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ベネチア→トロント連覇の陰で、現在のアメリカのBLM問題と強いシンクロ作品も躍進!【トロント映画祭】

斉藤博昭映画ジャーナリスト
カシアス・クレイらの作品が観客賞次点に。courtesy of TIFF

9/10〜19に開催された第45回トロント国際映画祭は、最高賞にあたる観客賞(ピープルズ・チョイス・アワード)に『ノマドランド』を選んで閉幕した。毎年、アカデミー賞の行方も大きく左右する、このトロントの観客賞。『ノマドランド』はトロントに先立つベネチア国際映画祭でもグランプリ(金獅子賞)を受賞しており、文字どおり今年の賞レースのフロントランナーに立ったわけだ。

このようにベネチアとトロントの最高賞が一致するのは初めてのこと。もともと両映画祭の作品の傾向は大きく違っていたが、ここ数年はベネチアがハリウッド作品もより多く評価するようになり、トロントでのメインの作品もベネチアと共通する傾向が高くなったので、今回の賞の一致もある意味で必然ではある。『ノマドランド』としては快挙だ。

そうは言っても、今年は新型コロナウイルスの影響で、トロントも作品数が大幅減。例年300本以上が上映されているのに、わずか50本に削減され、劇場での上映も観客を人数制限し、オンラインでの視聴も可能にした。映画祭自体の盛り上がりも例年ほどではないうえに、『ノマドランド』と争うライバルも少なく、一人勝ちは当然だった側面もある。

昨年はカンヌで『パラサイト 半地下の家族』、ベネチアで『ジョーカー』、トロントで『ジョジョ・ラビット』がそれぞれ最高賞に輝き、そのどれもがアカデミー賞作品賞にノミネートされた。さらに言えば、昨年のトロントの観客賞次点の『マリッジ・ストーリー』もアカデミー賞作品賞ノミネートで、同3位は『パラサイト』。昨年の例と比べれば、華やかさは雲泥の差である。

『スリー・ビルボード』でオスカーを受賞したフランシス・マクドーマンドが主演の『ノマドランド』courtesy of TIFF
『スリー・ビルボード』でオスカーを受賞したフランシス・マクドーマンドが主演の『ノマドランド』courtesy of TIFF

今年の賞レースに関しては、『ノマドランド』と争う作品が今後、次々と現れることが予想される。アカデミー賞も今年度は選考対象となる作品を2021年2月28日まで延長したので(例年は年末までの上映作品)、今後の待機作品は「宝庫」だろう。

『ノマドランド』も、アメリカの経済危機により自宅を手放した高齢者が車上生活で放浪するという、賞レースが好む社会派テーマをもっているが、注目してほしいのは、トロントで観客賞の次点となった『One Night in Miami(マイアミでの一夜)』である。登場するのは、カシアス・クレイ(モハメド・アリに改名する前の伝説的ボクサー)、ジム・ブラウン(アメリカンフットボールのスターで俳優)、マルコムX(言わずと知れた黒人解放運動の過激な活動家)、そしてサム・クック(人気ソウルシンガー)という、アフリカ系アメリカ人=黒人の「レジェンド」と言うべき4人。彼らがマイアミのモーテルで一夜を過ごす物語。それぞれの立場で、黒人が直面する問題を鋭く吐露しながら、合間にクレイの試合や、サム・クックのステージなどを盛り込み、エンタメ要素も備えた一作だ。舞台劇の映画化だが、これはもろに、Black Lives Matterが波紋を広げる今のアメリカを反映した作品。偶然とはいえ、このタイミングでの完成、トロントでの上映は運命的である。

監督を務めたのが、2018年の『ビール・ストリートの恋人たち』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したレジーナ・キング。ちなみに『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督も女性。今年のトロントでは、例年以上に「多様性」が重要視されており、とくに女性監督の作品をかなり意識的に多く上映したことを、映画祭側もアピールしていた。しかもジャオはアジア系で、キングは黒人。こうした映画祭の姿勢が賞の結果に表れたとも言えるし、Black Lives Matterのムーブメントと一致した『One Night in Miami』への観客の支持は、今後の賞レースにも影響を与えそうな気がする。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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