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“原爆の父”オッペンハイマーを描いた、鬼才C・ノーランの新作。米誌が「日本で公開されるのか」と心配

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『オッペンハイマー』の撮影現場でのクリストファー・ノーラン監督(写真:Splash/アフロ)

今年の映画の中で最大の注目作のひとつ、『オッペンハイマー(原題)』が7/21からアメリカなど各国で公開。『ダークナイト』『TENET テネット』のクリストファー・ノーラン監督の新作だが、業界誌Varietyが「日本では劇場公開されるのか」という記事を書いている。

たしかに日本の公開日は現時点でアナウンスされていない。通常、こうしたメジャースタジオの話題作(『オッペンハイマー』はユニバーサル)は、全米公開の時点で日本の公開日も出ているのだが、『オッペンハイマー』に関しては未定。ちょっと異例である。『オッペンハイマー』は評価次第では次のアカデミー賞にも絡む可能性があるのに……。現時点で発表されていないということは、早くて日本公開は秋頃だろうか。「公開されない」ことはないはず。

なぜVarietyが心配しているかというと、『オッペンハイマー』が、原子爆弾を開発した物理学者、ロバート・オッペンハイマーを描いた作品だからだ。第二次世界大戦中にマンハッタン計画を指揮し、結果的に原子爆弾の製造に成功。ニューメキシコ州での核実験を経て、その爆弾が広島と長崎に使用されることになる。Varietyの記事は、この映画が日本の観客の関心をどう集めるか危惧している。

ただ『オッペンハイマー』で戦場は出てこないという。そうなると広島や長崎を直接的に描いたシーンもないはずだ。基本的にオッペンハイマーらの研究室やアメリカ政府での人間ドラマがメインとなっている。すでに試写で観た人からは絶賛が集まった、というニュースも流れてくる。上映時間は3時間。

もしアメリカとほぼ同時公開なら、広島と長崎の慰霊の日と確実に重なるので、たしかに日本での公開は少しずらすのが賢明かもしれない。原爆にまつわる映画が、日本にとってセンシティヴであることを、スタジオ側も理解しているだろう。アメリカなどの公開での反響を受けて、「今年を代表する名作」として、落ち着いた時期に公開されるに違いない。それでも、全米公開からかなりの時間が空くのは、近年のメジャースタジオの大作では特殊な例となる。

たとえば今ヒット中の『リトル・マーメイド』は、全米公開と日本公開の差が2週間。『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は3週間。マーベル作品など、ほぼ同時公開のものも多い。キアヌ・リーブスの人気シリーズ最新作『ジョン・ウィック:コンセクエンス』は全米が3/24、日本が9/22と半年も離れているが、これはメジャースタジオの作品ではなかったりする。このように日本だけが極端に公開が遅い例は、映画界の“伝統”によるところもあり、日本における独自の映画宣伝戦略も関係していることは、Varietyの記事でも指摘されている。かつて『スター・ウォーズ』の1作目は全米公開から1年後の日本公開だった。

『オッペンハイマー』のような作品が、あえてブランクを空ける理由のひとつ、原爆に関しては、これまでもハリウッド大作で論議を呼んだ。たとえば2014年の『GODZILLA ゴジラ』では、渡辺謙の科学者が原爆投下を言及するセリフが、米国防総省の指示で削除された……と話題に。アメリカ映画として原爆投下を“悲劇”とするのは、ひとつのタブーである。日本が舞台となる2013年の『ウルヴァリン:SAMURAI』は、長崎に原爆が落とされることから物語が始まるが、全速力の走りで爆風を逃れるなど、かなり非現実的。一方で最近では、マーベルのアクション大作『エターナルズ』(2021年)で、短いシーンながら、原爆が落とされた後の広島の惨状が生々しく再現された。脚本を日系のカズ・フィアルポが担当していたからだ。

広島や長崎とは関係ないが、『オッペンハイマー』のクリストファー・ノーラン監督も2012年の『ダークナイト ライジング』では、非現実ドラマとはいえ、核爆弾を海のちょっとした先の沖合で爆発させて一件落着……のような、ある意味、能天気な演出をしていた。『オッペンハイマー』は実録ドラマなので、ありえない描写はないだろうが、やはり日本としては、どんな作品なのかしっかりと見極めたうえで、宣伝、公開のプロセスを経たいのだろう。

間もなくアメリカなど各国で公開されることで『オッペンハイマー』の中身が少しずつ伝わってくるはず。日本の観客がどう受け止めるか、その意味で2023年、最も注目すべき映画なのは間違いない。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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