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フェスに行けない鬱憤も晴らしたい…この夏、音楽映画、ミュージカル映画の大傑作が公開

斉藤博昭映画ジャーナリスト
会場を埋め尽くす人々の前で熱唱するスライ・ストーン

今年も、音楽をフィーチャーした映画が静かなブームを起こしている。

トーキング・ヘッズのフロントマン、デイヴィッド・バーンのブロードウェイのステージを届ける『アメリカン・ユートピア』や、アメリカの国民的シンガー、幻のライヴパフォーマンス、初公開となる『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』といった作品がロングラン上映され、観客の満足度もハイレベルを記録しているのだ。

このブームは、夏から秋にかけても続きそうだ。

大きな波紋を広げた「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」の中止など、2021年は、昨年に続いて夏フェスへの欲求不満が募りそうだが、そんな人にぜひ映画館で“体験”してほしい作品がある。『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』(8/27公開)だ。なにやら長いタイトルだが、これは原題を素直に訳したもの。

この作品、何がスゴいかというと、伝説のフェスのドキュメンタリーというのはもちろん、なんと50年間、地下室に埋もれたままだった映像が、このたび世界に初お目見えするからだ。

1969年の夏。かの有名なウッドストックが開催され、そこから160km離れたニューヨークでも歴史的な音楽フェスが行われていた。「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」。30万人の観衆を集めたというそのフェスは、テレビ放映のために収録も行われたにもかかわらず、日の目を見ることはなかった。ようやく全貌が明らかになるのだが、若き日のスティーヴィー・ワンダーや、B・B・キング、フィフス・ディメンション、グラディス・ナイト、ニーナ・シモンといった、文字どおり“レジェンド”たちが次から次へと登場。中でも「ゴスペルの女王」マヘリア・ジャクソンの圧倒的なヴォーカルは、スクリーンを通しても魂を揺さぶられるレベルで、彼女を知らない世代には衝撃を与えることだろう。埋もれていたフッテージながら、修復作業に5ヶ月もの時間をかけたので、映像も音も、じつにクリア。50年前にタイムスリップした感覚だ。

フィフス・ディメンションは、ミュージカル『ヘアー』の名曲を披露
フィフス・ディメンションは、ミュージカル『ヘアー』の名曲を披露

4度のグラミー賞受賞者で、エミネムらのプロデューサーとして有名なアミール“クエストラブ”トンプソンが監督と製作総指揮。それだけに2時間以内に凝縮されたステージと、当時を振り返る証言の数々は濃密である。

この『サマー・オブ・ソウル』、次回のアカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞の最有力候補となるのではないだろうか。

そしてもう一本、夏公開の映画で音楽を浴びるように楽しめるのが、『イン・ザ・ハイツ』(7/30公開)である。ブロードウェイ・ミュージカルの映画化で、こちらもレビューが絶賛に染まり、早くも次期アカデミー賞の有力候補のひとつとなっている。

『サマー・オブ・ソウル』と共通するのは「舞台」。NYマンハッタン島の北部、ハーレムにほど近いワシントンハイツで、カリブ系移民を中心とした若者たちのドラマを、ミュージカルの醍醐味をこれでもか、これでもか、とつぎこんで描いていく。

『イン・ザ・ハイツ』の作詞・作曲、つまりクリエイターのリン=マニュエル・ミランダは、その後、『ハミルトン』もブロードウェイで特大ヒットさせ、まさしく現時点でのミュージカルの最高峰のひとり。今回の映画版にも出演し、偶然だが『サマー・オブ・ソウル』にも「証言者」として登場している。

NYワシントンハイツで実際にロケも行った、圧巻の群舞シーンでは文句なくアドレナリンが上がる『イン・ザ・ハイツ』
NYワシントンハイツで実際にロケも行った、圧巻の群舞シーンでは文句なくアドレナリンが上がる『イン・ザ・ハイツ』

日本ではミュージカル映画が予想以上にヒットするケースがある。『オペラ座の怪人』、『レ・ミゼラブル』、『グレイテスト・ショーマン』、『ラ・ラ・ランド』……などなど。作品としては大失敗作の『キャッツ』もそこそこの興行収入となった。作品の知名度も要因だが、『イン・ザ・ハイツ』はその点でやや不利ではあるものの、観た人のアドレナリンを上げ、口コミで広めるという方向性で、『グレイテスト・ショーマン』のようなパターンをめざしてほしいところ。往年の名作へのオマージュを含め、「ミュージカル映画の王道」を体感できるからだ。

さらに夏が終わっても、2021年は音楽関係の注目作が続く。デヴィッド・ボウイの若き日と、名アルバム「ジギー・スターダスト」の誕生秘話を描く『スターダスト』が10/8公開。その内容からして、あの『ボヘミアン・ラプソディ』の興奮を期待せずにはいられない。

また、アレサ・フランクリンの半生を、『ドリームガールズ』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したジェニファー・ハドソンが演じる『Respect(原題)』も公開予定。こちらも名曲の数々と、今は亡きアレサ本人の希望であったキャスティングによるジェニファー・ハドソンの熱唱が重なって、音楽映画の魅力をハイレベルで実感させる。

そして年末にはスティーヴン・スピルバーグ監督が、ミュージカルの金字塔を再生させる『ウエスト・サイド・ストーリー』(12/10公開)が待っている。

時として大ブーム、または静かなブームを起こす、音楽映画・ミュージカル映画が、なかなか収まらないコロナ禍で、ライヴのチャンスが激減した音楽ファンに、ひとときの安らぎや興奮をもたらしてくれることを願う。

サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)

8月27日(金)全国公開

(c) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

イン・ザ・ハイツ

7月30日(金)全国ロードショー

(c) 2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

配給:ワーナー・ブラザース映画

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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