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批判に敏感に反応? サプライズ結果もあって、人種「多様性」に急シフトした今年のゴールデングローブ賞

斉藤博昭映画ジャーナリスト
2020年に死去したチャドウィック・ボーズマンが主演男優賞を受賞。(写真:ロイター/アフロ)

多くの映画関係者、映画ファンにとっても、いくつか意外な結果が生まれた、今年のゴールデングローブ賞。2月28日(日本時間3月1日)に行われた授賞式は、例年と違ってリモート中心だったが、それ以上に、いくつものサプライズの受賞があったと感じる。

このゴールデングローブ賞、今年は授賞式を前にいろいろと批判的なニュースが流れていた。その中でも最も痛烈だったのが、ゴールデングローブ賞を主催し、賞を決めるHFPA(ハリウッド外国人映画記者協会)に、黒人のメンバーがゼロという報道だった。

これは何年も前からの事実であり、なんで今年の授賞式の直前に今さら大騒ぎするのか……とも思ったが、いちばん盛り上がる時期に話題にすることで問題提起にはなる。

この黒人ゼロの事実には、ジャド・アパトー監督が「ゴールデングローブとHFPAにはおかしいことがいっぱいあるが、これはひどすぎ」とツイートするなど、多くの映画関係者が反応していた。

ここ数年、何かと人種の多様性が叫ばれるハリウッド。その問題にHFPAはしっかり向き合わなかったとも言えるが、ただ、海外の映画祭や取材で感じるのは、もともとHFPAに限らず、ジャーナリストやパブリシストなどに黒人の割合がめちゃくちゃ少ないということ。それに比べればアジア系などは、まだ多い。

HFPAの会員は現在、87人といわれ、そのうち日本人は3人である。

そもそも、わずか87人が決める賞であり、ハリウッドの外国人記者という特殊な集まりなのだから、結果に偏りが発生するのは当然のこと。しかし、「アカデミー賞への最大の前哨戦」と位置づけられることから、アカデミー賞の結果も左右するケースも多く、賞を決める87人は重要なポジションというわけ。このあたりの詳細は、別のこちらの記事で解説。

今年のゴールデングローブ賞では、ノミネートの段階で、スパイク・リー監督の『ザ・ファイブ・ブラッズ』が入らないなど軽い批判が起こり、その後、会員に黒人ゼロという事実が火に油を注いだわけで、これで最終結果が問題になったらマズいと思ったかどうかはわからないが、映画のドラマ部門では主演女優賞が『ユナイテッド・ステーツvs ビリー・ホリデイ』のアンドラ・デイ、主演男優賞が『マ・レイニーのブラックボトム』のチャドウィック・ボーズマン(故人)と、ともに黒人。チャドウィックは、あらかじめ有力という予想だったが、アンドラ・デイは大きなサプライズだった。これまで賞レースでは最有力の存在ではなく、アカデミー賞に直結するSAG(全米映画俳優組合賞)には、ノミネートすらされていなかったからだ。しかも作品自体の評価が高くないにもかかわらず……だ。

伝説のシンガー、ビリー・ホリデイを演じたアンドラ・デイ。実在の人物を再現し、歌唱力も発揮したので賞レースには強い。
伝説のシンガー、ビリー・ホリデイを演じたアンドラ・デイ。実在の人物を再現し、歌唱力も発揮したので賞レースには強い。写真:Splash/アフロ

ちなみにチャドウィックのように映画の俳優部門で故人としての受賞は、アカデミー賞と同じく、2008年『ダークナイト』のヒース・レジャー以来のこと。主演賞に限れば1976年『ネットワーク』のピーター・フィンチ以来。

ゴールデングローブのドラマ部門の主演賞は、アカデミー賞に直結するケースも多い、重要な賞(コメディ/ミュージカル部門は申し訳ないがサブ的な存在)。しかしゴールデングローブでは、ドラマ部門主演男優賞の黒人の受賞は2006年度のフォレスト・ウィテカーまでさかのぼる。その前が1999年のデンゼル・ワシントン。まぁ、2018年度のラミ・マレックはエジプト系ではあるが、圧倒的に白人優位ではあった。これはアカデミー賞でもだいたい同じようなもの。そして主演女優賞となると、過去の例はゼロ。今年のアンドラ・デイが初の受賞になるのだ。アカデミー賞では受賞したハル・ベリーも受賞していない(コメディ/ミュージカル部門は、1993年『TINA/ティナ』のアンジェラ・バセットがいる。また同部門受賞の2019年『フェアウェル』のオークワフィナはアジア系)。

ドラマ部門の主演賞2人が黒人となるというのは、まさに事前の批判がもたらしたような結果だ。さらに助演男優賞(ドラマ部門とコメディ/ミュージカル部門が共通)も『ジューダス・アンド・ブラック・メサイア』のダニエル・カルーヤで黒人である。こちらも本命の一人ではあったが……。

人種のトピックとは別に、助演女優賞のジョディ・フォスターも、今年のサプライズのひとつ。アンドラ・デイと同じく、SAGにはノミネートされていなかったから。アカデミー賞での助演女優賞のトップランナーは『ミナリ』の韓国女優、ユン・ヨジョンで、現在も彼女が予想上位につけているが、ゴールデングローブ賞ではノミネートにも入らなかった。

そのほか、監督賞は『ノマドランド』のクロエ・ジャオで、女性がこの賞を受賞するのは、1983年の『愛のイエントル』のバーブラ・ストライサンド以来、37年ぶり、2人目という快挙。クロエ・ジャオも今年の大本命だったので、サプライズではないが、女性でアジア系で、「多様性」という印象を後押しする結果となった。

『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督。このままアカデミー賞も受賞しそうな勢い。
『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督。このままアカデミー賞も受賞しそうな勢い。写真:ロイター/アフロ

繰り返すが、ゴールデングローブ賞はあくまでも、ひとつの団体が決めるもの。まして演技の良し悪しなんて、人それぞれの感覚で判断されるわけで、結果を分析する意味などないかもしれない。しかし、今年の受賞結果に接すると、世間の批判を受け止め、意識的に多様性に舵を切ろうとした姿勢が強く感じられたのも事実だ。

いずれにしても映画界最大のイベント、アカデミー賞のノミネート(3/15発表)も、今回のゴールデングローブ賞の結果が多かれ少なかれ影響を与えることになるだろう。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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