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今年トロントを制したのは、ケネス・ブラナーの半自伝的作品。「ナイル殺人事件」も控え、超注目の監督に

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ベルファスト』 01 courtesy of TIFF

2021年の第46回トロント国際映画祭が9/18(現地時間)に閉幕し、最高賞であるピープルズ・チョイス・アワード(観客賞)に選ばれたのは、ケネス・ブラナー監督の『ベルファスト(原題)だった。

トロントの観客賞が毎年、注目されるのは、受賞作が必ずと言っていいほど、その後のアカデミー賞までの賞レースで重要なポジションを得るから。近年の受賞とアカデミー賞の関係は以下のとおり。

2020年『ノマドランド』→アカデミー賞作品賞

2019年『ジョジョ・ラビット』→アカデミー賞作品賞ノミネート(観客賞3位の『パラサイト 半地下の家族』が作品賞)

2018年『グリーンブック』→アカデミー賞作品賞

2017年『スリー・ビルボード』→アカデミー賞作品賞ノミネート

2016年『ラ・ラ・ランド』→アカデミー賞作品賞ノミネート

『スリー・ビルボード』や『ラ・ラ・ランド』は最後まで作品賞本命の位置だったし、それ以前の2012〜15年も、すべて観客賞受賞作がそのままアカデミー賞で作品賞受賞、またはノミネートを達成している。トロントの観客賞の信頼度、恐るべしである。

ただ今年は、本命作品を予想するのが難しく、直前のヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞した作品(『L’evenement』)もトロントで上映がなかったことから(昨年は『ノマドランド』がヴェネチア、トロントを連覇)、おそらく接戦であったことが推測される。『ベルファスト』は先のテルライド映画祭がワールドプレミアで、その後、トロントで上映された。

それでもSF超大作『DUNE/デューン 砂の惑星』や、ダイアナ妃を主人公にした『スペンサー(原題)』など華々しい作品も揃っていたので、『ベルファスト』は誰もが認める傑作と言ってよさそう。日本からはカンヌでも受賞した濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』や、湯浅政明監督のミュージカルアニメーション『犬王』が出品されていた。

『ベルファスト』は、『ハリー・ポッター』のロックハート先生から近年の『TENET テネット』まで俳優としても人気のケネス・ブラナーの監督18作目。シェイクスピア作品の監督としては最高峰なうえに、『シンデレラ』や『マイティ・ソー』、『オリエント急行殺人事件』など多彩な作品を送り出してきた、誰もが認める「巨匠」である。そんなブラナーが「もっともパーソナルな作品。半自伝的ドラマ」と、メガホンをとった。

1960年代後半の北アイルランドで、一人の少年を中心に、労働者階級の闘争、宗教間の対立、文化の移ろい、人生を変える出会い、そして家族とのドラマをエモーショナルにつづっていく。ブラナーは1960年、ベルファスト生まれなので、少年はまさに彼の分身だ。メインの60年代のシーンはモノクロで、その映像美も秀逸。ブラナーと同じくベルファスト出身のヴァン・モリソンが提供した曲も効果的に使い、ダンスシーンなどもあり、映画的興奮を高める作りが、多くの観客の支持を集めることになったのではないか。オスカー俳優のジュディ・デンチら実力派キャストが共演している。

現在のところ『ベルファスト』の日本公開は発表されていないが、今後、賞レースに加わることで、アカデミー賞にタイミングを合わせた公開となる可能性は高くなった。

そしてケネス・ブラナーといえば、『オリエント急行殺人事件』に続き、自身が名探偵エルキュール・ポアロを演じる監督作『ナイル殺人事件』が、度重なる公開延期の末に、2022年2月の劇場公開が決まっている。『ベルファスト』とともに、2022年の始まりは、ケネス・ブラナーへの注目が集まることだろう。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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