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特に映画に興味のない人にも、あえて注目してほしい今年のアカデミー賞、歴史を変える ポイント

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ハリウッドの祭典で、アジア映画初の偉業に挑むポン・ジュノ監督(写真:ロイター/アフロ)

1月に渡辺謙さんを取材したとき、こんな話をしていた。「アカデミー賞への投票のために、これから候補作を何本も観ますよ」。

2月10日(現地時間9日)に迫った米アカデミー賞授賞式。渡辺さんをはじめ、アカデミー会員の中には、おそらく駆け込みで投票を行った人も多いことだろう。

映画界最大のイベントである、このアカデミー賞。毎年、それなりに日本でも報道されるが、やはり日本人や日本映画が賞に絡んでいないと、一般的関心は薄い。昨年は是枝裕和監督の『万引き家族』や細田守監督の『未来のミライ』がノミネートされていたので「受賞なるか?」という期待のニュースを目にする機会も多かった。実際、この2作が受賞する可能性は限りなく低かったのだが、やはり日本向けの報道となると仕方ない。今年の日本向けのニュースは、松たか子が吹替版キャストの一人として「アナ雪2」のパフォーマンスでステージに登場する……というくらいか。

日本人ということなら、今年もヒロ・カズ氏がメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされ、前哨戦の流れから受賞も有力だが、彼はアメリカを拠点にしており、すでに2年前に同賞を受賞している。また2019年に米国に帰化しているので、「日本人」という部分が強調されて報道されることを好まない発言もしており、たしかにそのとおりだとも思う。

アカデミー賞=年間の最高の映画や映画人を決定する」という認識もあるが、昨年からさかのぼって作品賞を振り返ると、『グリーンブック』、『シェイプ・オブ・ウォーター』、『ムーンライト』、『スポットライト 世紀のスクープ』、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、『それでも夜は明ける』、『アルゴ』、『アーティスト』、『英国王のスピーチ』と、判断は人それぞれと思いつつ、映画の歴史に名を刻むほどの作品かどうか、改めて疑問に思うところもある。しかしまぁ、映画とはそんなものでもある。

『タイタニック』、『ロッキー』、『カッコーの巣の上で』、『ゴッドファーザー』、『サウンド・オブ・ミュージック』、『アラビアのロレンス』、『ウエスト・サイド物語』、『ベン・ハー』、『カサブランカ』、『風と共に去りぬ』……。歴史を変えるような、永遠に語り継がれる映画が、作品賞に輝く。そんな時代は遠い過去のようにも感じる。

『パラサイト 半地下の家族』は格差社会というテーマもアカデミー賞向き。(c) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
『パラサイト 半地下の家族』は格差社会というテーマもアカデミー賞向き。(c) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

現在、コロナウイルスや新型肺炎のニュースで持ちきりで、もはや日本の一般層にはどうでもいい今年のアカデミー賞ではあるが、あえて一点、注目してほしいのは、やはり授賞式の最後に発表される「作品賞」だろう。

韓国のポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』が、果たして受賞するのか? 1月10日から日本でも公開され、4週間で観客動員が100万人突破という大ヒットを記録しているこの『パラサイト』。アカデミー賞にも作品賞を含め6部門にノミネートされ、国際長編映画賞(旧・外国語映画賞)を受賞するのは確定的。監督賞、脚本賞も有力で、その先の作品賞は、現在、アカデミー賞予想サイトなどで2番手につけている。作品賞最有力なのは、戦場を驚異のワンカット映像で描いた『1917 命をかけた伝令』で、サム・メンデスの監督賞受賞も可能性が高い。

もし、『パラサイト』がアカデミー賞作品賞を受賞したら、まさに「歴史を変える」のである。外国語の映画が、ハリウッドの頂点に立つのは史上初。2011年度の作品賞『アーティスト』がフランス・ベルギー・アメリカの合作だったが、セリフがないサイレントだった。英語以外の映画が作品賞に輝くという、昨年の『ROMA/ローマ』があと一歩、届かなかった偉業に『パラサイト』が再チャレンジする。

そして2番手からの逆転も大いにある、いくつかの理由も揃っている。

1)ここ数年、「多様性」へのアピールを強調するハリウッド。アカデミー賞でもその傾向が強くなってきたが、今年は演技賞ノミネート20枠に黒人が一人で、残りはすべて白人と、多様化からの逆行がみられた。その反省から、作品賞で『パラサイト』の得点(作品賞のみ得点制)が増えるかもしれない。

2)渡辺謙さんのように、投票の前に駆け込みで観たアカデミー会員が、その予測不能の面白さに改めて気づく。

3)『1917』のサム・メンデス監督は、20年前に『アメリカン・ビューティー』で作品賞・監督賞を受賞済み。また、ワンカット(に見える)映像へのチャレンジは、5年前に作品賞を受賞した『バードマン』と同じスタイルでもある。

4)作品賞のみ、単純な投票ではなく、作品の順位をつけての集計なので、最終結果で逆転が起こりやすい。

『1917 命をかけた伝令』(C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
『1917 命をかけた伝令』(C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

『パラサイト』がもし作品賞を逃しても、ポン・ジュノが監督賞を受賞したら、もちろん韓国人としては初。アジア系ではアン・リー監督に次いで2人目(日本人は受賞していない)。これだけでも大快挙と言える。

また、『パラサイト』はカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞したが、カンヌを制してアカデミー賞でも作品賞となると、ひじょうに稀なケース。1955年の『マーティ』以来となり、こちらも異例となる。

アカデミーと会員が多く重なる他の賞(英国アカデミー賞、全米製作者組合賞など)では、『1917』が勝っているし、ここ数年、多様性を意識した会員を増やしているとはいえ、まだまだ保守層がメインのアカデミーなので、順当にいけば『1917』が強い。しかし前述の予想サイトでは、当初よりも『1917』と『パラサイト』が僅差になってきたのも事実だ。

アジア映画としての初のアカデミー作品賞に、「これが日本映画だったら……」などという視点はこの際、置いておいて、歴史を変える瞬間が起こるのかどうか楽しみにしたい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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