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またも韓国系作品がアカデミー賞へ向けて躍進。「観た人の経験でこんなに反応が変わるなんて」と監督も感激

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『パスト ライブス/再会』主演のグレタ・リー(右)とユ・テオ。ベルリン映画祭で(写真:ロイター/アフロ)

『バービー』『オッペンハイマー』『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』……。アカデミー賞に向けた賞レースで、今年度を代表する一本をめざし、しのぎを削っている作品群の中で、独自の存在感を放っているものがある。『パスト ライブス/再会』だ。

昨年度、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』をアカデミー賞作品賞へと導いた、気鋭の映画スタジオ、A24が今年度、最も推している一本が『パスト ライブス/再会』であり、すでに各賞で受賞・ノミネートを積み重ねている。

韓国のソウルで、子供ながら、将来は結婚したいと想いを高め合ったふたりが、その後、離ればなれとなり、24年後にニューヨークで再会する……と、これまで数々の作品で目にしてきたような大人のラブストーリーなのだが、同種の映画を観慣れた人もどっぷり没入させ、ピュアな心を刺激し、さらにとことん胸を切なく締めつける(と、書いていて恥ずかしくなるような誉め方だが、まさにそう!)、そんな魔力を持った作品なのである。

「パスト ライブス(Past Lives:原題)」とは「前世」のこと。これがキーワードとなり、「もしもあの時…」という、ある意味、映画の定番的な設定が、ここまで効果的、かつリアルに描かれた映画も珍しい。

もうひとつポイントなのは、本作が韓国系カナダ人の監督であること。ここ数年、アカデミー賞での韓国系の勢いは止まるところを知らない。2019年度に『パラサイト 半地下の家族』が作品賞を受賞し、2020年度には韓国系アメリカ人の物語『ミナリ』が作品賞や主演男優賞などにノミネートされ、助演女優賞を受賞。『ミナリ』もA24が製作だったが、『パスト ライブス/再会』は、そのA24と『パラサイト』を手がけた韓国のCJ ENMの初の共同製作なのである。クオリティ+賞レース保証という条件は万全と言える。アメリカ映画だが、セリフは韓国語がメイン。そのためゴールデングローブ賞ではドラマ部門作品賞と非英語作品賞にWノミネートされた。

セリーヌ・ソン監督は、自身の体験を基に、この物語の脚本を書き始めた。彼女自身、12歳で韓国からカナダへ移住し、そこが『パスト ライブス/再会』の主人公ノラと重なる。このあたりも、自分の家族をモデルにした『ミナリ』と共通する。

セリーヌ・ソン監督。ニューヨークでの『パスト ライブス/再会』上映時にポスターの前で
セリーヌ・ソン監督。ニューヨークでの『パスト ライブス/再会』上映時にポスターの前で写真:REX/アフロ

11月に行われたオンライン会見で、ソン監督は次のように語っていた。

「あの日、私はニューヨークのバーで、ふたりの男性に挟まれて座っていました。ひとりは現在、一緒に暮らす夫。そしてもうひとりは、ニューヨークの私を訪ねて来た幼なじみ。彼とは恋人になりかけましたが、今では良き友人です。私の人生の“鍵”を握った彼らに対し、私の感情は異なっていますし、それぞれの世界に存在する私のアイデンティティを彼らは知りません。そんな私の自伝的なポイントから始めたこの映画が、今は観る人それぞれが個人的な“自伝”と錯覚するほどになりました。とても興味深いサイクルですね」

監督の分身でもあるノラを演じたのは、韓国系アメリカ人グレタ・リー。しかしグレタは、演じた役と自身に距離があったことを、同会見で打ち明けた。

「私は韓国系アメリカ人ですが、生まれたのはロサンゼルス。ですから(監督の)セリーヌや、本作のノラのような経歴ではありません。それなのに脚本を読んでいる間、なぜかノラの感情を“知っている”と痛感し、全身に電気が走る感覚を味わいました。じつは私は、韓国語を話す作品に出演することに消極的だったんです。しかもセリーヌのことも知らなかったのに、これは引き受けるべきだと決心しました。そこからセリーヌの方向性を聞き、相談しながらノラ役を創造するプロセスは、一生に一度あるかないかの貴重な機会になりました」

グレタ・リーをノラ役にキャスティングした理由について、セリーヌ・ソン監督はこのように説明する。

「私はけっこう皮肉屋で、何事にも疑い深く、慎重になるタイプです。キャスティングの際にも『この人が適任かも』と感じつつ、その性格から迷いも出てしまいます。でもグレタには、ノラの魂を感じたというか……。つまり恋におちる感覚と似ていたんです。あらかじめZoomで話して直感は働いていたのですが、実際に彼女に会って私は2時間くらいかけて、すべての疑念を払拭することができました。この映画に絡めれば、おそらく私とグレタは前世で結婚していたかもしれません。たぶん50回前の人生で。いや30回以内かも(笑)」

この『パスト ライブス/再会』は、2023年1月のサンダンス国際映画祭でお披露目されて以来、1年かけて各国の観客の心をつかんできた。人々はなぜ、この作品に惹かれるのか。それについてセリーヌ・ソン監督は次のように分析する。

「もしかしたら観る人の、愛や人生の状況と深く関わっているかもしれません。誰かと深い愛情関係にある人が本作を観た後、その相手を抱きしめて感謝を伝えたくなる人と、現在の関係を見つめ直そうと考える人、その2つに分かれるようです。いまシングルの人からは、その2つの両方を同時に感じた、という感想も聞きました。また過去の恋愛を引きずっていた人から、本作でその思いを乗り越えられたとも。こんな風に、観る人によって物語への反応が違ってきます。もしあなたが恋愛未経験の16歳だったら、あるいは何度も恋愛を経験済みの60歳だったら……。一生のどの瞬間に観るかで、映画から受け止める感動は変わるでしょう。いや、それこそが映画なのです」

ELLEのWomen in Hollywoodでのグレタ・リー。2023年12月
ELLEのWomen in Hollywoodでのグレタ・リー。2023年12月写真:ロイター/アフロ

そのソン監督の言葉に対し、グレタ・リーがこう付け加えた。

「この映画を観た若い女性が私に言いました。『これまで本気で恋愛をしたことがないのですが、なぜか希望でいっぱいになりました』と。彼女の目は、これからの人生への希望の光に満ちていて、その感想はちょっと意外でした」

物語はシンプルながら、観た人それぞれの立場で心が揺れる。『パスト ライブス/再会』は、そんな映画の本質を突いているところも、高い評価を受けている理由なのだろう。そして観た人ほとんどの脳裏にやきつくのは、本作のラストシーン。現在、日本でもヒット中の『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』のポール・キング監督も「2023年の私のベスト1は『パスト ライブス/再会』。あのラストは今も思い出すだけで鳥肌が立つ」と絶賛を惜しまなかった。

アカデミー賞授賞式は、2024年3月10日。『パスト ライブス/再会』は4月5日に日本の劇場で公開される。

『パスト ライブス/再会』

2024年4月5日(金)全国公開

(c) Twenty Years Rights LLC. All Rights Reserved

配給:ハピネットファントム・スタジオ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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