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2023年、最も躍進のスターが急転直下の逮捕。どうなるマーベル作品? アカデミー賞も有力候補だったが

斉藤博昭映画ジャーナリスト
今年のアカデミー賞でのジョナサン・メジャース(写真:ロイター/アフロ)

2023年、この俳優にとって大躍進の年になるはずだった。

MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の今後のキーパーソンである最強の敵。そして「ロッキー」の新シリーズ「クリード」での主人公の因縁の対戦相手。さらに、アカデミー賞ノミネートの可能性も噂される人間ドラマでの主役……。

これ以上ないほどの注目作のラッシュで、先日のアカデミー賞授賞式でもプレゼンターを務めたジョナサン・メジャース。一気にハリウッドの頂点に上り詰めようとした矢先、暴行容疑で逮捕されてしまった。

3/25(現地時間)、ニューヨークのチェルシーで、30歳の女性に暴力を振るったとされるメジャース。被害者は命に別状はないが、頭と首を負傷。さらにハラスメントなどいくつかの容疑もかけられている。ただしメジャースの代理人は無罪を主張。どうやら無実の可能性も高そうだが、事件の真相解明が待たれている。

このニュースに、日本でも多くのMCUファンがざわついた。メジャースが演じるカーンは、公開中の『アントマン&ワスプ:クアントマニア』で本格的にMCUに登場。征服者としての片鱗を見せつけ、今後、「アベンジャーズ」シリーズなどで、その恐るべきパワーでの戦いが期待されている。2025年には『アベンジャーズ:ザ・カーン・ダイナスティ(原題)』と、カーンの名を冠した新作も公開予定だ。

もし今回の事件で有罪となれば、今後、カーン役を演じ続けることに暗雲が垂れ込める。キャストの交代も余儀なくされるだろう。

これで思い出すのは「ファンタスティック・ビースト」の宿敵グリンデンバルド役だ。同シリーズの1作目にちらっと登場し、2作目ではジョニー・デップがシルバーヘアも鮮やかに怪演したが、彼が元妻アンバー・ハードからDVで訴えられ、ドロ沼のスキャンダルに発展したことで、役を降板させられてしまった。3作目ではグリンデンバルド役をマッツ・ミケルセンが受け継ぐも、その後、アンバー・ハードの証言捏造などが認められ、デップにとってはとんだ“災難”に。当時、デップの降板には賛否両論があり、結果的にミケルセンがどんなに敢闘しても違和感が残ることになった。

このように重要な役の交代劇、しかもそれがスキャンダルに絡んでいる場合、うまくいく例は少ない。今回のカーンは、今後のMCU全体を担う役どころ。しばらくその動向から目が離せない。

ジョナサン・メジャースは演技力も高く評価されており、主演作『マガジン・ドリームズ(原題)』は今年のサンダンス映画祭で審査員特別賞を受賞。全米では12月に公開が決定している。つまり明らかにアカデミー賞をターゲットにした時期。同作を買い付けたのも、アカデミー賞常連のサーチライト・ピクチャーズで、メジャースの主演男優賞ノミネートへの追い風になっていた。

『マガジン・ドリームズ』より。ボディビルダーらしい肉体を作り、渾身の演技をみせるジョナサン・メジャース courtesy of Sundance Institute
『マガジン・ドリームズ』より。ボディビルダーらしい肉体を作り、渾身の演技をみせるジョナサン・メジャース courtesy of Sundance Institute

『マガジン・ドリームズ』でメジャースが演じた主人公キリアンはボディビルダー。日々、ボディビル雑誌の表紙になることを夢みて、肉体を鍛えまくり、頭の中はボディビルのことだけ。そのおかげで対人行動では問題が多く、キリアンには衝撃の運命も待ちかまえる。このような極端なキャラクターに対し、ジョナサン・メジャースは振り切れる部分は激しく振り切り、葛藤や苦悩といった内面的なアプローチでも観る者の心を揺さぶる名演技を披露。まさにアカデミー賞にふさわしいと言っていい。

しかし事件が賞レースに何らかの影響を与えるのは間違いなさそう。劇中のキリアンが、ようやくデートにこぎつけた女性とのシーンや、ある出来事から激しいまでの暴行に発展するプロセスは、否が応でも今回の容疑とシンクロしてしまう。メジャースが無実だったとしても、冷静に彼の演技を評価できるかどうか不安になる人もいるはずだ。本当に、俳優として一世一代の渾身の演技なのに……。

そしてもう一本が『クリード 過去の逆襲』。全米ではすでに3/3に公開され、大ヒットを記録中。クリード役のマイケル・B・ジョーダンが監督も務め、その演出も絶賛されている。メジャースが演じるのは、クリードの幼なじみながら、ある過去の過ちから刑務所生活を送り、出所してクリードとリングで対戦するデイム。葛藤と苦悩の演技力と、鍛え抜かれた肉体の両方を最大限に生かしたハマリ役。日本は5/26公開と、ちょっと先だが、今回の事件の影響が出ないといいが。これが日本映画だったら、もしかして公開中止や延期の話も囁かれていたかもしれない。

このように、今回のジョナサン・メジャースの暴行容疑事件は、各方面に波紋を広げそうな気配ではある。個人的には何かの間違いで、彼が潔白なことを祈るばかり。『マガジン・ドリームズ』の演技は、一年を代表するようなインパクトであったので、どうか正当に賞賛を浴びてもらいたいからだ。

第95回アカデミー賞授賞式で、マイケル・B・ジョーダン(左)とともにプレゼンターとして登壇したメジャース。来年もこのステージに立つことができるか。
第95回アカデミー賞授賞式で、マイケル・B・ジョーダン(左)とともにプレゼンターとして登壇したメジャース。来年もこのステージに立つことができるか。写真:ロイター/アフロ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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