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日本歴代1位が間近の『鬼滅の刃』で考える、日本での興収と動員の関係、1本への観客の全集中

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(写真:西村尚己/アフロ)

10/16に公開が始まり、8週目の週末を終えた時点で、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は、興行収入288億円を超え、ついに日本歴代1位『千と千尋の神隠し』の308億円を射程圏内に入れた。

観客動員数は2152万人を上回った。長い映画の歴史を振り返るとき、興行収入のランクと、観客動員数のランクは食い違う。映画館の入場料金が時代とともに上昇しているためで、たとえばアメリカはそれが顕著である。

アメリカの映画館観客動員数の歴代ランキングは、1)風と共に去りぬ 2)スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望(1作目) 3)サウンド・オブ・ミュージック 4)E.T. 5)タイタニック 6)十戒 7)ジョーズ 8)ドクトル・ジバゴ 9)エクソシスト 10)白雪姫……と、映画の歴史を感じさせるラインナップとなる。

このうち全米興行収入の歴代ベスト10に入っているのは『タイタニック』(6位)のみ。他の作品は動員数は抜きん出ていても、観客一人の単価が安かったので、動員2位の『スター・ウォーズ』も興収(興行収入)では19位。同じように『E.T.』が23位、『ジョーズ』が117位、『エクソシスト』が153位など。興収ランクの上位は、ほとんどが2000年以降の作品で占められているのだ。

しかし日本の場合は、『千と千尋』が動員数でもトップである。

『鬼滅の刃』を除いた歴代のランキングは、観客動員数が

1)千と千尋の神隠し

2)アナと雪の女王

3)明治天皇と日露大戦争

4)東京オリンピック

5)君の名は。

6)タイタニック

7)ハリー・ポッターと賢者の石

8)ハウルの動く城

9)もののけ姫

10)ハリー・ポッターと秘密の部屋

興行収入では

1)千と千尋の神隠し

2)タイタニック

3)アナと雪の女王

4)君の名は。

5)ハリー・ポッターと賢者の石

6)ハウルの動く城

7)もののけ姫

8)踊る大捜査線 THE MOVIE 2レインボーブリッジを封鎖せよ

9)ハリー・ポッターと秘密の部屋

10)アバター

と、それほど大きな違いはない。動員の3位と4位に「歴史」を感じさせる程度で、あとは多少、観客層の年代で入場料金が高い作品が、動員より興収で順位を上げる、といった程度。アメリカとの大きな違いを考えると、特大の観客動員数を達成する作品が比較的、「現代」に集中しているということだ。

アメリカの動員1位である『風と共に去りぬ』(1939年)が約2億人なのに対し、興収1位の『スター・ウォーズ エピソード7/フォースの覚醒』(2015年)の動員数は約半分の1億811万人である。

日本では、かつて映画人口が年間11億人を記録した時期(1958年)もあったが、それでも1作品に2000万人が集中することは稀だった(上記の動員3位の『明治天皇と日露大戦争』が1957年公開で2000万人と言われている)。しかし現在は、たとえば2019年の映画館入場者数が1億9491万人。最盛期の10分の1にもかかわらず、何年かに1本、『鬼滅の刃』のような動員1500〜2000万人レベルの作品が出現する。当たる作品への「集中度」がどんどん高くなっているのだ。

では現在、観客動員数で、『鬼滅の刃』は、19年前の『千と千尋』に追いついていないのか? その答えは「追いついている」である。

『鬼滅の刃』は公開から52日の時点で、興収288億円、動員2152万人を記録。この同レベルの数字を『千と千尋』で振り返ると、同作は2001年7月20日に公開され、12月31日までの165日間で283億円を達成。その時点での動員数は2192万人。つまりそのスピードは別にして、興収と動員は、ほぼ同じような数で推移してきたことになる。観客一人あたりで割ると、入場料平均は『鬼滅の刃』が1338円、『千と千尋』が1291円。さほど上昇していない。

シネコンなどの一般客の当日入場料金が、1800円になったのは、1993年のこと。それを1900円に設定するシネコンが出てきたのは、26年後の2019年であり、その間、各種割引の一般化で、映画館の入場料に大きな変動は起こっていない。興収と動員の数字はきれいに比例している。いまだに「日本は世界一、映画の料金が高い」などと言う人もいるが、アメリカやヨーロッパの都市部で映画館へ行くと、この10〜20年くらいで一般の入場料は目に見えて上昇。円換算をすると明らかに日本より高い入場料が目につく。しかも日本のムビチケなど前売り料金を設けていない国がほとんどだ。

このように『鬼滅の刃』の288億円という数字は、アメリカのように入場料金の高騰で生まれたものではなく、実際に日本映画の歴史を変える興行になったことが歴然である。ただ、2020年の興収第2位が『今日から俺は!!劇場版』の53.4億円、第3位が『パラサイト 半地下の家族』の47.1億円なので、新型コロナウイルスの影響を大きく受けたとはいえ、特大ヒット作の「1本かぶり」が、またしても踏襲されたことになる。

『鬼滅の刃』が『千と千尋』を興収で超えて歴代1位になるまで、あと20億円。動員では、『千と千尋』の公開時の数字が2352万人なので、あとちょうど200万人ということになる。この数字だけをみると、感覚的にはかなりハードルが高いように感じられるが、年末年始は強力なライバル作品が不在のままなので、クリアする可能性は十分だろう。

ちなみに『千と千尋』が公開された2001年は、年末にも『ハリー・ポッターと賢者の石』が公開され、メガヒットを記録。この頃から、同一のシネコンで、ひとつの作品を複数のスクリーンで上映するというスタイルが定着していった。『鬼滅の刃』はコロナ禍の影響もあって、そのスタイルを最大有効活用したことになる。

一方で、作品への評価となると、これはあくまでも印象だが、『千と千尋の』ほど『鬼滅の刃』は高くないようだ。もちろん原作、アニメ版を経て、今回の映画版は観客に大きな感動を届けている。しかし、その描き方は直接的でわかりやすく(それゆえに「伝わる」のだが)、登場人物の心の声や、設定も細かくセリフとして流れ、その奥にある想像力が刺激される部分は少ない。そこが米アカデミー賞で長編アニメーション賞という栄誉にまで輝いた『千と千尋』との大きな違いだと感じるし、たとえば近年の大ヒット作『君の名は。』などにも、その想像力の余地は残されていた気がする。しかし何よりも数字が結果を物語っているわけで、それは日本映画史のトップに立とうとしている『鬼滅の刃』に対して無粋な意見だろう……。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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