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アジア系初の主演ノミネート? GG賞で物議…今年も賞を席巻の韓国系。「北の国から」的『ミナリ』の魅力

斉藤博昭映画ジャーナリスト
「ウォーキング・デッド」でもおなじみのスティーヴン・ユァンは主演男優賞で大注目(写真:Shutterstock/アフロ)

パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞作品賞というサプライズの偉業をなしとげ、韓国映画の勢いを実感させた、2020年。今年度、つまり2021年のアカデミー賞に向けた賞レースでも、この韓国系のパワーは健在である。

『パラサイト』のように韓国製作ではないが、監督のリー・アイザック・チョン、主演のスティーヴン・ユァンを中心にメインキャストが、韓国系アメリカ人、または韓国人という『ミナリ』が、賞レースで高い評価を受けているのだ。

インディーズ映画の登竜門であるサンダンス映画祭でグランプリと観客賞を受賞して以来、ロサンゼルスやシカゴ、ボストン、フロリダなど、すでに始まった2020年度の各映画批評家協会賞で受賞・ノミネートを続けている。このままゴールデングローブ賞、アカデミー賞にも絡んでくるのは確実の状況だ。

製作を手がけたスタジオが、A24プランBエンターテインメントの2社というのが強み。前者は『ミッドサマー』の日本でのヒットが記憶に新しいが、『ルーム』や『レディ・バード』などアカデミー賞に絡む作品を数多く世に送り出しているし、ブラッド・ピットが設立した後者は作品賞に輝いた『それでも夜は明ける』など、こちらもアカデミー賞の常連。そしてこの2社がタッグを組んだ『ムーンライト』は、2016年度のアカデミー賞作品賞を受賞した。文字どおり「受賞請負」製作会社、2トップなのである。

作品賞とともに注目されているのが、主演男優賞のカテゴリー。現段階でスティーヴン・ユァンのノミネートは有望なのだが、これがそのまま達成されれば、アカデミー賞でアジア系が主演賞にノミネートされるのは、史上初となる。昨年の『パラサイト』も演技賞はノミネートがゼロだったし、助演賞ではこれまでも渡辺謙菊地凛子などノミネートの実績があり、ナンシー(ミヨシ)梅木のように受賞した歴史もある。しかし主演では、昨年、オークワフィナ(『フェアウェル』)がゴールデングローブ賞を受賞しながら、アカデミー賞ではノミネートすらされなかった。その歴史を、韓国系アメリカ人のスティーヴン・ユァンがついに塗り替えそうな気配である。

ソウル生まれでアメリカ育ちのスティーヴン・ユァン。村上春樹の原作を映画化した『バーニング 劇場版』や、ポン・ジュノ監督の『Okja/オクジャ』など韓国映画でもその演技力を発揮しているが、大人気シリーズ「ウォーキング・デッド」のグレン・リー役で、アメリカでの知名度も抜群だ。アカデミー賞ノミネートへの道はスムーズという予感がする。

さらに注目なのが、『ミナリ』に祖母役で登場するユン・ヨジョン。「韓国のメリル・ストリープ」とも呼ばれる大ベテランの彼女が、すでにロサンゼルスやシカゴの映画批評家協会賞で助演女優賞の「受賞」を果たしている。つまりアカデミー賞ではノミネートはもとより、受賞の可能性もあるのだ。いずれにしても、スティーヴン・ユァン、ユン・ヨジョンと、『ミナリ』から2人の韓国系俳優がアカデミー賞にノミネートされるかもしれない。

これほど高い評価を受ける『ミナリ』だが、ゴールデングローブ賞では作品賞の対象とならないことが発表され、その件が波紋を呼んでいる。同賞の作品賞選考対象には、半分以上のセリフが英語という規定があり、韓国語がメイン(80〜90%くらい)の『ミナリ』は外国語映画賞の枠になる、というもの。前出のオークワフィナ主演の『フェアウェル』も中国語がメインであったため、昨年、同じような扱いを受けた。同作のルル・ワン監督は、今回の『ミナリ』の件に関して、ツイッターで怒りを露わにしている。批判の多くは、「アメリカ映画だから会話が英語ではなければいけないのは時代遅れ。ゴールデングローブは規定を変えるべき」という論調。昨年の『パラサイト』も作品賞にノミネートされておらず、これは製作が韓国だからまだ納得できたものの、『パラサイト』が受賞したアカデミー賞作品賞は、外国映画、外国語でもOKなので、たしかにゴールデングローブは規定を見直す時期かもしれない。

そう考えれば、スティーヴン・ユァンが、アジア系初の主演ノミネートなどというニュースも、多様性が常識の社会なら、時代遅れの表現と言える。

ジェイコブの一家は農地を開拓し、新たな夢を実現しようとするが、息子のデビッドは心臓に病を抱えている。Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24
ジェイコブの一家は農地を開拓し、新たな夢を実現しようとするが、息子のデビッドは心臓に病を抱えている。Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24

『ミナリ』は映画批評サイト、ロッテントマトで100%の満点をキープ(12/27現在)。大絶賛である。韓国系一家の「アメリカン・ドリーム」を描いたストーリーが、移民社会のアメリカ人、とくにリベラルな層にアピールするのはよくわかる。背景となるのは、レーガン政権時代の1980年代。カリフォルニアでヒヨコの鑑別の仕事を10年も続けたジェイコブの一家が、アーカンソー州に移住し、トレーラーハウスに暮らしながら、韓国野菜を栽培するため農業を始める。

新しい事業を開拓し、夢を追いかける父と、その行動に半信半疑な母、彼らに従う幼い子供たち。雄大な自然とともに描かれるこの物語は、どこか「北の国から」を重ねたくなる。しかも日常を愛おしむように見つめる演出が、多くのハリウッド映画と一線を画しており、日本やアジアの感覚で琴線に触れたりもする。全体的に淡々とした展開の中に、ドラマチックな出来事が起こり、観ているこちらの心にさざ波を立てる作品だ。

タイトルの「ミナリ」とは、野菜の「セリ」のこと。多忙な両親の代わりに、子供たちの面倒をみようと、韓国からアメリカへやって来た祖母が、ミナリの種を持ってくるのだが……。

韓国系の一家を主人公にしながら、国境を超え、あからさまではない繊細な感動を誘う『ミナリ』は、『パラサイト』とは別の方向で支持を受けている気がする。

今年の『パラサイト』のように賞レースでの派手な快進撃にはならないにしても、移民というテーマ性、家族ドラマの普遍性を備えたうえに、年々、多様性を尊重する傾向が顕著にあるアカデミー賞において『ミナリ』はうってつけの作品。完成度の高さも追い風に、今後の賞レースでも注目され続けるのは間違いない。

『ミナリ』

配給/ギャガ

2021年3月19日(金)、TOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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