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コロナ対策に苦心で製作が続く日本映画に、ハリウッドはアニメに加えホラーに期待?【東京国際映画祭】

斉藤博昭映画ジャーナリスト
東京国際映画祭でのシンポジウムより

第33回東京国際映画祭でのシンポジウム「コロナ禍を経てこれからの映画製作」では、コロナが深刻化する直前の2020年の初めに『犬鳴村』をヒットさせ、現在、『樹海村』(2021年2月5日公開予定)を製作中の清水崇監督、東映の紀伊宗之プロデューサーが、撮影現場の実情を語った。消毒やソーシャルディスタンスの徹底、抗体キットの用意、セットの換気、リハーサル時の俳優のフェイスガード使用、本番で外した際の演技の変化、照明の反射などへの苦心のプロセスにどう慣れていくか……などを細かくリポートしつつ、最大の難関は「製作費」であることを強調した。

『樹海村』の撮影現場について写真で説明する清水崇監督。俳優たちはフェイスガードを着用(撮影/筆者)
『樹海村』の撮影現場について写真で説明する清水崇監督。俳優たちはフェイスガードを着用(撮影/筆者)

『樹海村』では、万が一、スタッフやキャストの誰かがコロナに感染し、撮影が中断することを想定し、通常とは違って2週間分、余剰の製作費をとっていたという。幸い感染者は出なかった。ただ、現場での感染には責任はもつものの、ではその日の撮影後、自宅へ帰り、そこで感染して再び現場へ戻ったときにどう対処するのか? 撮影期間中、全員を隔離したままというのは不可能だと、紀伊プロデューサーは振り返った。

同じくシンポジウムに登壇した、松竹の福島大輔プロデューサーは『護られなかった者たちへ』(2021年公開予定)での仙台ロケを経験し、人の行き交う市街地での撮影は困難であり(俳優を目当てに人が集まってしまう)、エキストラの数も限定し、地元で身元のはっきりした人にするという、コロナ禍でのニューノーマルについて説明する。しかし人気俳優のスケジュールを感染に備えて2週間多くとったり、日程を移動させたりするのは実質的に無理だという。

どの現場にも新たに完備が必要なのは「衛生班」で、『護られなかった者たちへ』では、ロケ先の宮城県の看護協会に看護師の参加を要請。その経費も製作費に含まれた。やはり予算の上積みが必要になってくる。

紀伊プロデューサーによると、たとえばPCR検査の料金を負担できる現場はいいが、そうでない場合は、俳優が自費で負担する話も聞くという。別の現場と行き来する俳優が多い日本の状況で、どこまでPCR検査を徹底できるかは悩ましい。「とにかく予算が足りない。それが日本映画の課題。このままでは予算のある作品と、そうではない作品の格差はさらに開き、その作品を映画館で上映する意味まで考えさせられる」と、紀伊氏は打ち明ける。

作品が海外に売れたらラッキーで、そのための投資はしていない。限られた予算でやることが、日本では美徳だと思われるが、それでは世界の競争には勝てない……というのが、実情である。東映や松竹というメジャー会社のプロデューサーもそう語るのだ。

「ハリウッドにおけるニューノーマル〜」のオンラインセミナーは、ホストを「HEROES/ヒーローズ」などでおなじみのマシ・オカが務めた
「ハリウッドにおけるニューノーマル〜」のオンラインセミナーは、ホストを「HEROES/ヒーローズ」などでおなじみのマシ・オカが務めた

では、その海外の反応はどうなのか? 同じく東京国際映画祭でのTIFFCOMオンラインセミナー「ハリウッドにおけるニューノーマル:業界リーダーからみた将来の展望と施策」では、全体に「現状で製作の時間がかかり、安全に対する配慮に苦心しつつも、新作は枯渇していない」という意見が多かった。しかし、チャーニン・エンターテインメント(『猿の惑星』シリーズなど)のプロデューサー、ダン・フィンレーは「なぜこの作品が劇場で公開されるべきか。以前よりその理由がシビアに求められるようになった。しかも複数の理由だ。大作と低予算の映画はともかく、その中間の作品をNetflixやアップルなどストリーミングの会社がまかなうことになる。そのためストリーミング各社とも、コロナへの安全対策のスタッフをどんどん採用しているのが現状だ」と語る。

参加者が口を揃えるのは、「いま、実写作品の撮影が難しいこともあって、ストリーミングにおけるアニメの勢力が強くなっている。しかも大人向けのアニメ作品が急伸中だ」ということ(とはいえ、アニメのスタジオ、人材にも限界はあるが……)。

さらにワーナーメディアのバイス・プレジデント、ダグ・モンゴメリーは「『パラサイト 半地下の家族』のアカデミー賞受賞によって、アジア作品を観る層の裾野が広がった。日本の場合、アニメもそうだが、以前からホラーがアメリカで成功のポテンシャルがある。最近では『シライサン』が映画祭で大歓迎されたし、『事故物件 恐い間取り』など次々と話題作が生まれているよね?」と、かなり日本の作品に詳しい。

ホラー映画というだけで、なかなか公的支援が出ないと日本の現状を嘆く清水崇監督
ホラー映画というだけで、なかなか公的支援が出ないと日本の現状を嘆く清水崇監督

この点について、日本のシンポジウムで清水崇監督が「ホラー映画への公的サポートが本当に少ない。文化庁にも訴えたい」と本音をもらしていたが、モンゴメリー氏のコメントのとおりなら、受け皿は大きいのではないか。

ユナイテッド・タレント・エージェンシーのマックス・ミチェルは「アジアのコンテンツに対して、バイヤーの関心は大きくなっているので、いま日本のクリエイターにとってはチャンスだと思う。Netflixではドイツの『ダーク』や韓国の『キングダム』が世界的な反響を呼んでいる。『キングダム』は韓国の時代劇なのに、アメリカでもカッコいいと評判だし、Netflixが製作に入ることで予算も増え、国際的にアピールする作品になる。それぞれの国の言語で成功することを『パラサイト』も証明した。日本のクリエイターは、僕のような橋渡しの役割をもつエージェントを、もっと有効利用してほしい」と訴えた。

大人向けのアニメに関して日本はトップレベルだし、さらにこれからの海外への鉱脈としてホラーをもっとプロモート、支援することが必要だと痛感する。

そして日本もハリウッドも双方が強く主張するのは、「コロナ禍という制限の中で、よりクリエイティヴ(創造性)が試され、発揮されている」という点。清水崇監督は「予算や時間が削られることで、シーンがカットされるのを残念に思うのではなく、プラスに転化させるのが映画人。ギャンブル性も高い仕事で、フットワークも軽い人材が多いので、こうした状況には適合できる」、タッチストーン・テレビジョンのグロリア・ファンは「大規模なロケが不可能でもストーリーやシーンをカットせず、アイデアで変更する、クリエイティヴを発揮する機会がむしろ多くなっている」と、前向きである。

そして一様に聞かれたのが、「映画館では、やはり自宅で得られない体験が待っている。映画に関して、未来は悲観的ではない」というコメント。

コロナ禍を乗り切った先を見据え、ストリーミングも想定しつつ、バラエティに富んだ企画をいかに多く進めていくことができるか。映画業界の体力、そして公的支援がさらに試される時代は続く。

※とくに記載のない画像は、東京国際映画祭提供

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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