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もはや敵ナシ状態。今年のアカデミー賞、受賞の確率がいちばん高いのは、この人?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
全米俳優組合賞で受賞したダヴァイン・ジョイ・ランドルフ(写真:REX/アフロ)

今年のアカデミー賞(日本時間・3月11日)では、いくつかの部門ですでに“大本命”が確定しつつある。たとえば監督賞は『オッペンハイマー』のクリストファー・ノーラン、助演男優賞は同作のロバート・ダウニー・Jr.あたりが無敵状態。しかし、その中でも最も受賞の確率が高そうなのが、この人、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフである。『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』での助演女優賞だ。

ゴールデングローブ賞、放送映画批評家協会賞、英国アカデミー賞、全米映画俳優組合賞(SAG)、その他、各地の批評家協会賞でも、助演女優賞をほぼ総ナメ状態。ここまでの快進撃は珍しいケースでもある。

ただ、このダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、日本では多くの人が「誰、それ?」という知名度かもしれない。アカデミー賞の助演枠は時として、一本の作品で突然、注目を集めてしまう俳優が入る。ランドルフは、そんなパターンではあるが、ドラマや映画をよく観る人は、「その顔に見覚えあり」と感じているだろう。

映画では、2019年のエディ・マーフィー主演の『ルディ・レイ・ムーア』でメインキャラクターの一人、レディ・リードを演じ、最近は『ザ・ロストシティ』で、サンドラ・ブロックが演じる主人公の小説家のパブリシスト役でイイ味を出していた。「ハイ・フィデリティ」などメインキャストで登場したTVシリーズもいくつか。映画やTVでの活躍の前の2012年には、ブロードウェイのミュージカル「ゴースト」で、映画版でウーピー・ゴールドバーグが演じてアカデミー賞助演女優賞に輝いた、霊媒者オダ・メイの役を勝ち取った。その「ゴースト」でランドルフはトニー賞にノミネートされており、知る人ぞ知る俳優である。オダ・メイ役でトニー賞、今回はウーピーに並ぶアカデミー賞助演女優賞……と、なんだか“運命”を感じる。

ランドルフのブロードウェイでの実力がわかるのは、やはり今年のアカデミー賞で主演男優賞部門でノミネートされた『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』。ここで彼女は、ゴスペル歌手のレジェンドといえる、マヘリア・ジャクソンを演じている。その圧倒的な歌声に聴き惚れる。

『ホールドオーバーズ』でランドルフが演じたのは、寄宿生の私立男子校の料理長メアリー。みんなが自宅へ帰るクリスマス休暇に、学校に居残ることになった学生のアンガスと教師のポールの食事の世話をする。一見、細かいことにクヨクヨせず、頼りがいがあるようなメアリー。たしかにそんな面も持っているが、じつは子供を亡くし、心に深い傷を抱えている。舞台となる時代は1970年。メアリーの息子はベトナム戦争へ向かったのだ。このように多層で複雑なキャラクターは、俳優にとって実力を示す絶好のチャンスであり、ランドルフはそれを見事に成功させた。映画を観るわれわれも、登場人物のアンガスやポールと同じ気持ちになって、彼女の言動に勇気をもらい、笑い、心を震わせることになる。まさにアカデミー賞にふさわしい役どころ、そして演技というわけだ。

ダヴァイン・ジョイ・ランドルフは、このメアリーの感情曲線を表現するために、ひとつのテクニックを使ったことを、昨年末に行われたオンライン会見で話した。

「悲しみの段階をチャートで表し、いま自分の役がどの段階にいるかを物語に合わせてグラフ化します。そのうえで感情のジェットコースターに自分を任せるわけです。そしてシーンごとに、適切なスイートスポットを見つけることが必要でした。

私は演劇でキャリアを始めたので、演技は本能と練習、その両方が大切なことを理解しています。練習という意味では、1970年代、ボストンにおける黒人の話し方をYouTubeで探し、習得することでした」

メアリーは喫煙者で、タバコを吸うシーンでは、ハリウッドの伝説、ベティ・デイヴィスのポーズを参考にするなど、ランドルフのアプローチは、じつにきめ細かい。

例年どおりなら、アカデミー賞で助演女優賞は授賞式が始まってすぐの発表になる。その日のショーのスタートとして、彼女はどんなスピーチをするのか。もはや受賞するかどうかではなく、そちらの方に期待してしまう。もちろん結果は、まだわからないが……。

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

6月21日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

Seacia Pavao / (c) 2024 FOCUS FEATURES LLC.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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