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屈指の邦題「ワイルド・スピード」実は一瞬のやっつけで決定? 知られざる命名秘話

斉藤博昭映画ジャーナリスト
8/6公開となる最新作『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』より

7月の初め、米エンターテインメント誌、ハリウッド・リポーターの記事が、『ワイルド・スピード』のタイトルを絶賛した。なぜか? それは日本が独自に命名したタイトルだから。

ワイスピファン、映画ファンは知ってのとおり、『ワイルド・スピード』の原題は『The Fast and the Furious』(第1作)。意味は「速さと激怒」。その後、2作目以降、『2 Fast 2 Furious』、『Furious 6』、最新作『F9』など、ふたつの単語および頭文字などとともにシリーズの数字(●作目)を示してきた。中国でも『速度与激情』と原題そのものだ。

日本では『ワイルド・スピード』が完全定着。「ワイスピ」と略されて愛され続けている。「ワイルド」「スピード」とカタカナで一見、英語タイトル(原題)っぽく感じさせながら、日本が考えたオリジナルタイトルで、ここまで多くの人に親しまれた例は珍しい。ハリウッド・リポーターも、「日本のタイトルは、新鮮で爽やかなうえに、いい意味で深く考えさせない。そしてレーシングゲームも連想させる」と書いている。

原題のままでは意味が伝わらず…

すっかり日常の単語になった「ワイルド・スピード」「ワイスピ」。1作目でこのタイトルを考えた人たちには改めて敬意を表したい。2001年の『ワイルド・スピード』、日本の配給会社はUIP。同社で宣伝部長、営業部長を務め、現在は映画宣伝会社ドリーム・アーツの代表取締役の大森淳男氏は、かつて『愛と青春の旅だち』(原題は「An Officer and a Gentleman=将校と紳士」)、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(原題は「Forrest Gump」のみ)などの命名にかかわってきた。ワイスピのタイトル決定を次のように振り返る。

「原題をそのままカタカナにして邦題にするパターンは多いですが、『The Fast and the Furious』の場合、『速さと怒り』という意味が一般的に通じません。日本におけるハリウッド映画の興行では、『車の映画は当たらない』というジンクスがありました。それでも『ワイルド・スピード』はそれなりの宣伝費をかける作品だったので、宣伝部ではさまざまなアイデアを出し合って邦題を協議したのです」

その会議に立ち会っていた、当時のUIP宣伝部の高田和人氏(現在は東宝東和でワイスピ最新作を担当)は「たしか50パターンくらい候補が出た」と振り返る。「その中で『スピード』という単語は絶対にキーワードになると確信しました。『●●スピード』で何かないか、となったときに、当時の宣伝部長が『ワイルド』と提案したのです。1960年代に暴走族を描いた映画『ワイルド・エンジェル』などからの連想で、アウトローを象徴する形容詞だったからでしょう。一瞬で決まった良いフィーリングでしたが、見方によっては、かなり“やっつけ”なタイトル決定でしたね(笑)」

大スターが出演していたわけでもなく、04(ゼロヨン)というストリートレースを描いた『ワイルド・スピード』。大森氏も、高田氏も、「B級のテイストも感じられたので、日本でどれだけ受け入れられるか懐疑的だった」と告白する。その予想どおり、1作目の『ワイルド・スピード』は日本での興収が4億4525万円。宣伝費を考えると、配給のUIPとしては赤字だったという。

しかし作品を冷静に捉えれば、この数字は悪くなかった。「映画の公式サイト自体がまだ認知度が低かった時代ですが、あなたの『ワイルド・スピード・カー』を教えて、という企画に予想以上の応募が来て、その熱量がスゴかった」(高田氏)。「『車の映画』のファン層を掘り起こし、1作目のDVDも人気となり、2作目以後への手応えを感じた」(大森氏)。

その手応えどおり、『ワイルド・スピード』は新作のたびに成績は右肩上がりとなり、2021年の現在に至るまでドル箱シリーズだ。そして先のハリウッド・リポーターの記事は、4作目以降のサブタイトルの部分にも称賛を送っている。これももちろん、原題とは関係なく、日本独自のものだ。

シリーズ4作目『ワイルド・スピードMAX』のジャパンプレミアより。主演のヴィン・ディーゼル(右)と、今は亡きポール・ウォーカー。
シリーズ4作目『ワイルド・スピードMAX』のジャパンプレミアより。主演のヴィン・ディーゼル(右)と、今は亡きポール・ウォーカー。写真:Splash/アフロ

4作目の『ワイルド・スピード MAX』からは、日本の配給が東宝東和に移った。同社でワイスピの宣伝プロデューサーを務めてきた佐藤大典氏は、その命名秘話をこう振り返る。

「4作目の『MAX』、そこからさらにパワーアップという5作目の『MEGA MAX』は、わかりやすい命名です。6作目あたりから、シリーズがさらに続く前提でMEGAの先を考えると限界が来てしまう。個々の特徴を、子供たちにもわかるシンプルな英単語で考えるようになりました。舞台のヨーロッパに合わせた『EURO MISSION』は、ややわかりづらかったのですが、7作目の『SKY MISSION』以降は、『ICE BREAK』、『ジェットブレイク』と、端的に見どころのアクションを表現しています。最短で決まったのは、スピンオフの『スーパーコンボ』で、ゲームやマンガが大好きな少年の気持ちになって一番かっこいいワードを選びました。これは海外からも誉められましたね」

日本のタイトルの方が、ファンは共通言語にしやすい

こうしてその都度、最適なタイトルが誕生するのは、各作品への作り手の方向性がはっきりしているからだという。そしてこの日本独自のタイトル命名は、シリーズファンのために役立っていると、佐藤氏はうれしそうに語る。

「シリーズがこれだけ続くと、はっきり言って、どれがどの作品だったか混乱していきます。しかし友達やファン同士で話すときに『ICEが好き』『SKYのあそこが良かった』と、共通言語にしやすくなっているのは、タイトルの成果でしょう。原題は基本的に数字だけなので、作品がイメージしにくい。その点、日本のファンがいちばん盛り上がれるかもしれませんね」

最新作『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』の場合も、アメリカでは基本、タイトルは『F9』のみ。小さく『THE FAST SAGA』と付けられているが、これは「シリーズを受け継ぐ作品ですよ」的な意味で、内容は表していない。

こうした邦題へのこだわりについて、前出の大森氏は、このような言葉を残す。

「映画宣伝は、歴史に残る言葉を作る仕事でもあります。かつて『慕情』『旅情』などの名タイトルは、当時、辞書に載っていない単語を“発明”したわけですから」

その意味で、『ワイルド・スピード』と、シリーズ各作のサブタイトルは、映画ファンの記憶に残る大成功の例として、今後も語り継がれるだろう。前出の高田氏が「このシリーズは、観てくれたお客さんが育ててくれた」と感慨深く話すように、ファンに少しでも魅力を伝えるべく熟考されたタイトルには、作品への愛も強く宿っている。作品の送り手たちの愛を受け止めながら、ワイスピを心ゆくまで楽しんでほしい。

金曜ロードショー公式HPより
金曜ロードショー公式HPより

『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』

8月6日(金)全国超拡大公開

配給:東宝東和

(c) 2021 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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