Yahoo!ニュース

アカデミー賞。アジア系俳優「初の主演賞」がついに目の前に?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
全米映画俳優組合賞で主演女優賞に輝き、感極まるミシェル・ヨー(写真:ロイター/アフロ)

日本時間3/13に迫った第95回アカデミー賞。今年、注目のトピックのひとつが、主演女優賞の行方だ。

ここまでの前哨戦や予想で、『TAR/ター』のケイト・ブランシェット、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下、エブエブ)のミシェル・ヨーが“2強”という位置付けで、当初はブランシェットがリードをみせていたものの、ここへきてヨーが優位に立ってきた。

アカデミー賞と最も投票者が重なる、全米映画俳優組合賞(SAG)でヨーが主演女優賞を獲得したことで、流れは彼女に傾いていると言っていい。SAGとアカデミー賞は、昨年も主演・助演の4部門が同じ受賞者となっている。

ミシェル・ヨーはアカデミー賞で主演女優賞ノミネートの時点で「アジア系で初」と話題になった。当然のごとく受賞すれば史上初のケース。主演賞ということなら、過去に主演男優賞でもアジア系の俳優の受賞はゼロ。2年前、『ミナリ』で韓国系のスティーヴン・ユァンが、アジア系として主演男優賞初ノミネートを達成したが、受賞には至らず。

助演部門では、『ミナリ』のユン・ヨジョン、そこから遡って1958年に『サヨナラ』のナンシー梅木(ミヨシ梅木)が助演女優賞に輝いている。今年も『エブエブ』のキー・ホイ・クァンが助演男優賞の受賞最有力。助演でノミネートということなら、渡辺謙(『ラスト サムライ』)、菊地凛子(『バベル』)などが日本でも知られているが、あの『パラサイト 半地下の家族』ですら、演技賞はノミネートなしだったりと、やはりアジア系の壁は厚かった。しかも「主演」となれば、なおさらだ。

その厚い壁を、ついに突き破りそうなのが、今年のミシェル・ヨーなのである。

「アジア系」「アフリカ系」などと括りをつけることは時代遅れになる……。そのきっかけの一歩が刻まれるかもしれない。

『エブエブ』の主人公エヴリンは、マルチバース(並行して別の宇宙が存在し、そこでは自分が別の人生を送っているという概念)に放り込まれ、さまざまな運命を体現。他のバースでカンフー技を操ることがキーポイントになるのだが、そこにカンフーアクションでスターになったミシェル・ヨーの実人生も重ねられている。だからこそ映画ファンは感動し、こうして賞への評価も高まっている。

『SAYURI』のプレミアで製作のスピルバーグ、共演の渡辺謙と。
『SAYURI』のプレミアで製作のスピルバーグ、共演の渡辺謙と。写真:ロイター/アフロ

香港アクションスターとして人気を得たミシェル・ヨーだが、出身はマレーシア。つまりマレーシア人である。曽祖父の代に中国から来た、マレーシア華人。1980年代前半から香港映画界で活躍し、『ポリス・ストーリー3』などでアクションの才能を発揮。『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』のボンドガール、ワイヤーアクションを革新した『グリーン・デスティニー』で、そのアクションをさらに上のレベルへと進化させていった。一方で『宋家の三姉妹』、日本人キャストと共演した『SAYURI』、スーチーを演じた『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』などで演技派としての側面もみせつけてきた。

何より、ここ数年、ハリウッド大ヒットを記録した、アジア系メインの作品『クレイジー・リッチ!』や『シャン・チー テン・リングスの伝説』に、必ずミシェル・ヨーが顔をみせており、その勢いは実感できる。

『エブエブ』では、税金の計算や家族関係に頭を抱えるエヴリンが、他のバースでは映画スターやコック、指の長い人種になっていたりと、ミシェル・ヨーが文字どおり「千変万化」の表現力をみせ、だからこそ主演女優賞に値する。しかしライバルである『TAR/ター』のケイト・ブランシェットも、ありえない苦悩を抱えるオーケストラの指揮者として、信じがたいレベルの演技に達しており、最後までどちらが受賞するかはわからない。

しかしブランシェットはすでに主演・助演で2個のオスカー像を持っているので、迷っている投票者の心はミシェル・ヨーに傾く気もする。

アジア系で初の主演賞受賞、その瞬間はアカデミー賞授賞式でもハイライトになるはずで、ミシェル・ヨーがどんなスピーチをするか、今から期待を高めずにはいられない。

『エブエブ』では映画スターとして生きているパートも。
『エブエブ』では映画スターとして生きているパートも。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

3月3日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

配給:ギャガ

(c) 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事