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オスカーノミネートと同時に来日で三浦春馬とコンサート。奇跡の歌声がめざす史上16人目の「EGOT」

斉藤博昭映画ジャーナリスト
シンシア・エリヴォ。共演する三浦春馬、マシュー・モリソンと。(撮影/筆者)

ショービジネスの世界では「EGOT(イーゴット)」という言葉がある。

4つのアルファベットが示すのは、E=エミー賞、G=グラミー賞、O=オスカー(アカデミー賞)、T=トニー賞。テレビ界、音楽界、映画界、演劇界と、4つの世界で最高の栄冠を意味する。この4つの賞をすべて受賞した人物をEGOTと讃えるわけだ。偉大なるEGOTは、過去に15人、存在する。最近の例では『ラ・ラ・ランド』の音楽を担当したジョン・レジェンド。他には『オペラ座の怪人』や『キャッツ』の作曲家、アンドリュー=ロイド・ウェバー、『ウエスト・サイド物語』の女優、リタ・モレノ、意外なところではウーピー・ゴールドバーグ。さらにあのオードリー・ヘプバーンもEGOTである。他界した年に放映されたドキュメンタリーでエミー賞、翌年に発売した朗読のアルバムでグラミー賞と、死後にEGOTを達成したのである。

そのEGOTに史上最年少で王手をかけたアーティストがいる。シンシア・エリヴォだ。今年の1月に33歳になったばかり。

1月13日に発表された今年度のアカデミー賞ノミネートで主演女優賞に入った彼女は、すでにエミー賞、グラミー賞、トニー賞を受賞済み。アカデミー賞には、主題歌賞でもノミネートされており、どちらかでの受賞に期待が高まっている。

そのシンシア・エリヴォが、まさにアカデミー賞ノミネート発表があったその日に、日本にやって来た。発表の翌日、14日に会見に臨んだ彼女は、ノミネートの喜びについて聞かれると、

「発表があった昨夜のその時間は、ちょうど飛行機の中にいました。だから、うれしいと同時に何だか疲労困憊な状態。5歳の子供がサプライズで喜んでいる気分でもあります」

と、素直に、そしてうれしそうに心境を告白した。

信じがたいほど苛烈な人生を送った女性を演じきる

ブロードウェイのミュージカル「カラー・パープル」の主役で2016年のトニー賞主演女優賞を受賞し、一躍、スターとなったシンシアが、アカデミー賞にノミネートされた作品が『ハリエット』(日本は3月公開)。演じるのは19世紀の奴隷解放家のハリエット・タブマン。奴隷の家族に生まれた彼女が脱走し、黒人奴隷を密かに逃すグループのリーダーとなる。「女モーセ」「黒人のモーセ」などと呼ばれた存在だ。『ハリエット』を観ると、「本当にこんな女性がいたのか?」と呆気にとられるほど、主人公の過酷を極める運命と、それに抗う不屈の闘志に圧倒されまくる。まさにアカデミー賞向きのキャラクターである。

映画『ハリエット』のシンシア・エリヴォ 配給/パルコ (c) Universal Pictures
映画『ハリエット』のシンシア・エリヴォ 配給/パルコ (c) Universal Pictures

素顔のシンシア・エリヴォは、映画のハリエットとはまったく違うイメージ。三浦春馬と並ぶと、ひじょうに小柄であることもわかる。

シンシアにハリエットとの共通点を聞いてみるとーー

「実際のハリエットさんは、5フィート(150cm)弱くらいで、私も5フィート1インチなので、2人とも小柄という共通点があります。身長で何かと、まわりから軽蔑されることも私にはよく理解できました。そして何より、決心と勇気があれば、どんなに無理な状況でも立ち向かえる、ハリエットさんの炎のような強さ。そこは私のこの世界でのキャリアでもシンパシーを感じています」

今回の来日の目的は、三浦春馬、ドラマ「glee/グリー」などで人気のマシュー・モリソンをゲストに迎えた、自身のコンサート。16日、東京国際フォーラムでの初日を観たところ、シンシア・エリヴォの歌声は、神がかりと言っていいほどだった。

ミュージカルの名曲を最高のパフォーマンスで歌いきる実力

『ドリームガールズ』の「I Am Changing」や、ホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」のように圧倒的な声量を必要とされる曲。そこでの高音の豊かな響き! 一方で『ウエスト・サイド物語』の「Somewhere」や『エビータ』の「Don’t Cry for Me Argentina」などでは、精細な部分での感情表現を見事に歌に託す。『ファニー・ガール』の「Don’t Rain on My Parade」のように、1曲の中で多様な表現が要求される難曲への対応も絶妙。その繊細さがパーフェクトに発揮されたのは、マシュー・モリソンとのデュエット「Over the Rainbow」で、数々のアーティストにカバーされた中で、ハワイの伝説的シンガー、イズ(イズラエル・カナヴィヴォオレ)のバージョンで、果てしなく「優しく」歌い上げ、会場全体を温かなムードに包んだ。現代最高のヴォーカリストの一人であることは間違いない。

会見や、この日のコンサートでは、三浦春馬も英語で臨んだ部分もあり、世界の歌姫、シンシア・エリヴォに大きな刺激を受け、世界的な視野への野望が広がったと思う。

シンシア・エリヴォのコンサートは本日(17日)までだが、では、彼女がアカデミー賞を受賞して、史上16人目の「EGOT」の栄冠を得るのか? 現段階の予想では、そう簡単にはいかない状況ではある。主演女優賞ではレネー・ゼルウィガーがフロントランナーを走っており、主題歌賞は『ロケットマン』などライバルが多い。しかし今年はノミネートの面々に白人が多いとの批判が再び上がっているので、シンシアに追い風はあるとも思われる。2月10日(日本時間)のアカデミー賞授賞式で、小柄なシンシアが壇上で大きく喜びを爆発させる姿も、夢ではない。

ブロードウェイへの夢を語る三浦春馬に「ニューヨークに来た時は、必ず連絡して」と語りかけたシンシア・エリヴォ(撮影/筆者)
ブロードウェイへの夢を語る三浦春馬に「ニューヨークに来た時は、必ず連絡して」と語りかけたシンシア・エリヴォ(撮影/筆者)
映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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