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今年も瞬殺でチケット完売。東京国際映画祭でも勢いのNetflix作品。複雑な事情も残りつつ…

斉藤博昭映画ジャーナリスト
Netflixオリジナル映画『アイリッシュマン』 11月27日(水)独占配信開始

8月に配信が始まった山田孝之主演の『全裸監督』が、日本のみならず、各国で大きな反響を呼び、Netflix(ネットフリックス)による日本作品の新たな可能性が示された。さらに9月には、日本での会員数が300万人を超えたと発表。これまで加入者数を公表することがなかったNetflixなので、この発表には日本での順調な伸びを示す「自信」が表れている、との報道もあった。

期待作をスクリーンで観られる貴重な機会

映画ファンに強くアピールする「Netflixだけでしか観られない作品」も増え続けている。昨年、アカデミー賞監督賞などを受賞した『ROMA/ローマ』を筆頭に、クオリティの高い映画が続き、今年もNetflix作品が賞レースに絡むことが確実となっている。しかし映画ファンとしては、それだけ上質な作品なら、スクリーンで体感したいもの。基本的に映画館での上映がないNetflixのオリジナル作品をスクリーンで観られるとなると、映画祭など限定的なのが現状だ。

今年も間もなく(10/28)開幕する東京国際映画祭も、昨年は『ROMA/ローマ』を上映した。すでにヴェネチア国際映画祭の最高賞(金獅子賞)を受賞していた同作がスクリーンで観られる貴重なチャンスということで、3回分のチケットはあっという間に完売。そして今年は、Netflix作品がさらに増え、『アイリッシュマン』、『マリッジ・ストーリー』、『アースクエイクバード』の3作品を上映。中でも『アイリッシュマン』は、巨匠マーティン・スコセッシの最高傑作との呼び声も高く、3回上映分がネットで発売後、5分も経たないうちに完売した。その後、こちらも主演のスカーレット・ヨハンソンとアダム・ドライヴァーがキャリア最高の名演技をみせ、アカデミー賞に絡む可能性が高い『マリッジ・ストーリー』も早々に完売。日本を舞台にした『アースクエイクバード』も続いた。

仕事のためNYとLAで別々に暮らすことになり、離婚へと発展する夫婦の心情を切実に描いた『マリッジ・ストーリー』は、今後の賞レースでも演技賞に絡むのは濃厚。12/6配信。courtesy of TIFF
仕事のためNYとLAで別々に暮らすことになり、離婚へと発展する夫婦の心情を切実に描いた『マリッジ・ストーリー』は、今後の賞レースでも演技賞に絡むのは濃厚。12/6配信。courtesy of TIFF

『アイリッシュマン』は、もう少し待てば11月27日からNetflixで配信されるのだが、やはり「映画館」で観たい作品である。アメリカの場合、この配信前にNYブロードウェイのベラスコ劇場で1ヶ月間など、先行上映でのスクリーン体験ができる(アカデミー賞の対象になるために劇場公開が必要)が、日本では今のところ東京国際だけである。

今年度のアカデミー賞で本命の一本とされる『アイリッシュマン』は、その評判から今年の東京国際映画祭では当初、クロージング作品と発表された。「当初」というのは、9月6日の発表ではクロージング作品とされたにもかかわらず、その後、同27日に特別招待作品のうちの一作に変更されたからだ。

東京国際映画祭は、他の多くの映画祭と同じようにオープニング作品とクロージング作品がその年のメインとして華やかに上映される。近年、この2作は日本映画と外国映画のケースが多いが、一時期は両方とも外国映画というパターンが続いていた。

昨年の第31回は(以下★が外国映画)

オープニング『アリー/スター誕生』★来日ゲスト:なし

クロージング『GODZILLA 星を喰う者』

第30回(2017)は

オープニング『鋼の錬金術師』

クロージング『不都合な真実2 放置された地球』★ 来日ゲスト:ゴア元副大統領

第29回(2016)は

オープニング『マダム・フローレンス!夢見るふたり』★ 来日ゲスト:メリル・ストリープ

クロージング『聖の青春』

第28回(2015)は

オープニング『ザ・ウォーク』★ 来日ゲスト:ロバート・ゼメキス

クロージング『起終点駅 ターミナル』

第27回(2014)は

オープニング『ベイマックス』★ 来日ゲスト:監督・プロデューサー

クロージング『寄生獣』

といったラインナップ。今年の場合、『アイリッシュマン』の代わりに別作品が入ったわけではなく、クロージングは結局「空席」のまま。この変更の理由は、「『アイリッシュマン』を4Kで上映することはクロージング会場の東京国際フォーラムは無理なので、TOHOシネマズ六本木ヒルズに会場を変更。そのため特別招待作品になった」から。通常、オープニング/クロージング作品は、上映に合わせてゲストも出席するので、スコッセシ監督やロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノなどが来日する期待も高まっていたが、通常の特別招待作品ということで来日の予定はない。昨年の『アリー/スター誕生』に続いて、オープニング/クロージング作品で誰も来日しないというのは、残念だ。

何より、Netflix作品が映画祭のクロージングという、画期的なシチュエーションがなくなったのも惜しい。

Netflixと国際映画祭の関係は、カンヌでは上映が難しくなり、その分、歓迎するヴェネチアに秀作が出品されたりと、さまざま。9月のトロント国際映画祭でも、Netflix作品の上映でひとつの問題があった。毎年、トロントのメイン会場となるシネコン「Scotiabank Theatre」で、今年はNetflix作品が上映できず、もうひとつのメイン会場ですべて上映されたのだ。東京でも上映される『マリッジ・ストーリー』のほかにも、アカデミー賞に絡みそうな『2人のローマ教皇』、メリル・ストリープ主演の『ザ・ランドロマット ーパナマ文書流出ー』など注目作が出揃うなか、昨年は『ROMA/ローマ』などNetflix作品がScotiabankで上映されていたのに、今年からシネコン側の方針でNGになったという。今年の『アイリッシュマン』がNYの、通常は映画館でない劇場で上映されるのも、シネコンで上映できないから。それだけ、Netflix作品と劇場側の折り合いは一筋縄ではないことがわかる。

東京国際の場合、『アイリッシュマン』はTOHOシネマズ六本木ヒルズで上映されるので、そこまでの軋轢はなさそうだ。むしろ今年の東京国際映画祭では、Japan Nowという枠で上映されるHIKARI監督の『37セカンズ』が、日本では2020年2月に劇場公開されつつ、Netflixによる世界配信が決まっていたりと、映画祭におけるNetflixの勢いの加速を実感させる。

ひとつだけ言えるのは、純粋に映画ファンの気持ちを代弁すると、Netflixであろうと、従来のスタジオであろうと、スクリーンで体感したい作品に対し、映画館で観るチャンスを与えてほしいということ。今年のアカデミー賞を受けて、『ROMA/ローマ』が日本でも劇場公開されたように、おそらく『アイリッシュマン』も今後、劇場で観られるチャンスはありそう。現在、ネット上では東京国際の『アイリッシュマン』のチケットが1万円〜で取引されているという、なんともやるせない状態なので、どうか早めに劇場公開のチャンスがありますように!

リドリー・スコット製作総指揮の『アースクエイクバード』は、日本人カメラマンと恋におちた外国人女性が殺人容疑をかけられるミステリー。カメラマン役は小林直己。Netflixで11月15日から配信
リドリー・スコット製作総指揮の『アースクエイクバード』は、日本人カメラマンと恋におちた外国人女性が殺人容疑をかけられるミステリー。カメラマン役は小林直己。Netflixで11月15日から配信
映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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