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『科捜研の女』は今なぜ映画になった? ドラマ超えの挑戦は? 現場では“科捜研アベンジャーズ”の声も

斉藤博昭映画ジャーナリスト
現場へ急行する科捜研(S.R.I.)チーム。おなじみの光景が映画館でどう変わる?

もうすぐ2020年も終わりを迎えようとする、冬の京都。『科捜研の女 –劇場版-』の撮影は、ひとつの山場を迎えていた。

この日の撮影は、物語でも重要なポイントとなるシーン。最初の事件が起こり、その現場に京都府警科学捜査研究所(=科捜研)の榊マリコらが駆けつけ、遺体の検視を行う。そこは洛北医科大学の構内。校舎の屋上から落下したと思われる女性。自殺か? 事件か? マリコが感じた遺体への違和感。その背後には、想像を超えた闇が広がっていることを予感させる……。

映画らしいスケール感が伝わる、京都での撮影

洛北医科大学といえば、マリコの盟友である解剖医の風丘早月が教鞭をとる学校。事件は彼女の目の前で起こり、マリコら科捜研のメンバーに、早月、京都府警の土門刑事が遺体を取り囲む。沢口靖子、内藤剛志、若村麻由美といったおなじみのキャストが、おたがいの演技を十分に熟知しているかのように、絶妙な間合いでセリフをこなしていく。

おそらく過去のドラマ版と変わらない撮影風景かもしれない。しかし、どうやらいつもとは違うようだ。巨大なクレーンに載ったカメラが、遺体のまわりをなめるように、ゆったりと動いていく。現場には黄色のイチョウの落ち葉が大量に敷き詰められ、いたましい遺体と鮮やかなコントラストを放っている。この大量の落ち葉は、撮影のために集められ、終了後はスタッフ総動員で回収された。ナイターということで、校舎の屋上からはいくつもの照明が当てられ、すべての点で通常のドラマ版からのスケールアップが試みられているようだ。その間も、遺体、すなわち事件の犠牲者と思われる教授役の片岡礼子は、寒空の中、落ち葉の上で体を硬直させたままという過酷な芝居を続けていた。

この日のロケが行われたのは、京都工芸繊維大学のキャンパス。学生たちも遠巻きに、国民的ドラマの映画版の撮影を興味深そうに眺めていた。

早月の研究室の目の前で起こった落下事件が、国際的なスケールで波紋を広げていく!?
早月の研究室の目の前で起こった落下事件が、国際的なスケールで波紋を広げていく!?

1999年にスタートし、20年以上という信じられないほど長期間にわたって愛され続けてきた『科捜研の女』だが、映画となるのは今回が初めて。なぜ今このタイミングで映画版が作られたのか。

2013年のSeason13から今回の劇場版まで関わっている中尾亜由子プロデューサーは、こう語る。

「これまでも映画化したいという声はたびたび上がっていましたが、実現に至らなかったのです。ただ放映開始20周年の2019年、1年間のシリーズ(Season 19)という“一大事業”をやりとげた自信が後押しになったと思います。20年の積み重ね、そして節目という点が考慮されたのではないでしょうか」

豪華メンバーの再集結にファンは感無量?

劇場版のメガホンをとったのは兼﨑涼介監督。助監督として『科捜研の女』の現場に加わり、2009年のSeason9で初監督を務めて以来、多くのエピソードを担当してきた、シリーズを知り尽くした人。兼﨑監督は、劇場版に着手した際の感覚を次のように振り返る。

「最初に脚本をもらった時、(マーベル映画の)『アベンジャーズ』のように捉えてほしいと言われました。ものすごいメンバーが再集結して、誰がキャプテン・アメリカで、誰がトニー・スタークなんだ、という感じですね(笑)。20年間シリーズが続いて卒業された方たちもいますが、それぞれのキャラクターが生きてきた期間があるわけで、その延長線上で登場するわけです。長年、シリーズを観てきた人には、ちょっとノスタルジーを感じる部分もあるでしょう」

「えっ、こんなところに、あの人が?」というドラマ版ファンへのアピールもあちこちに発見できるが、そこは劇場版。物語のスケール感は通常とは大きく違う。京都で起こった死亡事件の波紋が、なんと日本以外にも拡大していく……。このあたりの壮大な仕掛けは、中尾プロデューサーも当然のごとく意識した。

「シリーズの王道的ストーリーを展開しつつも、テレビ版では揃えることができないキャストを最大の魅力と位置づけました。『アベンジャーズ』のようなスペシャル感に伴って、ロンドンやトロントでも進行する国際的な事件を描くことにしたのです」

京都の東映撮影所にあるドラマ版のセット。ここで劇場版の撮影も行われた。おなじみの京都府警科学捜査研究所(S.R.I.)のセットも、何も置かれてない風景は新鮮。(撮影/筆者)
京都の東映撮影所にあるドラマ版のセット。ここで劇場版の撮影も行われた。おなじみの京都府警科学捜査研究所(S.R.I.)のセットも、何も置かれてない風景は新鮮。(撮影/筆者)

そして、企画にとどまらず実際の撮影現場レベルでも、これまでのテレビ版とは違うアプローチになったことを、兼﨑監督が次のように説明する。

「僕個人の志向だと、クレーンのカメラはつねに使いたいと思っているんですけど、ドラマ版では予算の関係で不可能だったりします。今回も本当はもう少し大きなクレーンを希望しましたが、そこはトータルでのバランスを優先しました。他の『科捜研』の監督さんも同じだと思いますが、発想力プラス、アイデアというアプローチを大切にしていますね。もちろん映画のスクリーンサイズは意識しますし、(テレビよりも)多くのアングルから撮ったりしているので、役者さんたちもそういう(いろんな方向から見られる)感覚で演じているのではないでしょうか」

科学を題材にした革新性と、中心となる人物のブレない誠実さ

こうして劇場版という新たなステージに挑みながら、兼﨑監督は、20年以上続いた榊マリコ=沢口靖子の変化、および不変の魅力、その両方を実感しているようだ。

「最初はマリコが“科学一辺倒”というキャラクターでスタートして、まわりの人との接し方を覚えていった。20年間で、そんなプロセスを感じますね。演じる沢口さんは20年間をかけて科学の知識を積まれたので、おそらく今では検視の腕もプロ並みかと……。そして演じるマリコも、沢口さんも、現場での集中力の高さが魅力だと、改めて認識しています」

「改めて認識する」といえば、『科捜研の女』が、なぜ20年以上も人々に愛され続けているのか。その理由について、中尾プロデューサーも思いを巡らせる。

「単にリアリティを追求するのではなく、ちょっと突飛なことにもチャレンジする精神が維持されてきたからでしょう。『突っ込まれてなんぼ』という部分もあります(笑)。サービス精神を心がけてきたわけですが、ただ、ふざけ過ぎのレベルまでいかないのは、榊マリコ、沢口さんの誠実さのおかげ。彼女こそが作品の精神的支柱です。また、20年前に始まったときは、科学という題材が珍しかった。『CSI:科学捜査班』(アメリカの人気TVシリーズ)より『科捜研』の方が1年早いんです。20年間で科学の現場もいろいろ進化していて、今でも新しいネタには事欠きません。それもシリーズ継続の秘密のひとつでしょう」

沢口靖子は、この劇場版の現場でマリコの魅力について「エジソンのように1万回失敗しても真実を見つけようとする精神」と語っている。

つねに観る人を飽きさせないサービス精神は、揺るぎない信念と誠実さがあってこそ、生かされる。スクリーンという新たなステージで、『科捜研の女』がどのように受け止められるかに期待したい。

※文中、榊マリコの「榊」の字は木へんに神が正式表記

『科捜研の女 –劇場版-』

9月3日(金)、全国東映系ロードショー

(c) 2021『科捜研の女 –劇場版-』製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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