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宮崎駿、スパイダーマンとともにアカデミー賞ノミネート。日本にも縁あるスペイン人監督のアニメが尊すぎる

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ロボット・ドリームズ』より

1/23に発表されたアカデミー賞ノミネートでは、日本映画が3作候補入りし、その中でも『君たちはどう生きるか』は、事前の予想どおり。“余裕”の長編アニメ賞ノミネートだった。ここまでの流れからすると、受賞の確率もかなり高い。

その長編アニメ部門で、うれしいサプライズがあった。スペイン/フランス製作の『ロボット・ドリームズ』がノミネートされたのだ。もともと高い評価を受けていた同作だが、ディズニーの『ウィッシュ』や、パラマウントの『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』といったメジャースタジオの有力作品を押しのけてのノミネート入りは、快挙といえる。

ビジュアルからわかるとおり、あまりにも素朴なタッチのアニメーション。なぜここまで『ロボット・ドリームズ』が評価されるのか? アニメーションがいかにシンプルに観る人の心を動かすかを実証したからだ。

アカデミー賞の長編アニメ賞の歴史を振り返ると、やはりディズニー作品が強い。昨年の2023年度はNetflixの『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』が受賞したが、その前の2022年度までは、3年連続でディズニー作品(ピクサーも含む)だった。その前の2018年度に『スパイダーマン:スパイダーバース』を挟み、さらに遡ると、6年連続でディズニー作品が受賞している。長編アニメ賞は2001年度から始まったので歴史は浅いが、過去22回のうち15回がディズニー作品の受賞。その他にも『シュレック』、『千と千尋の神隠し』が受賞しているが、基本的にメジャー感が強い作品の牙城でもある。しかしノミネートとなると、宝石のように輝く小品があり、昨年は小さな貝を主人公にしたストップモーションアニメの『マルセル 靴をはいた小さな貝』、一昨年はアフガニスタン移民の実録を描いた『FLEE フリー』がノミネートされた。今年は『ロボット・ドリームズ』が“きらめく小さな宝石”である。

1980年代のニューヨーク。ストリートの雰囲気も当時を再現し、あの9.11テロで失われた貿易センタービルのツインタワーが頻出する
1980年代のニューヨーク。ストリートの雰囲気も当時を再現し、あの9.11テロで失われた貿易センタービルのツインタワーが頻出する

舞台となるのは1980年代のニューヨーク。住民たちはすべて擬人化された動物で、主人公のDog=犬は孤独な日常にちょっとした寂しさを感じ、テレビCMで見た新型ロボットを購入する。そのロボットと親友になり、一緒にあちこち出かけていく……という物語。この犬とロボットの友情ドラマはホッコリさと、思いもよらぬ展開を経て、「大切な誰かの幸せ」を考えさせる終盤には、言葉にできない感動が待ち受ける。

80年代カルチャーがあちこちに登場し、音楽もアース・ウィンド・アンド・ファイアーの「セプテンバー」(70年代末の曲だが)などがフィーチャーされるなど、ノスタルジーを刺激する作りも、これまた絶味。何より、3D、CGが主流の世界で、これほどまでシンプルな線画で、しかもセリフ一切ナシでキャラクターの感情を表現できるなんて……と、アニメーションの魅力を改めて認識させるのが、本作の功績。

『ロボット・ドリームズ』の製作費は、500万ユーロ(約8億円)。今年、アカデミー賞長編アニメ賞にノミネートされている他の作品は

スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』:1億5000万ドル(約225億円)

マイ・エレメント』:2億ドル(約300億円

君たちはどう生きるか』:正式には発表されていないが、100億円くらいという噂

ニモーナ』:こちらも未発表だが、当初1億ドルの予算で中断し、半減したといわれるので、75億円くらいか

この製作費の比較だけでも『ロボット・ドリームズ』を応援したくなってしまう(これは今年のアカデミー賞視覚効果賞における『ゴジラ-1.0』と同じ感覚)。

監督はスペイン出身のパブロ・ベルヘル。ニューヨーク大学で映画学の芸術修士号を取得し、スペインを拠点に実写映画を監督してきたが、アニメーションは本作が初。それで映画界最高峰のアカデミー賞にノミネートされたのもスゴいこと。

この『ロボット・ドリームズ』、じつは2023年10月の東京国際映画祭で上映されている。映画祭で観た人からは、映画サイトFilmarksに次のようなコメントが残されており、絶賛の嵐となった。

最後には泣き笑いで巨大な感動をもたらしてくれる。今年ベスト級の傑作

こうした映画との出会いを信じて来年も(映画祭に)観に来ようと思った

わんわん泣いた

人生の教えが詰まりに詰まった作品

シンプルなアニメーションの良さを改めて感じさせてくれた」……

東京国際映画祭でスピーチするパブロ・ベルヘル監督
東京国際映画祭でスピーチするパブロ・ベルヘル監督

東京国際映画祭の上映に登壇したベルヘル監督は「これは1980年代ニューヨークへの私からのラブレター。私と妻が住んでいたアパートメントを再現したりしました」と語っているが、その妻とは日本人写真家のハラミ・ユウコさん。彼女は製作にも名を連ねており、監督は上映時、日本の義理の家族が客席に来ていることを喜んでいた。

今年のアカデミー賞長編アニメ賞の行方を占ううえで重要なのが、アニメーションのアカデミー賞ともいわれるアニー賞の結果。アカデミー賞ノミネート5作のうち、『君たちはどう生きるか』『スパイダーマン〜』『ニモーナ』の3作は、アニー賞映画部門作品賞にノミネート。そのうちNetflixの『ニモーナ』は今年のアニー賞で最多ノミネートを果たし“台風の目”になっている。『ロボット・ドリームズ』はメジャー系のスタジオ作品ではないため、長編インディペンデント作品賞の枠にノミネートされている。これまでの傾向から、インディペンデント作品賞からアカデミー賞受賞に到達する可能性は極めて難しいが、その常識を覆すことができるか。アニー賞は2/17(現地時間)の授賞式で発表される。

現段階の予想で、3/10(現地時間)のアカデミー賞では『君たちはどう生きるか』の受賞が最有力。『スパイダーマン』『ニモーナ』が対抗馬だが、日本からの視点で『君たちは』を応援しつつ、日本にも縁のある監督の、低予算ながらアニメーションの魅力が詰まった『ロボット・ドリームズ』も、ぜひ気にかけてほしい。

『ロボット・ドリームズ』は、2024年秋に日本で劇場公開の予定。

画像は東京国際映画祭2023より提供 (c) 2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Worso SARL.png

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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