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12分の映像放映『すずめの戸締まり』日本人に生々しい震災の記憶を呼び覚ます本気で、どこまでヒット?

斉藤博昭映画ジャーナリスト

10/28の金曜ロードショーで『君の名は。』の終了後、『すずめの戸締まり』の冒頭12分が流れた。宮崎県に暮らす高校生のすずめが、登校時に偶然出会った謎めいた青年・草太とともに、山の廃墟で災いを阻止しようとするオープニング。最後にタイトルが画面に出て12分は終わったが、本編でもタイトルは、この位置で登場する。つまりアヴァンタイトルの部分が今回、放送されたのである。

この冒頭からわかるように、新海誠監督の新作『すずめの戸締まり』は、すずめと草太が、災いを止めようとする物語が展開していく。『君の名は。』『天気の子』に続き、大ヒットが期待される新海作品だが、先日、「本作の中に地震描写があり、緊急地震速報の警報音が流れる」ことが告知されていた。よくニュースなどで流れる「この後、●●の映像が流れます」という注意テロップを連想させた。さらに新海監督自身が完成報告会見で、3.11 つまり東日本大震災について「いま描かなければ遅くなってしまう」と語っている。

アニメとはいえ、東日本大震災がどのように描写されるのか。そして、そのような描写が予告されることで「観たい欲求」はどのように変わるのか。『すずめの戸締まり』は興行的にも注目されるだろう。

新海監督は『君の名は。』で彗星の直撃の危機、『天気の子』で気候変動による都市の水没も描いており、もはや災害のテーマはライフワークとも言える。『天気の子』で話を聞いたときも「災害が起こっても、そこで生きることを楽しみたい。そういう気持ちで映画を作っている」と断言していたので、その言葉どおりの新作を完成させたわけだ。

ただ『君の名は。』や『天気の子』に比べて、この『すずめの戸締まり』はリアリティ、特にわれわれ日本人にとっての“生々しさ”は格段に大きい。彗星直撃や都市水没は非現実のイメージも強かったが、大震災となると多くの人の記憶にやきついているからだ。『君の名は。』の時点(2016年)で、東日本大震災をモチーフにすることは難しかったかもしれない。しかし同作の国民的ヒット、『天気の子』の成功にも背中を押され、本気で取り組める状況になったと察せられる。

とはいえ、『すずめの戸締まり』は基本的にファンタジーである。大地震を防ぐために扉に鍵をかける「閉じ師」や、すずめにしか見えない地震の予兆、人間以外のキャラクターも活躍し、新海作品らしい美しすぎる映像、コミカルな要素も頻出。音楽面ではRADWIMPSと陣内一真のスコアだけでなく、懐かしのジャパニーズポップスが多用され、映画としてのテンションを上げる。大震災の描写の衝撃とのバランス感を考慮したのだろう。何より、物語のテンポ、観る者の心をつかむパワーが、『君の名は。』や『天気の子』からさらに進化した印象。

金曜ロードショーで流れた冒頭12分の世界にすんなり入り込んだとしたら、そのままラストまで一気に身を任せられることだろう。あの12分で緊急地震速報の警報音も鳴っていたが、そこまで衝撃を与えるものではなかったはずで、全体としてそのトーンは崩れない。

新海作品では『君の名は。』が興行収入250.3億円、『天気の子』が141.9億円を記録している。

2022年度のここまでの日本の映画興行収入では、『ONE PIECE FILM RED』が173.5億円、『劇場版 呪術廻戦 0』が137.5億円、『トップガン マーヴェリック』が132.9億円、(10/24時点)とトップ3の数字が例年以上にハイレベル。

『すずめの戸締まり』は11/11公開なので本年度のランキングとなるわけだが、どこに食い込んでいくかは、『天気の子』の数字がひとつに指針になるはず。

東日本大震災を直接的に描いた大作といえば、実写では福島第一原発を描いた『Fukushima 50』があったが、同作はコロナ禍に入ったタイミングで興行的に成功しなかったし、そもそも「観たい人」が限定された印象だった。アニメーション大作でまっすぐに大震災を見つめた『すずめの戸締まり』が、新海誠監督のブランド力とともにどんな数字を残すか。

鍵を閉め、鍵を開ける。そんな描写がキーポイントになる『すずめの戸締まり』は、アニメという枠を超えて、日本映画として新たな扉を開ける一本になるだろうか。

『すずめの戸締まり』

11月11日(金)、全国東宝系にてロードショー

配給:東宝

(C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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