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オスカー凱旋の濱口監督「ハリウッドで今の日本映画が注目されてるわけではない。でもアジアはチャンスが」

斉藤博昭映画ジャーナリスト

『ドライブ・マイ・カー』、アカデミー賞に至る旅は祝福のうちに静かに幕を閉じた。

日本に帰ってきた濱口竜介監督、主演の西島秀俊、山本晃久プロデューサーの顔は一様に穏やかで、心からの充足感をたたえていた。清々しいばかりに……。

濱口監督は、3月11日に日本アカデミー賞授賞式に出席。そこからすぐにロンドンへ飛び、3月13日(現地時間)の英国アカデミー賞授賞式に出て、非英語映画賞を受賞した。さらに驚くことに、翌3月14日夜ロサンゼルスでの『ドライブ・マイ・カー』上映のトークイベントに登壇しているのである。なんという、緊密のハードスケジュール!

その3月14日から濱口監督はロサンゼルスに滞在し、アカデミー賞授賞式(現地時間3月27日)まで、直前のオスカーキャンペーン、トークイベント、取材などをこなしてきた。授賞式前日のノミニーディナー(ノミネート関係者が集まるパーティー)では「スティーヴン・スピルバーグ監督、ポール・トーマス・アンダーソン監督と同じテーブルになって、『なんでこんなところにいるのだろう?』と夢ごこちになりました」と、現実とは思えない時間を過ごしたことを濱口監督は会見で語る。

今回、アカデミー賞国際長編映画賞受賞となった『ドライブ・マイ・カー』の軌跡を、日本映画の快進撃と感じる人も多いだろう。実際に受賞が重なるたびに、そのような切り口の報道がなされていた面もある。この勢いで、また次の『ドライブ・マイ・カー』が現れて、アカデミー賞受賞があるかも、という希望的観測だ。

アカデミー賞のためにハリウッドに約3週間、滞在した濱口監督は、現地の映画人、映画ファンのやりとりの中で、では日本映画全体への期待や関心についてどう感じたのか。その点を質問すると、濱口監督の答えは冷静だった。

これは、はっきり言わなくてはいけないと思いますが……」と神妙な面持ちで前置きして、次のように続ける。

「現在の日本映画に対する関心は基本的にないと思います。『すばらしい日本映画はたくさんあったね』という文脈で(過去を)語られることはいっぱいあります。ただ、現在の日本映画がアメリカで知られているかといえば、是枝(裕和)さんなんかは別ですけれど、基本的には注目されているとはいえないことを実感しました」

そうは言いながらも、では『ドライブ・マイ・カー』は、たまたま作品が評価されたのでオスカーへ至ったのか。日本映画の世界進出に希望は見出せないのか、と考えると、そんなことでもないと濱口監督は付け加える。

「『ドライブ・マイ・カー』を選んでいただいたみたいに、アジア映画全般に対する関心が、どうも高まっているらしいということは、現地の方からも聞いています。私は観ていないのですが、Netflixの『イカゲーム』などがあって、アメリカの観客の目線は『アジアに何か面白いものがないだろうか』となっているようです。その目線が日本だけに向かっているわけではないと思いますが、目線は向けられている。あとは本当に、その目線に応える作品があるかどうかということでしょう。観客の好奇心を貫くような作品が(日本から)出てきてほしいです」

2年前の『パラサイト 半地下の家族』のアカデミー賞作品賞受賞、そして濱口監督も言及した「イカゲーム」への熱狂、さらに今回の『ドライブ・マイ・カー』の数々の受賞と、明らかなムーヴメントは感じられるので、日本映画も今、大きなチャンスを逃すべきではないということだろう。

この点については何年も前から、自国の映画・音楽の世界的セールスを強力にバックアップする韓国と比較されてきた。会見に同席した山本晃久プロデューサーも語る。

「日本も助成金はありますが、一方で人材育成や労働環境の改善の問題があって、そういったことへの意識がようやくめばえてきた段階です。そこから始めることが重要。さらに言えば、日本映画が内需(国内の観客のみをターゲットにする)に頼る現状が続いていますので、もっと外へ向けて作っていかなくてはならない。その時に国の助成が力になっていくと思っています」

この『ドライブ・マイ・カー』も製作段階で紆余曲折があった。本来は東京で撮影したかったが、現実的に無理だったことを改めて濱口監督は振り返る。

「東京は撮影しづらい状況があります。もともと車を走らせることが重要な作品でしたが、東京ではすごく限定された場所でしか車の走行を撮影できないのです。そのため当初はロケ地を韓国にしたところ、それがコロナによって不可能になり、広島で撮影することになりました。車を走らせるための協力、ロケーションの決定など、現地のフィルム・コミッションの協力で実現し、感謝しています。それは新潟や北海道も同じで、地方の理解がなければ、『ドライブ・マイ・カー』は実現しなかったと言えます」

東京でのロケの難しさ、許可の取りづらさは、こちらも長年、問題になっており、先日もWOWOWの新作ドラマで、マイケル・マンが総監督を務める「TOKYO VICE」でも話題になった。このあたりも、日本映画の世界進出に少なからず影響を与えるような気もする。

『ドライブ・マイ・カー』に続き、日本映画がアカデミー賞で快挙をなしとげるのは、次はいつになるのか。『おくりびと』からは13年のブランクがあったが、もう少し縮まるのだろうか。濱口監督は基本的なアプローチをしっかり守ることだと語る。

「ハリウッドはケタ外れな世界ですから、今回も『そんな予算で映画を作ってるの?』と驚かれました(笑)。ただ、予算に関係なく、カメラと被写体の関係が映画を作ると思っています。そしてパーソナルな思いから映画作りに出発することは、まったく間違いではありません。一人一人が志をもって続けること。重要なのは、何かに突き動かされながら諦めないでやりとげること。その先に何かが待っていると信じます」

主演の西島秀俊も、俳優の立場から次のようにエールを送る。

「今回、かなり説明を排除するような僕の芝居を、アメリカをはじめ多くの国の方に観ていただいた事実は、僕にとって大きな希望になりました。若い俳優さんには僕なんかより才能がある人も多いので、自分の信じる演技を続けてほしいです」

『ドライブ・マイ・カー』が作った轍(わだち)が、遠くない未来、新たな才能によってさらに大きく広がることを……。

『ドライブ・マイ・カー』

全国超ロングラン上映中! (PG-12)

(C) 2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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