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基本「カメ止め」完コピしつつ、競馬場跡地でロメロの「ゾンビ」にオマージュ。オスカー監督のリメイク術

斉藤博昭映画ジャーナリスト

『カメラを止めるな!』

2018年に公開され、製作費はわずか300万円(諸説あり)ながら、あまりに斬新なスタイルと映画愛、思わぬ感動が相まって、SNSや口コミによる反響が超拡大。興行収入は31.2億円を記録し、「カメ止め」が流行語にもなるという社会現象を起こした。そんな記憶に新しい作品を、早々とリメイク。しかもフランスで、アカデミー賞作品賞受賞『アーティスト』の監督が手がけ、さらにカンヌ国際映画祭でオープニング上映……という、なんだかキツネにつままれたようなプロジェクトが、日本公開タイトルをちょこっとだけ変えた『キャメラを止めるな!』だ。

何かとオリジナルと比較されやすいリメイク。ただ日本では大ヒットした「カメ止め」も、世界的ブームを起こしたわけではない。ミシェル・アザナヴィシウス監督も、「まぁフランスで観たのは、オタク的な映画ファンくらいですからね」と、比較される心配はしなかったと微笑む。

もちろん日本でこのリメイク版を観る人は、オリジナルにどれだけ忠実で、どんなアレンジがなされているのかを楽しみに、スクリーンに向き合うはず。期待と、多少の不安を胸に……。

「オリジナルの『カメ止め』は、その“構造”がよく考えられた作品です。前半パートで、俳優たちが明らかに下手な芝居をしてたりしますが、その理由が後半になって初めてわかったりする。そしてもう一度、前半を観たくなるわけで、2回目、3回目でより楽しめる作品なんです」

アザナヴィシウス監督は、リメイクでも十分に観客を楽しませることができると信じたようだ。次の企画を相談していたプロデューサーが「カメ止め」のリメイク権を取得したと聞き、すぐさまメガホンをとることを決意したのである。

この写真を見るだけで、オリジナル版のどのシーンか想像が広がる。
この写真を見るだけで、オリジナル版のどのシーンか想像が広がる。

リメイクということで大胆に改変する選択もあったはず。しかし大きく変えると、この作品本来の魅力が失われるリスクも考えられた。

「最初に迷ったのは『ゾンビ映画』という要素をどうするか。思い切って変える可能性も考えました。基本的な展開は踏襲しつつ、フランス映画っぽいジャンルにしてみようかと。結局、ゾンビ映画のエネルギーこそ、この映画に必要だとわかったのです。ですからキャラクターの心の変化など細かい部分や、最後のパートを私らしくしたり、多少は改変しつつ、オリジナルの面白さは失わないように努めましたよ」

ゾンビ映画のクルーがみんな同じTシャツを着ていたり、監督役の衣装がアロハっぽいシャツだったりと、意外に細部までオリジナルに忠実だったりする。

「お揃いのTシャツはフランスっぽくないですか? いやいや、私の以前の現場でも同じTシャツでやったことがありますから(笑)。あと、あのアロハのシャツは、血糊を付ける意味で真っ白なシャツより使い勝手がいいんです」

「カメ止め」で劇中映画のロケ地に選ばれたのは、茨城県の浄水場だった。フランスの「キャメ止め」で監督が探し出したのは……。

「競馬場の跡地です。パリの中心地から40kmほどの郊外で見つけました。最高のロケ地だと直感したのは、ジョージ・A・ロメロ監督の『ソンビ』へのオマージュになるからです。その競馬場は、廃墟となったショッピングモールの雰囲気もありましたし、色合い的にも今回のリメイクにぴったりだったんです」

そもそも今回の『キャメラを止めるな!』はストーリー自体が、「日本で大ヒットした30分ワンカットの映画をフランスでも生放送でやってしまおう」というもの。だからオリジナルの「カメ止め」を観るシーンや、パンフレットらしき資料なども登場する。そして2作の架け橋となるキャストが、プロデューサー役の竹原芳子。その役割は、日本のプロデューサーとして何かと現場に口を出す。こうしたプロデューサーの無理難題は、アザナヴィシウス監督にも経験があるのだろうか。

「いやいや、ほとんど経験してないですよ(笑)。記憶をたどって強いて挙げるなら、1993年の初めての長編監督作でしょうか(フランスのテレビ用に製作された「La Classe americaine」)。ワーナー・ブラザースの100本もの名作映画を1本にまとめた作品です。汚いジョークがけっこうたくさんあって、フランス人にとって面白いのか、どこまで使うかなど、プロデューサーとかなり議論しました。意見の言い合いという感じで、横暴な注文というわけではありませんが、思い出すのはそれくらい。プロデューサーとは、私にとって理解のある人物。今回の竹原さんの役は極端ですね(笑)」

撮影現場での一致団結はフランス版になっても感動的!
撮影現場での一致団結はフランス版になっても感動的!

アカデミー賞受賞の『アーティスト』、映画史に残る巨匠を主人公にした『グッバイ・ゴダール!』、そして今回の『キャメラを止めるな!』と、アザナヴィシウス監督のフィルモグラフィーには、明らかに「映画の現場」を描いた作品が目立つ。これは、ひとつの傾向という気がする。

「それは私の志向というより、たまたまの結果なんですよ。『アーティスト』で挑みたかったのは、モノクロでサイレント映画という“フォーマット”でした。『ゴダール』は、巨匠の元妻が書いた本に夢中になったから。今回の『キャメ止め』は、私のキャリアを振り返って、一緒に映画を作ってきた仲間への思いやリスペクトを描きたかったのです。それぞれ動機は異なっていますが、確かにあなたの言う通り、共通のトピックに到達していますね(笑)」

今回も私生活のパートナー、ベレニス・ベジョが出演(映画監督の妻役で、ゾンビ映画ではメイク担当)。『キャメラを止めるな!』の監督と妻という関係に、自身を重ねたりするのだろうか。

「いやいや、劇中の設定と違ってベレニスは現役の役者ですから、それを聞かれてもねぇ……。あくまでもこの関係はオリジナルに忠実に、と意識しました。私の私生活はまったくダブりませんよ(笑)」

最後に、すでに「カメ止め」を知る日本の観客が、あえてこの「キャメ止め」を観る意味は、いったいどこにあるのか。ミシェル・アザナヴィシウス監督は自信満々の表情で、こう結んだ。

「同じストーリーを、違った国の監督とキャストのバージョンと比較できるという意味で、日本の人たちこそが最高の観客になってくれると信じています」

カンヌ国際映画祭でのアザナヴィシウス監督。左がベレニス・ベジョ。
カンヌ国際映画祭でのアザナヴィシウス監督。左がベレニス・ベジョ。写真:ロイター/アフロ

『キャメラを止めるな!』

7月15日(金)全国公開

(c) 2021 - GETAWAY FILMS - LA CLASSE AMERICAINE - SK GLOBAL ENTERTAINMENT - FRANCE 2 CINÉMA - GAGA CORPORATION

配給:ギャガ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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