Yahoo!ニュース

なぜか「007」公開日との偶然。『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』今夜放送される意味

斉藤博昭映画ジャーナリスト
Moviestore Collection/AFLO

1989年公開の『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』は、その前作にあたる『魔宮の伝説』に満足のいかなかったスティーヴン・スピルバーグ監督が、満を持して取り組んだシリーズ3作目で、テンポの良さとダイナミックな仕掛けが見事に噛み合い、いま観てもまったく飽きさせない。その結果、日本で年間最大のヒット(配給収入44億円/興行収入に換算すると約2倍)を記録したわけだが、当時、最も話題となったのは、主人公インディの父親、ヘンリー・ジョーンズ教授役で、ショーン・コネリーが出演したことだった。

ショーン・コネリーといえば、初代ジェームズ・ボンド。この『最後の聖戦』が金曜ロードショーで放映される10/1は、ボンド映画の最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』が日本で劇場公開される。ダニエル・クレイグの6代目ボンド、最後の作品だ。放映と公開の一致は、あくまでも偶然。よくある映画の宣伝の一環ではない。しかし初代ボンド、コネリーの最大のヒット作と、クレイグの引退作がこうして重なるのは感慨深い。

ショーン・コネリーとダニエル・クレイグ。コネリーが2020年にこの世を去ったことで、公のイベントなどでの2人の対面は、ついに実現しなかった。そして両者に直接会ったことがある人も、日本では限られている。その貴重な一人が、映画評論家の渡辺祥子さんだ。

12歳差でも親子を演じられた2大スター

ジェームズ・ボンドを演じたコネリーが、インディ・ジョーンズの父親役を任されたことについて、渡辺さんは次のように語る。

「俳優というのは、過去に演じた役を背負っているものなので、観ている側もそのキャリアを重ねてしまいます。その意味で、ボンドのコネリーが、インディのパパを演じたわけで、映画ファンは素直に幸せな気分になるのです」

じつはコネリーの父親役には年齢的に“無理”がある。そのあたりを渡辺さんは、息子を演じたハリソン・フォードに会った際にぶつけてみたという。

「ハリソンは『ショーンは僕と12歳しか違わないのに、現場では親父のように偉そうで、なんでも命令してくる。頭にきたよ(笑)!』なんて冗談めかして打ち明けてくれ、私も思わず笑っちゃいました」

ショーン・コネリーとハリソン・フォードのインディ父子での共演は、映画ファンの心を素直にときめかせた。スピルバーグは友人のブライアン・デ・パルマ監督から『アンタッチャブル』のラッシュ(完成前の映像)を見せてもらい、「この世界でインディの父親を演じられるのは、コネリーしかいないと確信した」と語っている。コネリーの『最後の聖戦』出演が発表されたのは、彼が『アンタッチャッブル』でアカデミー賞助演男優賞を受賞する数日前という絶妙なタイミングだった。ちなみにスピルバーグが、これ以前に「007」の監督を打診され、断ったというエピソードは有名だ。

ショーン・コネリーがジェームズ・ボンドを演じた「007」シリーズの中で最も人気の高い、1963年の第2作『007/ロシアより愛をこめて』より。
ショーン・コネリーがジェームズ・ボンドを演じた「007」シリーズの中で最も人気の高い、1963年の第2作『007/ロシアより愛をこめて』より。写真:Shutterstock/アフロ

渡辺さんが語るように、「007」や『アンタッチャブル』を重ねることで、インディ父=ヘンリー役が観客を虜にしたのは間違いない。その点について、『最後の聖戦』公開当時、次のような記事が出ていた。

地上に降りた二人に戦闘機が狙い撃ちしてくるとヘンリーことショーン・コネリーが「こんな経験は初めてだ」というくだりも笑ってしまった。『ロシアより愛をこめて』の有名なシーンであり、観客がコネリー=ボンドとイメージするであろうことを意識した演出で楽しませていくのだ。(中略)「007」から出発し、最近では世界一チャーミングな父親役者となったコネリーが演じて、これ以上のキャスティングはない。

(キネマ旬報1989年7月上旬号、映画評論家の故・筈見有弘さんの記事より)

渡辺さんも『最後の聖戦』で最も印象に残るのは、次のシーンだという。

「ヘンリーとインディの親子が海辺を歩きながら、カモメを追い立てるシーン。本当に楽しいです。そういう何気ない瞬間にスターの魅力が満ちあふれていますから」

ジャングルのセットで聴いたコネリーの美声

このシーンでは、ショーン・コネリーのヘンリーが、傘を開いたり閉じたりして、奇声も上げて海岸のカモメを飛び立たせ、上空の戦闘機に激突させる。ジェームズ・ボンドのスパイテクニックとは、まったく違う戦法が笑えるのだ。

そして、実際に会ったショーン・コネリーの印象について、渡辺さんは次のように振り返る。

「最初に生で彼を見たのは『メテオ』(1979年)の撮影が行われたスタジオだったのですが、その時はインタビューはできませんでした。その後、『ザ・スタンド』(1992年)で、メキシコのジャングルでの撮影を見学に行き、そこで20分ほど話を聞くことができたのです。颯爽としていましたが、植物学者という役で、アクションスターというイメージではありませんでしたね。あの声を耳元で聴くことができて感動しました。ショーン・コネリーの声ってハリと艶があって、舞台の俳優ともまた違う独特のものだったのです」

『007 カジノ・ロワイヤル』のダニエル・クレイグ。6代目ジェームズ・ボンドに選ばれた当初は賛否両論だったが、公開されるや新たなボンド像が大人気となった。
『007 カジノ・ロワイヤル』のダニエル・クレイグ。6代目ジェームズ・ボンドに選ばれた当初は賛否両論だったが、公開されるや新たなボンド像が大人気となった。写真:Splash/AFLO

一方で現在、ジェームズ・ボンド役のイメージを決定づけているのが、ダニエル・クレイグだ。

「ジェームズ・ボンド役は、その後4人が演じましたが、ショーン・コネリーを超える人は二度と現れないと思っていました。でもダニエル・クレイグを観た時は、その考えが覆されましたね。ダニエルはとにかく動きがシャープだったし、それまでの“ボンドガール”との関係性とは違って、女性を自分と対等に扱うところが良かったです」

そう語る渡辺さんは、ダニエル・クレイグが初めてボンドを演じた『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年)の撮影現場を訪問している。

「チェコでの夜の撮影を見学して、その後日、インタビューしたのですが、ダニエルは、最初の主演作に必死で取り組む、まだ“トップスターではない”俳優という印象でした。でもその後、完成した映画を観たら、まったく別人になっていたのです。来日で再会した時も、数ヶ月でここまで変わるのかと驚きました。『007』を通して、一人の俳優が急成長をとげる過程を間近で見て、感激したのを覚えています」

そのダニエル・クレイグがボンド役を引退することについて「初期と比べて円熟の味わいが増してきたので、このあたりが最後で、ちょうどいいタイミングでしょう」と渡辺さん。

命日は同じ、ショーン・コネリーとリヴァー・フェニックス

「もうその姿を観られない」という点では、『最後の聖戦』でインディ・ジョーンズの若き日を演じたリヴァー・フェニックスも、今はこの世にいない。「インディ・ジョーンズ」の最初の3部作の直後には、リヴァー・フェニックスを主演にした新シリーズの噂が浮上したこともあったが、もちろん実現は叶わなかった。渡辺さんも「リヴァーの主演で新しいインディ・ジョーンズ映画も観てみたかった」と残念がる。

1988年、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』を撮影していた頃のリヴァー・フェニックス。
1988年、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』を撮影していた頃のリヴァー・フェニックス。写真:Shutterstock/アフロ

リヴァー・フェニックスが亡くなって28年。そしてショーン・コネリーが亡くなって、間もなく1年。両者の命日は奇しくも、同じ10月31日だ。

長年、映画スターの活躍を間近で見つめ、別れも経験してきた渡辺祥子さんは、こう語る。

映画スターは、この世からいなくなっても作品の中で生きている。だから寂しくないんです

コネリーとフェニックスにはもう会うことはできず、ダニエル・クレイグのボンドもこれで終わるが、たしかにその勇姿は永遠に作品に刻まれ、これからも多くの人に愛され続けることだろう。『最後の聖戦』放映と「007」最新作公開、その偶然の一致は、そんな思いにも浸らせてくれる。

『インディ・ジョーンズ』シリーズは、3作目からじつに19年後の2008年に4作目『クリスタル・スカルの王国』が公開され、現在、ハリソン・フォード主演で5作目が製作進行中である。そしてダニエル・クレイグが別れを告げたジェームズ・ボンド役、次なる7代目のキャストはそう遠くない時期に明らかになるはずだ。

こうして映画は続いていくーー。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

金曜ロードショー公式HPより
金曜ロードショー公式HPより

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事