Yahoo!ニュース

『野ブタ。をプロデュース』再放送で胸を震わす、脚本家・木皿泉が描いたかけがえのない日常

斉藤貴志芸能ライター/編集者
(C)日本テレビ

 新型コロナウイルスの感染拡大で、各テレビ局が新ドラマの収録を見合わせ、過去作の再放送が続いている。日本テレビの土曜ドラマ枠では、15年前の『野ブタ。をプロデュース』が「特別編」として3話まで放送され、1・2話は10%越えと安定した視聴率を記録した。

 亀梨和也、山下智久、堀北真希、戸田恵梨香らの若かりし頃の姿が見られるのが大きな要因だが、特に文化祭を描いた25日放送の3話には「この言葉好き」「メッセージ性がある」「年月で色褪せない」といった感想が多かった。脚本は、近年は小説家として脚光を浴びる木皿泉。ドラマにもたらしていた深みが、改めて見直されている。

夫婦の共同執筆で滲む何気ない日常の愛おしさ

 木皿泉は、和泉務と妻鹿年季子の夫婦の共同執筆のペンネームだ。共に60代で神戸在住。和泉は脳出血から車いす生活で、妻鹿が介護もしている。妻鹿自身も執筆中にうつ病を発症したことがあるという。

 初めて共同で脚本を手掛けたのは、『やっぱり猫が好き』の第2シーズン(1990年~)。『すいか』(2003年)では視聴率は平均8.9%ながら、時代に取り残されたような下宿で暮らす女性たちを描いた物語は高い評価を受け、年間で最も優れたドラマの脚本家に贈られる向田邦子賞を受賞。

 その後、同じ日本テレビの河野英裕プロデューサーと組んで、『野ブタ。をプロデュース』(2005年)、『セクシーボイスアンドロボ』(2007年)、『Q10』(2010年)の脚本を担当。他にPerfumeが初主演した『パンセ』(2017年)などを手掛け、『昨夜のカレー、明日のパン』(2013年)で小説家デビューも。昨年は『さざなみのよる』が本屋大賞、『カゲロボ』が山本周五郎賞にノミネートされた。

 木皿泉作品で通奏低音のように流れているのは、何でもない日常の愛おしさだ。『すいか』では、小林聡美が演じる主人公の信用金庫職員が、中学生の頃から続けていた100円玉貯金を使い切ろうとする話があったり。

 『Q10』では未来から来た少女型ロボットを巡る物語に、平凡に見えた学校生活の中の喜びや優しさを浮かび上がらせた。最終回では、前田敦子が演じたこのロボットが密かに回収されることになり、放課後の教室で「サヨウナラ」と告げて回った。「また明日ね」と笑顔で手を振るクラスメイトたちの姿がカメラ型ビジョンに映る。どこにでもある光景だが、彼女に“明日”はなかったのと同様、大人になった視聴者にはもう手に入らないもので胸を震わせた。

「何年か経って楽しかったとわかる」がそのままに

 『野ブタ。をプロデュース』は亀梨や山下の人気とも相まって、平均視聴率16.9%を記録。木皿泉にとって初めて名実ともに成功を収めた作品となった。

 高校生の桐谷修二(亀梨)と草野彰(山下)が、転校生で暗いいじめられっ子の小谷信子(堀北)を人気者にプロデュースしようとする。原作は白岩玄の小説だが、そちらで信子に当たるのは信太という男子で、彰もドラマのオリジナル登場人物。ストーリー上のエピソードもほぼドラマ独自のものだ。

 3話は文化祭の話。クラスの出し物のお化け屋敷を押しつけられた信子だが、修二と彰は彼女を人気者にするチャンスと考えて、3人で準備を進める。

 小道具に使うススキを取りに行った彰と信子。「楽しいことって後になってみないとわからない」「何年かしたら、夕暮れにススキを摘んだことも『あの頃は楽しかったな』と思い出すのかな」といった会話が交わされ、ススキの野原を自転車で2人乗りするシーンが美しかった。そして本放送から15年経ち、まさに「あの頃は楽しかった」と思い出させた。

 渦中にいるときは日常に過ぎなかったことが、後から振り返ればかけがえのない時間だったと気づくのは、青春の本質と言えるだろう。

 3人での準備中にはモグラの話が出る。穴の中で1匹で行動していても、発情期には穴を掘っていたら出くわす相手がちゃんと見つかると。「その出会いは奇跡だな」と呟く修二。文化祭当日には、修二が急きょ、お化け屋敷をカップル(2人組)限定に。それを受けて信子が出口近くの鏡に言葉を書く。「今、手をつないでいる、その人に出会えたのは、キセキのようなかくりつです。光の中に出ても、その手をはなすことのないように」。

 この言葉も「これを考えた野ブタに優秀賞」などと反響を呼んだ。もちろん実際は木皿泉から出てきたものだろう。

色あせない青春物語とコロナ禍に想うこと

 文化祭の前夜には、信子たちがせっかく作り上げたお化け屋敷を、何者かがめちゃくちゃに荒らした。彰は当日校内に来ていた他校の生徒3人をアルバイトとして誘って修繕などを手伝ってもらい、事なきを得る。「この先、熱くなることなんて、そうそうないしね」と張り切っていた3人が、実は20年前の卒業生の“生き霊”だったことが最後にわかる。

 幽霊ではない。3人とも今は大人になって仕事に忙しいのだが、意味のないことに夢中になれた、たった1日の文化祭の楽しさがずっと忘れられず、魂が当時の姿になって現れたのだという。

 荒唐無稽な設定ながら、15年ぶりに再放送で観た視聴者には、自らも大人になったからこそわかる実感として刺さった。当時すでにアラフィフだった木皿泉の目線で捉えた青春が、時代を越えて心に残るドラマを作り上げていたのを改めて感じさせる。それもまた後になって、本当の意味がわかることだった。

 コロナ禍の緊急事態宣言で家から出るのも自重せざるを得ない現在、当たり前のように楽しんでいたことや何気ない人との語らいがどれだけ大切だったかも、多くの人が気づかされている。それがこの時期に再放送された『野ブタ。をプロデュース』で、木皿泉の描く日常のかけがえのなさとシンクロする。

 しかし、青春は取り戻せないとしても、コロナ前の日常にはいつか戻れるはず。そのときには……。そんな気持ちにもさせられる。

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

斉藤貴志の最近の記事