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「よくやった!」と日本アカデミー賞を見直す声に、一部に猛批判ツイートも。『新聞記者』頂点の反応と理由

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(c) 2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

3月6日、第43回日本アカデミー賞の授賞式が行われ、『新聞記者』が作品、主演男優、主演女優の3部門で最優秀賞を受賞。4部門で受賞した『キングダム』や、同じく3部門の『翔んで埼玉』もあったが、授賞式の主役は『新聞記者』となった。

この結果の第一印象は、サプライズであった。『新聞記者』が頂点に立つと思っていなかったからだが、冷静に考えれば順当な結果と言えるかもしれない。

同じような考えの人が多かったようで、最優秀作品賞発表の後は、SNSで「まさかと思ったが、これで日本アカデミー賞を見直した」という書き込みが多く見受けられた。日本アカデミー賞といえば、かつて「大手映画会社の持ち回りで賞を取らせているのでは?」「日本テレビが放映してるイベント」などという批判もあり、たしかに受賞結果を見ると、映画の質を基準に決められたとは思えない年もあったりして、映画ファンにはあまり信頼されていなかったのも事実である。

そんな日本アカデミー賞が、マスコミの視点から政権を批判する面もあり、公開前はTVでの宣伝も思うようにできず、しかも大手配給でもない『新聞記者』に栄誉を与えたのは、勇気ある決断だと受け止められ、公権力や映画会社への忖度に関係なく賞が決まる、と改めて認識されたようでもある。サプライズのあまり、最優秀主演女優賞受賞に感激するシム・ウンギョンの姿に、素直に感動した人も多かったはずだ。

一方で、この結果に対して罵詈雑言のツイートも目立つ。「反日の捏造記者をモデルにした作品が受賞」「日本アカデミー賞なのに、なぜ韓国人女優が?」「これでは“赤”デミー賞」などなど。『新聞記者』の主人公は、東京新聞の望月衣塑子記者をモデルにしており、内閣調査室の闇を描いていることから、「反政権のプロパガンダ」などとの批判もあった。しかし実際の作品はフィクションであり、世界の多くの国の常識で考えれば、このような映画が作られるのは自然なこと。できあがった作品に対して批判が上がることも、ある意味で当然であり、健全な姿でもある。

逆に考えれば、2013年の最優秀作品賞『永遠の0』は、「戦争を賛美する」という批判も上がった作品であり、日本アカデミー賞が極端な思想に支配されているとは、どう考えても的外れである。同じように、この『新聞記者』の受賞が、たとえば新型コロナウイルスへの対応をはじめ、現政権への批判の流れの表れというのも、こじつけのような気もする。

もともと作品の質だけでなく、ある程度、話題性も重要視されるのが日本アカデミー賞である。2019年の優秀作品賞を並べると

『キングダム』

『新聞記者』

『翔んで埼玉』

『閉鎖病棟ーそれぞれの朝ー』

『蜜蜂と遠雷』

正直、インパクトに欠けるラインナップであり、『新聞記者』が自然と浮上してきた……と考えるのが妥当だろう。優秀賞を最多受賞している『翔んで埼玉』は、たしかに話題性としては十分だが、はっきり言って作品の仕上がりやテーマとして「一年を代表する映画」として選ぶのには躊躇する。質という点では『蜜蜂と遠雷』を推したいが、世間的にあまり話題を集めた作品ではない。このあたりを総合的に考えて、『新聞記者』に投票した人が多かったのではないか。『新聞記者』も、映画として「めちゃくちゃ傑作」と誉める人は、じつはそれほど多くない。この映画を作った「勇気」を讃える声と、さまざまな論議を呼んだ功績が加味されたのではないか。そもそも2019年は、傑出した作品が極めて少なかった年だったのだ。2018年の『万引き家族』のように話題性、作品の完成度、ともに群を抜く作品がなかったのである(同年の『カメラを止めるな!』が2019年だったら、最優秀の可能性があったかも)。

日本の映画賞という点で、日本アカデミー賞と比較しやすいのが、今年で第93回という長い歴史を誇るキネマ旬報ベスト・テンである。評論家による選定なので、一般観客との温度差もかなりあるが、話題性やヒットは考慮されない。日本アカデミー賞と結果が一致することは少ないのである。

日本アカデミー賞最優秀作品賞と、その作品のキネマ旬報日本映画ベスト・テンの順位、そしてキネマ旬報の1位作品は、以下のとおり。

2019年『新聞記者』  11位  『火口のふたり』

2018年『万引き家族』  1位  『万引き家族』

2017年『三度目の殺人』  8位  『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』

2016年『シン・ゴジラ』  2位  『この世界の片隅に』

2015年『海街diary』  4位  『恋人たち』

2014年『永遠の0』  26位  『そこのみにて光輝く』

2013年『舟を編む』  2位  『ペコロスの母に会いにいく』

2012年『桐島、部活やめるってよ』  2位  『かぞくのくに』

2011年『八日目の蝉』  5位  『一枚のハガキ』

2010年『告白』  2位  『悪人』

2009年『沈まぬ太陽』  5位  『ディア・ドクター』

2008年『おくりびと』  1位  『おくりびと』

2007年『東京タワー オカンと僕と、時々、オトン』  19位  『それでもボクはやってない』

2006年『フラガール』  1位  『フラガール』

2005年『ALWAYS 三丁目の夕日』  2位  『パッチギ!』

『新聞記者』も批評家から、そこまで高評価ではなかったことがわかる。ちなみに『蜜蜂と遠雷』は5位、『閉鎖病棟〜』は24位、『翔んで埼玉』は35位、『キングダム』は83位である。2019年の1位が『火口のふたり』というのも意外だし、『永遠の0』が26位というのも極端。過去15年で両方のトップが一致したのは『万引き家族』『おくりびと』『フラガール』の3回。2位という作品も多いが、この一致した3作をみると、何となく突出感が伝わってくる。こうした作品がどんどん出てくることが、現在、日本映画に求められているとも言える。

いずれにしても、今回の受賞で再び『新聞記者』に注目が集まったわけで、新型肺炎によって公開延期作品が続出する映画館で、ぜひ凱旋上映などしてもらいたい。そこで初めて観る人が増えることで、また新たな論議が起これば、それこそ「表現の自由」を示すことができる健全な社会なのだから。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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