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「僕のヒーローはブルース・リー」衝撃テロに立ち向かったホテルの給仕で主演。デヴ・パテル インタビュー

斉藤博昭映画ジャーナリスト
両親はケニア出身のインド系。多様性が求められる映画界で引く手数多のデヴ・パテル(写真:REX/アフロ)

2008年11月26日、インドのムンバイで起こった同時多発テロ。駅のターミナルや街角のレストラン、病院などが武装したテロリストに急襲され、多数の犠牲者を出した。五つ星のタージマハル・ホテルでは、500人が人質となり、60時間もの間、犯人の籠城が続き、目を覆う殺りくも……。そのホテル内を再現した『ホテル・ムンバイ』。これまでのテロ事件映画に比べても、圧倒的なリアリティと臨場感、いつ自分が犠牲者になるかわからないスリル、さらに「名もなきヒーロー」の自己犠牲による感動が充満する力作だ。

このリアリティという点で、主人公のホテル従業員、アルジュン役のキャストは重要だった。それはインド系のイギリス人俳優、デヴ・パテル。ムンバイの一市民の役にこれほどふさわしい国際的スターはいないだろう。『スラムドッグ$ミリオネア』で注目されてから、すでに10年以上。アカデミー賞にもノミネートされる実力派に成長した彼に、主演を務めた『ホテル・ムンバイ』でインタビューした。

靴を忘れたことで自宅に返されそうになったアルジュンだが、靴を借りて勤務を懇願。事件に巻き込まれ、ひたすら宿泊客を守ろうとする。
靴を忘れたことで自宅に返されそうになったアルジュンだが、靴を借りて勤務を懇願。事件に巻き込まれ、ひたすら宿泊客を守ろうとする。

『スラムドッグ』を撮った祖国での悲劇

ーームンバイ同時多発テロ事件は2008年に起こりました。ちょうど『スラムドッグ$ミリオネア』が公開された年です。

「そうなんだ。だから記憶に鮮明に残っている。インドで『スラムドッグ』の撮影をすべて終え、イギリスに戻ってホッとしていた頃、TVのニュースで流れて衝撃を受けたよ。少年のようなテロリストたちが多くの市民、子供たちまでも殺害したわけで、インドと縁の深い僕は、いたたまれない気持ちになったのを今でも覚えている」

ーーその事件の映画化に出演を決めた理由を教えてください。

「最初に監督(アンソニー・マラス)から聞かされたのは『よくあるハリウッドのアクション大作にはしない』ということ。単にヒーローが活躍し、テロリストが悪だと描く映画にはせず、曖昧で繊細な登場人物の言動も追求するというので、ぜひ参加したいと決意した。テロリストが若い年齢であることは、映画を観る人にも大きなショックを与えるだろう。彼らが何を考えていたのか、すべてを理解することはできない。そういった想像力に興味がわいたんだ」

ーーホテルのレストランで給仕をするアルジュンは、テロリストに対抗するような男には見えません。そのあたりのギャップは意識して演じたのでしょうか?

「監督のアンソニーとは、役柄について7時間ものディスカッションを行った。その結果、アルジュンは、まわりに振り回されて動くキャラクターだと納得した。一応、アルジュンが主役にはなっているが、この『ホテル・ムンバイ』は集団のアンサンブルが特徴だ。宗教や文化を超えて、人々がどう協力し合うのか? まさに現代社会の縮図だよ。そのあたりの意識を保ちながら演じたんだ」

ーー撮影はオーストラリアで行われたそうですね。

「そう。ハードな撮影の終わりには、おいしいワインで乾杯の時間が待っていた(笑)。インドの撮影ではなかったので、リサーチの目的でムンバイへ行ったよ。現地の空気を味わいたくてね。美しい寺院では、慈善目的で無料の食事を提供していた。そうしたインドの『協力』の精神を改めて学んだ。こんな風にフラッとリサーチの旅に出るのは、よくあることさ」

ーー実生活で、あなたを最も恐怖に陥れるものは?

「難しい質問だけど……銃かな。今回の撮影で銃を突きつけられるシーンがあった。もちろん撮影用の偽物だけど、ものすごい死の恐怖を感じたんだ。自分が一瞬で壊れてしまう感覚を味わったよ。あとは、たまにだけど、街でまわりから騒がれること。ある程度、オープンな性格のつもりだけど、ときどき恐怖を感じることはある」

アーミー・ハマーら国際的キャストが集まった。
アーミー・ハマーら国際的キャストが集まった。

ーーこの『ホテル・ムンバイ』は、アーミー・ハマーのアメリカ人建築家なども出てきますが、主役はあくまでもインド人のアルジュンです。ハリウッドではアジア系俳優の『クレイジー・リッチ!』も大ヒットするなど「多様性」の意識が広がっていますね。

「ハリウッドのこの流れは、とても誇りに思うし、もっと広がるべきだと思う。僕自身、映画の世界に入ったのもアジアの文化に影響されたからだ。この流れで、アジア文化への注目がさらに集まってほしい」

ーーイギリス人のあなたが、アジアに興味をもったということは……。

「ブルース・リーだよ! 今も僕の家には『燃えよドラゴン』のポスターが貼ってある。来てもらえば、大ファンだとわかる(笑)。黒髪で褐色の肌で、ハリウッドでも活躍した彼の姿は幼い僕にとってまぶしくて、心から尊敬したんだ。ブルースにあこがれて武術を習い始め、肉体の内側からエネルギーが湧き上がる感覚を知ったよ。ここ10年ほどトレーニングをサボってるから、そろそろ再開しなくちゃ(笑)」

河瀬直美監督からもラブコール?

ーー日本の文化はどうですか?

「もちろん好きだよ。日本の武道や華道を習ったこともある。だから初めて日本へ行ったときは、夢がかなった気分だった。2週間も滞在し、100年以上続く寿司屋に入って『これこそ本場の味だ』と大感激したのを覚えてる。またあの店に行きたいな……」

このインタビューは日本人の筆者とスペイン人ジャーナリストの2人で行われた。日本の話と同じく、スペインの話も気さくに、とことん楽しそうに話すデヴ・パテルは、スターでありながら飾らない人柄が魅力であることを実感できた。スペイン人ジャーナリストが「河瀬直美監督が、あなたと仕事をしたいと言ってた」と伝えると、「観たことないけど、どんな映画を撮る人なの?」と興味津々だったので、もしかして近い将来、日本映画への出演が実現……なんてこともあるかもしれない。

画像

『ホテル・ムンバイ』

9月27日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国順次公開

配給:ギャガ

(c) 2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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