、(『スレイヤーズ』30thアニバーサリーイメージソングの)『two thumbs up!』なんて、結構な歌声ですよね(笑)。自分で驚きました。

――30年前よりエネルギッシュかも。そこは声の仕事のプロフェッショナルとして、日ごろのケアの賜物ですか?

林原 たぶんね。日々何かをしているわけではないですけど、いろいろなキャラクターの声を保つために、毎日の仕事が支えてくれたんだと思います。

ロングインタビュー後編はこちら

https://news.yahoo.co.jp/byline/saitotakashi/20210322-00228441/

Profile

林原めぐみ(はやしばら・めぐみ)

3月30日生まれ、東京都出身。

1986年に『めぞん一刻』で声優デビュー。代表作は『スレイヤーズ』のリナ=インバース、『エヴァンゲリオン』シリーズの綾波レイ、『ポケットモンスター』のムサシ、『名探偵コナン』の灰原哀など。歌手として、1991年に1stシングル『虹色のSneaker』をリリース。これまでに41枚のシングル、14枚のオリジナルアルバムを発売。ラジオ『林原めぐみのTokyo Boogie Night』(TBSラジオ)でパーソナリティ。書籍『林原めぐみのぜんぶキャラから教わった 今を生き抜く力』が発売中。シングル『Soul salvation』(TVアニメ『SHAMAN KING』オープニングテーマ)を4月14日に発売。

『VINTAGE DENIM』

3月30日発売

CD3枚組 3000円+税

初回製造分のみSPECIAL PHOTO BOOK(36P)付き

    キングレコード提供
    キングレコード提供