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イザベル・ユペール、濱口竜介監督と念願の対面。「偶然」と「想像」の映画の魅力【東京国際映画祭】

斉藤博昭映画ジャーナリスト
イザベル・ユペールと濱口竜介監督(撮影/筆者)

濱口竜介監督は、昨年(2020年)のヴェネチア国際映画祭で、脚本で参加した『スパイの妻<劇場版>』が銀獅子賞を受賞。今年のベルリン国際映画祭で『偶然と想像』が審査員グランプリ、カンヌ国際映画祭で『ドライブ・マイ・カー』が脚本賞と、一気に世界の巨匠の座に上り詰めたが、その才能に以前からラブコールを送っていたのが、フランスを代表する俳優のイザベル・ユペールだった。

2019年、主演作『グレタ GRETA』のインタビューの際に、いま最も気になる監督として濱口竜介の名前を挙げ、パリでの濱口監督の特集上映にスケジュールの都合で行けなかったことを、心から残念がっていた。その同じ年に、再び『ポルトガル、夏の終わり』で濱口監督について聞いたときも、とめどなく溢れる愛を隠さなかった。「来年(2020年)、舞台のツアーで日本へ行くので、その時はぜひ会いたい」と話していたユペールだが、コロナによってそのツアーは中止となってしまった。

そして2021年、まだコロナは収まっていないが、ユペールの願いは東京でかなった。第34回東京国際映画祭の審査委員長として来日した彼女は、トークシリーズ@アジア交流ラウンジで、濱口竜介監督との対談が実現したのだ。

濱口監督の作品をほとんど観たというユペールは、『ハッピーアワー』における、プロフェッショナルではない俳優の演技などを濱口監督に問い、一方で濱口監督は、クロード・シャブロル、ポール・バーホーベン、モーリス・ピアラといった名匠の作品で、ユペールの具体的な演技に言及しながら、その真意を尋ねるなど、じつに濃密な対談が繰り広げられた。

「カメラの前に立つことを一度も怖いと感じたことはない。その役をやる喜びを考えていれば、カメラの位置によって、どんな演技をすればわかる」(ユペール)

「カメラは、思った以上のものを捉えるが、大切なものを映さないこともある。人間の身体は、本人が思っている以上のことを語りかけてくる」(濱口)

など、俳優と監督の立場から至言が次々と出てきたが、濱口監督が「ぜひ聞きたい」とぶつけたのが、ホン・サンス監督の演出についての質問だった。アジアの監督とも積極的に組むイザベル・ユペールは、ホン・サンス監督の韓国映画『3人のアンヌ』で、韓国の海辺の街を訪れた、アンヌというヒロインを演じた。3つのエピソードから成る同作で、名前は同じだが、職業も境遇も違う3人の女性を演じ分けたのである。

「ホン・サンス監督とは、ほとんど偶然のようなプロセスで出会いました。彼は俳優よりも先に場所を選びます。子供が紙に家の絵を描いて、そこに人を入れていくような感覚なのです。あらかじめ脚本は書かれていませんが、出演する私は、その場所に想像を広げて夢を見始めるのです」

ホン・サンス監督の独特のアプローチについて語るユペールの言葉に、期せずして「偶然」「想像」という単語が表出した。

濱口竜介監督の最新作『偶然と想像』は、やはり3つの短編で構成された作品(実際は7話を想定していて、そのうち3話で構成)。監督自身もホン・サンス作品を「露骨にマネているかも」と自虐気味に発言しつつ、「偶然」が引き起こす思わぬ展開、そして「想像」を広げることによって見えてくる新たな地平と、まさに映画の魅力を最高レベルで体験させようと試みられたのが『偶然と想像』だ。

『偶然と想像』で起こる3つの偶然は、日常的なリアリティでいえば、やや突飛、あるいは極端かもしれない。しかしその突飛な偶然が、われわれ観客の心に地続きとなって響いてくる。それは、濱口監督による脚本の妙であり、監督の演出によって役と一体化し、日常に存在しているとしか思えない俳優のセリフ回しや動き、表情の成果である。間違いなく、映画を観る喜びに浸らさせてくれる傑作だ。

『偶然と想像』より、最初のエピソード。(c) 2021 NEOPA / fictive
『偶然と想像』より、最初のエピソード。(c) 2021 NEOPA / fictive

『偶然と想像』は東京国際映画祭と同時開催の第22回東京フィルメックスのオープニング作品として上映されたが、フランスではまだ劇場公開されていない同作を、すでにイザベル・ユペールも観ており、改めて濱口監督の世界に心酔したことを認めている。

「人が言葉で表現すること。そして沈黙の間に起こっていること。その両方を把握した、強力な“映画言語”をもっている」とユペール。

『偶然と想像』でも顕著だが、ユペールによると「あまりに人間たちが自然で、カメラが回っていないのでは…と錯覚してしまう」のが、濱口作品の魅力。同時に、監督本人は「この場にカメラがなければ、どんないい映画になるだろう」と、映画の根本に対しても自問する。

結局のところ、「われわれは撮っている。あなたたちは演じている。それが真実に達することは極めて少ないが、不可能だとわかって撮っていると、役者のみなさんが素晴らしい次元に達することがあります。それがなぜ起こるかは、今でもわからない。でもわからないことを受け入れつつ、自分たちは映画を撮っているという自覚を持ち続けているのです」という濱口監督の持論に、イザベル・ユペールも強く同調した表情で耳を傾けていた。

濱口監督は、なぜホン・サンスの質問を投げかけたのか? 同じアジア人の監督として、自作にイザベル・ユペールを迎えたいという、さりげないラブコールの気持ちが込められていたのかもしれない。実際、このトークイベントを聴いていた人の多くが、濱口監督のカメラの前に、揺るぎない自信で、そして自然な姿で立つユペールを夢想したに違いない。

2人の横では、カトリーヌ・ドヌーヴやジュリエット・ビノシュを自作で演出した是枝裕和監督が、満足そうに話に聞き入っていた。

そう遠くない将来、イザベル・ユペール出演の濱口竜介監督作が誕生するのではないか。

第34回東京国際映画祭は11月8日まで、第22回東京フィルメックスは11月7日まで開催中

『偶然と想像』

12月17日(金)Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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