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コロナで延期の末、五輪への反対世論が... 「ヒノマルソウル」制作陣の思い、いま公開で新たな意味が?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
主人公の西方仁也はリレハンメルの金メダリスト。長野では代表落選し、裏方に回る。

新型コロナウイルスの影響で、話題の映画が公開延期となるのは、この一年で「常識」になってしまった。『名探偵コナン』最新作や、『るろうに剣心』最終章の2部作など、約一年の延期でようやく公開を迎えた作品もあれば、『007』最新作、トム・クルーズの『トップガン マーヴェリック』など何度も公開延期を強いられ続けている大作も数知れず……。その中でも、コロナによって一年延期となり、今も開催の是非で紛糾している東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京五輪)とともに、その公開が注目された映画がある。『ヒノマルソウル〜舞台裏の英雄たち〜』だ。

1998年の長野冬季オリンピック、スキージャンプ、ラージヒル団体で日本は金メダルに輝いた。その栄冠を陰で支えたテストジャンパーたちの実話を描く。長野五輪でのいくつかの感動の場面の中でも、最も日本中が盛り上がり、多くの人の心にやきついた瞬間が再現されるわけで、22年ぶりの自国開催の五輪という絶好のタイミングで公開されるはずだった。そして、東京五輪へのテンションを一気に高める役割を果たす可能性も秘めていた。

『ヒノマルソウル』の最初の公開日は、2020年6月19日。東京オリンピックの開会式が同年の7月24日だったので、ちょうど1ヶ月前。当初は「オリンピックイヤーに公開!」という見出しが記事をいろどっていた。

しかし2020年4月7日、コロナによる緊急事態宣言が出され、5月25日に宣言は全国すべてで解除となるも、6月までの公開予定のメジャー作品は、ほとんどすべて延期となった。『ヒノマルソウル』も、もちろん延期が決定。その時点で東京五輪も一年の延期が、すでに決まっていた。

再延期の末に、やはりオリンピック直前の公開に

やがて2020年11月に、『ヒノマルソウル』の公開日が、2021年5月になることが発表され、後に正式公開日が5月7日と決まる。この時点で東京オリンピックの開会式は7月23日。

しかしまたもや、5月7日がコロナによる緊急事態宣言の最中となり、宣言下以外の県では映画館が営業していたものの、『ヒノマルソウル』は即座に公開の再延期を決める。そしてようやく、6月18日と決定。最初の公開日と同じなのは、東京五輪の1ヶ月前というタイミングだ。緊急事態宣言は6月20日までの予定だが、東京や大阪の映画館は時短で営業を始めているので、このまま公開を迎えるだろう。

不可抗力とはいえ、混乱の末に、ようやくオリンピックイヤーの公開となるわけだが……。

1998年、長野オリンピック、スキージャンプ、ラージヒル団体で日本が金メダルを獲得し、大観衆の熱狂も頂点に達した。このような満員の光景は2021年の東京五輪では見られそうにないが……。
1998年、長野オリンピック、スキージャンプ、ラージヒル団体で日本が金メダルを獲得し、大観衆の熱狂も頂点に達した。このような満員の光景は2021年の東京五輪では見られそうにないが……。写真:アフロスポーツ

「『ヒノマルソウル』はサブタイトルにあるように、選手ではなく彼らを支えたテストジャンパーに焦点を当てた映画です。東京オリンピック開催時、選手を支える方々にこの映画を届けることができればと考えていました」

平野隆プロデューサーがそう語るように、東京五輪へ向けた熱気とともに、『ヒノマルソウル』への期待感が高まっていたのは事実だ。それが一年もの延期となったことについて、「もちろんオリンピックのことは頭にありましたが、役者さんの宣伝スケジュール、弊社(TBS)や配給の東宝さんのスケジュールなどを考慮した総合的判断」と平野氏は説明する。

2021年5月7日の公開が再び延期となった際、飯塚健監督が自身のFacebookで、「私としては、宣伝部の日々の奮闘が藻屑となるようで、堪らないものがあります」と、その辛い心情を吐露したように、関係者が「またか……」と無念に包まれたことは容易に察せられる。しかしそこから6月18日への公開決定は迅速。やはりどうしても東京五輪の前に映画を届けたかったのだろうか。それは、あくまで冷静な判断だったと平野氏は語る。

「緊急事態宣言の時点で出演者による番宣の仕込みが終わっていたので、とにかく早い時期に公開する必要があると考えました。1度目の公開延期を決めてからは、『東京五輪前に』という思いは正直、あまりありませんでしたね

他の映画もそうだが、この点に公開延期の苦しみが凝縮される。映画の宣伝は、すべて公開日に合わせて綿密なスケジュールが組まれ、そのタイミングが重要なのは、誰もが知るとおり。TV番組の出演、雑誌の表紙など、あらゆる“仕込み”が、公開延期によって「過去のもの」として人々の記憶から忘れ去られてしまう可能性もあるからだ。

延期によって、公開に合わせた“仕込み”の効果が…

このあたりの苦労を、『ヒノマルソウル』の宣伝プロデューサー、中西藍氏は次のように打ち明ける。

「2020年6月19日の公開予定で、ポスター、チラシ、特報映像を映画館に納品し、キャスト陣の月刊誌の取材を終えたところ、同年4月に延期が決まりました。そのため、かなり早い段階でインタビュー記事が露出したり、制作した宣材物を破棄したり、ということになりましたが、もともと2020年の1〜2月に撮影し、6月の公開とかなりタイトなスケジュールの作品だったので、公開延期となったことで完成した映画をふまえた宣伝構築が可能になったと、前向きに捉えるようにしました」

長いスパンで、口コミも含めて作品の魅力を伝えることができる。そのようにシフトした宣伝の立場からすれば、延期の末、ようやく決まった新たな公開日、2021年5月7日に合わせ、満を持した戦略を立てることになる。しかし、4月28日という公開直前の段階で再度の延期が決まる。

「本作はオリジナル作品なので、認知度を上げるためにキャスト陣が20以上のTV番組に出演し、そのほとんどを公開日前の2週間に集中させていました。TVやWEBの広告も公開日に合わせて予定していたので、その露出の勢いで公開日を迎えられなかったのは残念でした。ただWEBのインタビューや一部の番組は、新たな公開日に合わせるなどご協力いただけたので、なんとか盛り上げるべく、イベントなど知恵を絞っているところです」と、中西氏。

このように『ヒノマルソウル』に限らず、公開延期の苦労は多方面に広がっているわけだが、『ヒノマルソウル』の場合、東京五輪との関係がどうしても気になる。現在、東京五輪の開催は予定どおりで進んでいるが、世論は賛否両論。この状況では否定論も目立つ。不測の事態となったら、直前に中止という可能性もゼロではない。自国開催の五輪に対して論議がヒートアップする状況で、やはり自国開催だった長野のドラマを送り出す。それはどんな気持ちなのか。中西プロデューサーの思いは、こうだ。

「さまざまにオリンピックが議論されているなか、立ち返ってオリンピックの本来あるべき姿を考える。長野オリンピックという舞台で、純粋に、真剣に競技に向き合った選手たちと、懸命にそれを支えた裏方のスタッフやその家族たちを描いた物語が、そのきっかけになるのではないでしょうか」

コロナ禍で見えてきた、作品の新たな意味

「東京五輪の中止を求める声が多いことは理解できます」と、あえて平野プロデューサーも前置きしつつ、そのうえで『ヒノマルソウル』には別の意義があると語る。

「選手ではない裏方に焦点を当ててこの映画を製作しようと思った時、同時に、社会の隅々でがんばる裏方の方々にエールを送りたいとも考えました。その思いは、さまざまな社会的矛盾が露呈し、強者と弱者の溝が広がったコロナ禍でますます強くなったのです。主役でなくても、日々歯を食いしばり精一杯生きている方々に、この映画で少しでも光を見出していただければと願います」

コロナもなく、東京五輪も予定どおり開催され、『ヒノマルソウル』も2020年に公開されていたら、もしかしたら、ただ素直に自国開催の五輪へのテンションを上げる映画になっていたかもしれない。しかしコロナ、五輪への賛否、そして五輪の本来のあり方など、映画公開までの苦難があったからこそ、新たな作品の「意味」が生まれてくるのも事実のようだ。

その意味を、われわれ観客は映画館でどのように捉えられるか……。

最後に、平野プロデューサーのこの言葉が、他の公開延期となった作品の担当者も含め、多くの映画人の心を代弁していた。

なかなか巣立たないので、なおさら(作品が)愛おしくなり、心が痛い

これまで当たり前のように、公開日どおりに劇場で観客に届けられた映画というものが、コロナ禍によって状況を一変させられた。しかし、それもひとつの運命であり、その先に新たな何かを見せてくれるのも、映画の役割なのかもしれない。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

オリンピックの舞台となった、長野・白馬のジャンプ台などで撮影が行われ、当時の風景や状況が徹底してリアルに再現される。
オリンピックの舞台となった、長野・白馬のジャンプ台などで撮影が行われ、当時の風景や状況が徹底してリアルに再現される。

『ヒノマルソウル 〜舞台裏の英雄たち〜』

6月18日(金)、全国ロードショー

(C)2021映画『ヒノマルソウル』製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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