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“格差”で苦境も続く日本の独立系映画会社。希望の光は「これを日本に届ける」使命感だと信じる

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『アダマン号に乗って』はベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。右端が波多野氏(写真:ロイター/アフロ)

今年の2月のベルリン国際映画祭では、ひとつの快挙があった。グランプリにあたる金熊賞に輝いた『アダマン号に乗って』。その受賞のステージに日本の配給会社、ロングライドの波多野文郎氏が立っていたのだ。

波多野氏は同作のプロデューサーの一人。つまり日本のインディペンデントの配給会社が、世界3大映画祭での最高賞作品に出資していた、ということ。その意味で快挙なのである。

このところ日本の映画界では、特大ヒット作品のニュースを目にすることが多くなった。しかし一方で“格差”は広がり、かつてのような中規模のヒット作品や、ミニシアター系での話題作は減少傾向にある。加えてコロナによって映画館離れの層も発生させた。

製作から関わることで買い付けの不利を克服

日本のインディペンデントの配給会社は、たとえば今回の『アダマン号に乗って』のような国際的映画祭で評価された作品や、話題性のありそうな作品をイチ早く見つけ、配給権を獲得するわけだが、日本で当たるものがどんどん限られていく現状で、競争も激化。高値で交渉できる会社が有利になっていく。多数の配給会社にとっては苦境が続く時代。その苦境を何とか乗り越えるべく模索してきたことを、波多野氏は次のように語る。

「われわれのような弱小の配給会社が作品を買い付ける場合、他社がパスしたものを待ち、その順番も最後の方だったりします。ですから、川に例えるなら川上、つまり企画の発端から作品に関わることの重要性は10年以上前から意識していました」

この方針により、ロングライドは2014年のケン・ローチ監督『ジミー、野を駆ける少年』にはエグゼクティブ・プロデューサーに名を連ね、『アダマン号に乗って』のニコラ・フィリベール監督作品は、2010年の『ネネット』の頃から製作に関わっている。要するに、さまざまな形態で出資をしている。

「共同製作に関わっていけるかどうかは、監督本人だけではなくプロデューサーとの関係も重要です。こちらが主体的に意思表示をすることはもちろんですが、『受け入れてもらう』という表現が的確かもしれません。すでに十分な製作費が確約された作品では、われわれの協力は必要ありません。そして企画開発から関わったにもかかわらず、脚本に至らない、などというケースもあります。製作費全体は作品によって変わりますので、担うパーセンテージもさまざまです」

『アダマン号に乗って』より
『アダマン号に乗って』より

このような話を聞くと、製作への参加はギャンブル的な側面もあるし、徹底してビジネスの関係のようだ。しかしその奥には、映画を作る人=監督への絶大な信頼感、その作品を「ぜひ日本の人たちに届けたい」という情熱が必要なのは間違いない。

「ニコラ・フィリベール監督とは20年来の付き合いで、フランスに行けば必ず会うようにしています。そこで次回作や今後についての話も出てくるわけです。そういった監督との親密な関係性を維持することで、たとえばメインのプロデューサーが作品によって変わっても、ニコラとしては、僕のようにずっと関わっている人がいる方が安心だと感じてくれているかもしれません。前回(2019年)に来日した際に、次は『アダマン号』という船に乗ってみる、要するにそこで映画を撮る、という予定を直接教えてもらったりしました」

配給だけを手がけた場合、もし日本でまったく当たらなかったら、損失は大きい。製作から出資したら、さらにリスクは大きくなるのでは、と心配になるが、そうではない。

「共同製作に入ることで、たとえば日本での公開では資金の回収が難しかったとしても、海外での公開、その成績で回収できたりします。単に作品を買い付け、配給のみを担当するよりは、好条件となるケースもあります」

シニア層が動き始め新たなヒット作も

しかしここ数年、前述したとおり、日本においてミニシアター系作品がなかなか思いどおりの興行収入に届かなくなっている。シニア層の映画館離れも話題になったりするが、希望はあると波多野氏は語る。

「映画館で映画を観る。その楽しみを人々は失っていないと感じます。いわゆるミニシアター系の作品でも、このところ『ミセス・ハリス、パリへ行く』、『パリタクシー』などヒット作が生まれ始めています。ただ、そうしたヒットのトレンドは予想外に速く変わり、一般化して説明することも難しくなっているのではないでしょうか。業界内で『シニアが劇場に戻って来ない』という話が続き、実際にそういう現状がありつつ、『パリタクシー』にはシニアが詰めかけました。彼らにも『映画を観たい』という強い思いが残っていたんです。現状は複雑で、では同じシニア向けが次々ヒットするかといえば、決してそうではなく、さまざまな要因が絡んでくる。公開のタイミングも重要です。あまり傾向に一喜一憂していると、大切な何かを見失ってしまう。そんなことを実感しています」

『アダマン号に乗って』より
『アダマン号に乗って』より

そのタイミングという意味で、『アダマン号に乗って』は日本で4/28に劇場公開される。2月にベルリンで受賞したことを考えると、この日本での公開は通例よりも“早い”感覚だ。

「ベルリンでの受賞でマスコミに取り上げられることも多く、その余波が冷めやらないうちにお届けしたいと考えました。5月に入るとカンヌ国際映画祭がありますから、そこでの作品へ話題が移ってしまいます。ゴールデンウイークというのも絶好の機会ですから」

「いま観るべき作品」で世界最高峰での受賞に

『アダマン号に乗って』は、パリのセーヌ川に浮かぶ、デイケアセンターとして使われている船を舞台に、そこに通ってくる人々やスタッフの日常を追ったドキュメンタリー。ニコラ・フィリベール監督らしく、ひたすら彼らの言葉、音楽やアートに寄り添い、われわれ観客もその日常に溶け込んでいく不思議な感覚をもたらしてくれる。なぜこの作品が、世界最高峰の映画祭で栄誉を受けたのか。今この時代、人々が求める何かが潜んでいるのは間違いない。

最後に波多野氏に、これからの指針について聞くと、次のような答えが返ってきた。

「今年のカンヌに出るケン・ローチの新作にはエグゼクティブ・プロデューサーで関わっていますし、この後も、今は詳しく言えない作品も多く、邦画の開発なども進めています。同時に、ニコラ・フィリベールやケン・ローチの他にも、ウディ・アレン、ジム・ジャームッシュといった長年、紹介し続けている監督たちの作品もあり、今後も『我が社がやらないと世に出ない作品』という使命感で取り組んでいく予定です」

もともと日本は、インディペンデントの配給会社の尽力と功績によって、映画館で世界中の傑作・珠玉作・知られざる佳作にアクセスしやすい環境が整っていた。映画ファンにとっては理想的な世界。それをこれから先も維持するための「使命感」を、われわれ観客も誠実に、そして真摯に受け止めたい。

波多野文朗氏 撮影/筆者
波多野文朗氏 撮影/筆者

『アダマン号に乗って』

4月28日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開

(c) TS Productions, France 3 Cinéma, Longride - 2022

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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