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トロントの観客の反応も熱かった。新海誠監督に現地で聞く。「100%の作品を楽しんでもらいたい」

斉藤博昭映画ジャーナリスト
前日の上映の反応に満足した様子の新海誠監督。(撮影/筆者)

9月5日(現地時間)から開催されているトロント国際映画祭。北米で最大の規模を誇るこの映画祭は、今後のアカデミー賞に向けた注目作が上映されることでも有名だが、今年は日本の監督の話題作もお披露目される。

何と言っても注目は、日本で大ヒット中の『天気の子』だ。上映に合わせて新海誠監督もトロントへやって来た。カナダは初めてだという。9月8日の『天気の子』公式上映は500人以上のキャパの大劇場が満席。通常、トロントの上映は開始前に席が空いていた場合、すべりこみで入場できる「Rush Line」があり、かなりの確率で入れる場合が多い。しかし『天気の子』はRush Lineの人は入れなかったのではないか。

期待を高める観客から歓声とともに迎え入れられた新海監督は「トロントはアニメを上映する印象が薄いのでここに立ててうれしいです。僕の映画を観たことがある人はいますか?」と挨拶。半分以上の観客が手を挙げる光景に、監督も笑顔を浮かべる。

上映後の観客とのQ&Aで登壇した新海誠監督(撮影/筆者)
上映後の観客とのQ&Aで登壇した新海誠監督(撮影/筆者)

上映後の観客とのQ&Aでも「前方の席の方は見にくくなかったですか?」と気遣って会場をなごませる新海監督。この日の上映は英語字幕だったものの、RADWIMPSらの曲はそのまま日本語で流れるだけだったことから「本当は歌詞の意味も理解してほしかったので、いつか歌詞の字幕がついたりとか、RADWIMPSに英語で曲を作ってもらったりできたら」と、海外の観客への思いを口にした。

会場には『天気の子』を「とにかく早く観たかった」というディープなファンも多く、「『囲まれた世界』は公開しないのですか?」という質問者に、「その作品を知ってるのは、世界でも20〜30人くらい。オタクですね。うれしいです」と笑って応じていた。

「Sempai=先輩」という英語字幕に笑いも

こうしたトロントの観客の反応を受けて、翌日の9月9日、新海監督に単独インタビューした。

ーー海外の映画祭での上映という特別な状況で、どんなことを実感しましたか?

「SNSを始めてからは、海外のファンからも声が届いていますが、こうして現地で目の当たりにすると、今回の場合なら、『トロント周辺にこれだけ僕の作品を観てくれてる人が住んでいる』という実感が湧きます。とはいえ、基本的に日本でも同じで、観客と一緒に自分の作品を観ると、反応がうれしいのと同時に、『もっとこうすればよかった』という反省が先に立ってしまうんですよ。それは『君の名は。』でも『天気の子』でも同じですね」

ーーただ、昨日の上映では観客の反応もひじょうに良かった気がします。

「笑ってほしいと組み立てた部分は、100%笑いが起こっていましたね。そこは海外らしいです。帆高が凪を『先輩』と呼ぶシーンで、英語字幕に『Sempai』と出て大きな笑いがあったのは、アニメーションのリテラシーが高い観客が集まっていたからでしょう(笑)。日本の学園アニメの海外での需要を実感した瞬間です。逆に一般の(海外の)観客にもっと広がっていくにはどうしたら……と考えたりもします」

ーーそうした思いは、これから海外も意識した作品を作る可能性があるということですか?

「『天気の子』は、2019年の夏を生きる日本の若者に向けて作った映画なので、日本人向けの情報が多いわけです。そしてRADWIMPSの曲にも字幕がつかないので、そこが伝わらないもどかしさは感じました。歌詞を聴かせるためのシーンもあるわけですから。このトロントで海外の配給の人にも実際に会ったりすると、『求めてくれるファンが海外にもいて、そういう人たちに、すべてちゃんと観てもらいたい』という気持ちにはなります。日本でも劇場に行くと、小さな子供から年配の方に僕の作品が広がっていて、要するにターゲットを外れるとわかりにくい部分が出てくるんです。そういうことを意識するようにはなっているのかもしれません。うまい道を見つけられたらと思っています」

(c) TIFF
(c) TIFF

ーー昨日、上映後に話を聞いた観客が「新海監督は、悲劇をポジティブに変えるパワーを持つ、世界でも稀有な才能だ」と言っていました。

「その言葉は、すごくうれしいですね。その言葉のような仕事をしたいんです。『君の名は。』と『天気の子』は災害がモチーフにもなっていますが、自分の住んでいる場所に災害が起こっても、その場所にとどまる人が多いですよね? 日本に住んでいるとポジティブでないこともたくさんあります。でもそこに居続けたい。災害が起こっても、生きることを楽しみたい。そういう気持ちで映画を作っているわけで、まさにその言葉どおりです」

『君の名は。』のハリウッド実写化への思いは?

ーー『天気の子』が日本で大ヒットしていることを知っているファンもいました。

「観客すべてを物語に乗せ、遠い場所に連れていきたい……。それを『君の名は。』以上にやりたかったので、現在の日本での数字を聞かされると、『この映画にそういう力があったのか』と思うと同時に、昨日のように作品を観ると、『もっとこうすればよかった』という“傷”ばかり目立ってしまうんですよ。だから、今回のヒットの要因は僕自身、今もわからない状態です。自分で100%満足したものがイコール、多くの人に楽しんでもらえる。それが理想ですから」

ーー海外といえば、『君の名は。』のハリウッドでの実写リメイクには、どんな期待を?

「単純に楽しみです。最初にハリウッドでリメイクされると聞いたときは、実写でもアニメーションでもどちらでもいいと思いましたが、脚本がブラッシュアップされているのを読ませてもらっていると、違う価値観が入っていたりするし、製作費も日本とは違うでしょうから、素直に期待しています」

海外のジャーナリストからのインタビューも受ける新海誠監督。次の作品に今回の思いがどのように反映されるのか。それともまた別のベクトルへ進むのか。いずれにしても、世界中の期待がこれからさらに高まるのは間違いないだろう。

(c) TIFF
(c) TIFF
映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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