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50億円超えの「竜そば」、ミニシアター好調の「サマーフィルム」。賛否が極端なのもヒットの理由?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
公開中の『サマーフィルムにのって』

7/16から公開された細田守監督の『竜とそばかすの姫』が、興行収入で50億円を突破。細田作品でこれまでの最高興収は2015年公開の『バケモノの子』の58億5000万円なので、その数字も射程に入ってきた。

何がそこまで観客を惹きつけているのか? もちろん『時をかける少女』『サマーウォーズ』以来、ファンを増やし続け、細田作品がある種の「ブランド」となっている事実もあるが、今回の『竜とそばかすの姫』の場合は、映像への賛辞と、それに付随した音楽による効果が大きい。仮想世界<U>(ユー)を描いた壮大かつ緻密なビジュアルは、有無を言わせず観る人すべてを圧倒し、その<U>の中で歌姫ベルが歌うナンバーを中心に、音楽のパワーが存分に生かされる。まさに「目」と「耳」での至福体験であり、映画レビューサイトでもその部分を評価するコメントが目立つ。

ただし、50億円突破がYahoo!ニュースで流れた際、コメント欄には別方向の意見も多くみられた。

その中心となっているのがストーリーへの不満で

多くのエピソードが回収しきれていない

現実世界での問題解決に説得力が欠ける

現実を知っている大人ほど共感しづらい

などというもの。

たしかに(ネタバレなしで書くと)、終盤の主人公の行動、それ自体はギリギリ納得できるも、そこに対する周囲のやや無頓着すぎる後押し、そして問題を解決するシーンでのあまりに安易な展開はかなり腰砕けで、ご都合主義的な印象も与える。そもそも現実世界と<U>での、各人物のリンクがやや曖昧なので、それぞれの変化する行動に説得力が感じられない気もする。そこは想像力をはたらかせて……という作品の方向性でもない。

「細田監督は、脚本を他の人に任せるのはどうか」という辛辣なコメントも見受けられる。米アカデミー賞にノミネートされた前作の『未来のミライ』でも、人物の心情表現部分でいろいろと賛否があった。ただ、これだけの映像世界を作ることができる才能なので、この点はファンの切なる願いでもあるだろう。

日本映画では、こうした話題作で「脚本の弱さ」が指摘されるケースも多い。逆に言えば、脚本が弱くても気にしない人も一定数いる、ということ。しかし『竜とそばかすの姫』の場合は、同時に展開に不満をもらす人も、これまた一定数、目立つ結果になっている。

いずれにしても『竜とそばかすの姫』は、賛否うずまく反応の中で大ヒットの道を突き進んだ。

もうひとつ、この夏の話題作になっているのが『サマーフィルムにのって』。8/6に公開(全国で30館)され、こちらはミニシアターランキングで1位を獲得。都内の各劇場では満席の回が続いた。『竜とそばかすの姫』とは数字的に比べものにならないが、公開規模を考えれば大成功だ。

時代劇を溺愛する映画部の高校生ハダシの前に、ある日突然、武士役にぴったりな凛太郎が出現。ついに撮りたい時代劇を監督すると決心するハダシだが、凛太郎はなんと未来から来たタイムトラベラーだった……という、ひと夏の物語。

青春映画+SF(と言っても軽快なノリ)+映画愛が見事な化学反応を起こし、SNSで口コミが広まるという、近年のサプライズヒットの法則をたどっている。劇場パンフレットは早々と売り切れ。昨年、傑作青春映画として偏愛された『アルプススタンドのはしの方』や、高校生が映画を撮る物語から『桐島、部活やめるってよ』と比較しながら高い評価を与えている人も目にする。つまり、青春映画として大満足な仕上がりで、なおかつタイトルどおり夏にぴったりな逸品になっているのだ。

SNSや、映画批評サイトでは(基本的に)かなり熱いコメントも多い。

かっこ悪いがキラキラした青春映画

甲子園見て、泣けるような感覚

一方で、映画評論家などからは「主人公たちの撮っている肝心の映画の中身がよくわからない」「高校生とはいえ、撮影現場のシーンが適当すぎる」などと、映画愛を押しにした作品にしては、ツッコミどころが多いことも指摘される。観客の反応をみると、SF要素への好き/嫌いも、かなり分かれている。

そして『サマーフィルムにのって』で最も賛否両論となっているのがラストで、「ラストシーンの破壊力が最強すぎた」という絶賛の一方で、「あのラストがなければ、もっと感動できたのに。がっかり」というコメントも目立つ。かなり極端に賛否が分かれ、ここが『サマーフィルムにのって』のリトマス試験紙になっているようだ(筆者は、あの終わり方にスッキリ納得した派です)。

こうした違和感の中で、興味深かったのは、「なぜ、SNSがまったく使われないのか」というコメント。おそらく主人公たちと同世代の観客の反応と思われるが、スマートフォンで映画を撮影し、PCで編集するという、明らかに「現在」のストーリーながら、そこがリアルな高校生の日常として物足りなかったのかもしれない……などなど、このように多種多様に反応が膨れ上がっていくのも、話題になった作品ならでは。

『竜とそばかすの姫』も、『サマーフィルムにのって』も、このように反応が極端に分かれることが、「自分で確かめてみたい」衝動につながっている部分もあるはず。ツッコミどころも、作品への愛の裏返し的な面もある。そんな反応も手がかりに、夏にぴったりなムードを全編に貫いたこの2作を、ぜひ今、この時期に確認してほしい。

『竜とそばかすの姫』 (C) 2021 スタジオ地図

『サマーフィルムにのって』 (C) 2021「サマーフィルムにのって」製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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