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海外渡航が断たれている今、『世界ふれあい街歩き』で旅気分に浸り、日常のありがたさを想う

斉藤貴志芸能ライター/編集者
シチリア島のパレルモの街(写真:アフロ)

新型コロナウイルスのパンデミックにより、外務省が全世界を対象に不要不急の渡航を止めるよう求めている。家からの外出もできるだけ控えなければならず、海外旅行は現状では夢物語のよう。旅好きには辛い状況に、少しでも気分を味わいたくて観るのがテレビの旅番組。その中でも、観光地より街の日常に触れる『世界ふれあい街歩き』(NHK BSプレミアム)が、この非常時に海外への旅情と平穏な日々への願いを募らせる。

取りとめない散策に局内では不評のスタート

 『世界ふれあい街歩き』は2005年3月より、当時あったNHKデジタル衛星ハイビジョン(BS hi)でスタートした。“旅人の目線で世界の街を「歩く」ことにこだわる番組”とのコンセプト。紀行番組でありながら、本編では観光情報は入らず、名所もほとんど訪れない(インフォメーションコーナーは挿入)。

 視聴者目線のカメラが街の中を徒歩の速さで進む。タレントなどのレポーターはいない。目に入る光景に声を上げたり、地元の人と「こんにちは」などと話すナレーションが入るだけ。通常の旅番組や街ブラ番組と様相が違うが、テレビを観ていて、自分自身が知らない街を歩いている気分になれる。

ベネチアのサン・マルコ広場(写真AC)
ベネチアのサン・マルコ広場(写真AC)

 もともと番組を立ち上げたプロデューサーが夫婦でベネチア旅行をした際、手持ちの現金がなくなって観光ができなくなり、当てもなく散策していたら「こっちのほうが楽しい」と思ったことから企画したという。1回目の放送もベネチアだった。

 当初はNHKで局内試写をすると「何だこれは?」という反応が多かったという。名所でも何でもない街角ばかり映し、あちこち歩きながら、その辺にいる人と「何しているんですか?」と取りとめのない話をして、見晴らしのいい丘に登って“おわり”とか。「海外ロケした意味があるのか?」と。

 当時、BS hiはハイビジョン映像の周知を図っていて、高画質のカメラで撮影した建物や光景を映し出す名目もありGOサインが出たそうだが、地上波の企画だったら通らなかったかもしれない。だが、2006年4月から再放送の形でNHK総合でオンエアされると、視聴者の評判を呼んだ。放送開始から15年。固定ファンも多い定番の番組となっている。

名所は素通りして屋台や市場や路地裏へ

 今年、新型コロナウイルスの地球規模の感染拡大が伝えられ、いつもにぎわっていたパリのシャンゼリゼ通りやローマのスペイン広場などが無人になっている衝撃的な映像に、世界から日常が失われたことを実感させられた。現実には海外どころか、近所の散歩が精いっぱい。そんな今だからこそ、『世界ふれあい街歩き』で異国の日常を旅する感覚に浸れるのが嬉しい。

 たとえば、5月6日に再放送されたシチリア島のパレルモ。朝10時、名物のスフィンチョーネ(トマトとタマネギのソースをかけたピザのようなパン)の屋台に集まった人たちが「パレルモで一番うまいんだ」とおいしそう。映画『ゴッドファーザーPart3』の撮影で知られるマッシモ劇場は素通りし、ストリートミュージシャンの演奏に耳を傾けてから市場へ。タコを丸ごと茹でているおじさんが「うまいよ!」と叫んでいる。一緒に店をやっている17歳の息子が「俺が3代目。頑張らないと」などと話した後、「それじゃ、気をつけてね」とバイバイ。青い空が気持ちいい。

 狭い通りには金物屋が並び、ちょっと進むと今度は自転車屋が続く。100年前のビンテージを前にした店主が「うちは古い自転車の修理が得意でね。家族が大事に乗っていたものを直すんだ」と誇らしげ。人が集まっているところに行くと、パネッレ(ヒヨコ豆で作った揚げ物)の店のお客さんたちだった。

 「さて、どっちへ行こう」と人の声がする路地裏に足を向けると、引っ越してきた家族がソファーを外から2階のベランダに上げようと奮闘中。様子を見に来た近所の人が「棒を使え」とアドバイスしたり、当人たちは四苦八苦だが微笑ましい。

 日が暮れて、楽しげな音色がする店を覗けば、仕立て屋に集まったお年寄りたちがギターやタンバリンを奏でながら歌っていた。レストランの外のテーブルでは食事をしている家族。アランチーニ(肉を米で包んだコロッケ)、サーモンのパスタ、トマトを乗せたパンなどをズラリと並べながら、「これはアペリティーボ(食前酒と軽食)。晩ごはんはこの後」と笑う。パレルモの人たちは食べることが大好きなんだな……。

チェンマイの再放送に「みんなが健康に」と祈る場面も

 そんな感じで1日の街歩きが終わった。人々が暮らしている中を歩いて楽しかった……という気分にさせてくれた。パレルモの初回放送は2019年4月、撮影は同年1月という。1年半が経つ今、イタリアはヨーロッパ最大級のコロナ禍に見舞われ、ロックダウンが続いている。あの茹でダコ屋の親子や自転車屋のおじさんはどうしているだろうかと、実際に会ったわけでないのに思ってしまう。

 このパレルモの街歩きで出会ったギター、アコーディオン、タンバリンのストリートミュージシャンは『しゃれこうべを見た』という曲を演奏していた。軽快で陽気に聞こえるが、いろいろな国に支配されてきたシチリアの苦難を歌っている。「辛いことがあっても人生は続く。だから明るく前向きな曲調なんだ」と話していた。

 また、5月5日にはタイの古都チェンマイの回を再放送。市場でナマズ、ウナギなど生きた魚を売る店があった。食用ではなく、ただ川などに放して魚を自由にすることで「徳を積む」ための売り物だという。

 すぐ放すために魚を買う人がいるのかと思いきや、実際に女性がウナギを買って近くの堀に放ち、「みんなが健康で幸せに暮らせますように。世界中の人たちが幸せになれますように」と両手を合わせて祈っていた。初回放送は2018年3月。このコロナ禍の中で再放送するために選んだのだろうか。一緒に祈らずにはいられなかった。

 当たり前にあった日々が失われた今、『世界ふれあい街歩き』で映し出される世界の日常が愛おしい。またいつか世界に日常が戻ったら、あんなふうに「さて、どっちに行こう」と旅しようと思いつつ、今はテレビ画面の中の街歩きを楽しみたい。

タイの古都チェンマイ(写真AC)
タイの古都チェンマイ(写真AC)

『世界ふれあい街歩き』公式HP

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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