ファンイベントや人気舞台をスクリーンで体感させ、劇場に定着した「ODS」。未知の衝撃をもたらす作品も
映画が社会を映すのは、よくあること。ストーリーと映像でテーマを伝えやすいからだ。その点は、舞台作品も同じだろう。しかしパフォーミングアーツ(舞台芸術)の中でも「ダンス」で社会を反映するケースは、あまり多くないと言える。
レアケースだからこそ、そうした作品に出会ったときの衝撃や感動は大きい。英国ロイヤル・バレエによる「フライト・パターン」は、まさしくそんな作品なのだが、これが日本の「映画館」で観ることができる(どのような作品かは、後述する)。6月28日(金)からの公開だ。
映画全体の1割のシェアに迫りそうなODS
映画以外のコンテンツを映画館で上映する「ODS」が、いま順調に実績を積み上げている。ODSとは「Other Digital Stuff=非映画デジタルコンテンツ」の略称。
2018年度の映画の全体興行収入は、2225億1100万円。そのうちODSが166億9500万円。全体の7.5%を占めている。
2017年度は、全体:2285億円 ODS:182億円 →7.9%
この割合は
2016年度→6.9%
2015年度→7.0%
2014年度→4.9%
2013年度→3.9%
と、ODSは映画館にすっかり定着したことがわかる。
このODS、演劇・オペラ・歌舞伎・バレエなどの舞台作品、音楽のライヴ、さまざまなイベントやフェス、スポーツ、さらに合唱コンクールなど多岐にわたる。料金も1500円〜5000円あたりで、コンテンツによって異なる。しかし通常の「映画」との境界は曖昧な作品もあり、たとえば5月24日公開の『プロメア』や6月7日公開の『海獣の子供』といったアニメ作品もODSに分類されている。
とはいえ、大部分を占めるのは、明らかな「非映画」で、これらは大きく分けると「中継」「収録」の2種類がある。
「ゲキ×シネ」や「シネマ歌舞伎」のように何年もかけて定着したものもあるが、特に集客が伸びているのが、ライヴやイベントの中継で、現地に行けないディープなファンが近くの映画館でリアルタイムで時間を共有する。応援上映のように、映画館がイベント会場のように盛り上がる風景が日常になってきた。
瀬戸内寂聴の講演や、プロレス中継も
直近での好成績を挙げると、5月11日、幕張メッセイベントホールで行われた「<物語>フェス」を全国65館に生中継したライヴビューイングが、20代のファンを中心に9割の座席を埋めた。香港3館、台湾1館にも生中継され、幕張の本会場6500人を含め、1万6000人以上が同時にイベントを体感した。
また、男性アイドル育成ゲームの「アイドルマスター Side M」の4thライブ(5月11日・12日 さいたまスーパーアリーナ)は、全国111館に生中継され、動員約1万3500人。女性アイドル育成ゲーム「アイドルマスター ミリオンライブ!」の6thライブ(5月18日・19日 神戸ワールド記念ホール)は、全国79館の生中継で、約2万9900人を動員。稼働率96%という、ほぼ満席状態の盛況となった。
やはりアイドル系は強い。
その他にも、4月14日のANAクラウンプラザホテル京都での瀬戸内寂聴の講演会が全国33館、4月7日、NYマディソン・スクエア・ガーデンでの、新日本プロレスと米プロレス団体「ROH」との合同興行「G1 SUPERCARD」が日本国内13館(時差のために日本は日曜の朝8時半から)と、それぞれ生中継で好結果を残した。コンテンツの広がりを実感できる。
一方で「収録」も固定ファンを確立している。
宝塚歌劇のように中継するものもあるが、「舞台作品」は収録がメイン。生中継ではなく収録作品であれば、映画と同様に、複数回上映できるわけで、一週間やそれ以上の期間上映が目立つ。中島みゆきの「夜会工場」劇場版なども収録だ。
より貴重な海外作品。その数も徐々に増加傾向に
この舞台作品のODSは、国内の作品はもちろんだが、海外の作品は、現地にまで行くことを考えれば、より「ありがたみ」が大きい。そして海外作品は基本的に日本語字幕が必要になるので、中継よりも収録が多くなる。日本でも2014年から始まった「ナショナル・シアター・ライヴ」では、これまでもベネディクト・カンバーバッチの「フランケンシュタイン」や、イアン・マッケランの「リア王」などを上映。映画ファンも集客し、人気を博した。またNYブロードウェイの作品を紹介する「松竹ブロードウェイシネマ」も今年から本格始動。それだけODS海外作品の人気が定着してきたといえる。
「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン」もここ数年の「恒例」となった感があり、興行収入の実績でも、2016/2017のシーズンが、バレエは前年比147%、翌2017/2018シーズンが前年比165%と伸びをみせている(東宝東和・宣伝担当より)。
このロイヤルの魅力は、世界最高峰のバレエ、オペラを観られるのはもちろん、インターミッション(休憩)中の解説である。さまざまなスタッフが登場して、作品をより深く理解するために、かなりじっくりトークが行われ、パンフレットの代わりになるほどの情報が得られるのだ(それゆえに日本語字幕付きの収録のメリットがある)。
前述のアイドル系イベントや音楽ライヴはもちろんだが、こうした海外の舞台作品のODSも、ある程度、「予想した喜びと興奮、満足感」を求めてファンが集まるのは当然のこと。ゆえに「ロイヤル・オペラ・ハウス」でも、オペラなら「ワルキューレ」や「椿姫」、バレエなら「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」といった「定番」作品の稼働率が高いそうだ。
しかし、映画がそうであるように、これだけ定着したODSでも、そろそろ想定外、未体験の感動を得られる作品も増えていくはずで、ロイヤル・オペラ・ハウスで6月28日から上映が始まる、ロイヤル・バレエのコンテンポラリー作品に注目してほしい。これが記事の冒頭で書いた、「社会を映すダンス」というレアケースだからだ。
ベルギー出身で、日本でも森山未來と土屋太鳳が主演した舞台「プルートゥ」の演出・振付を手がけ、今や世界的振付家となったシディ・ラルビ・シェルカウイ。その彼の新作「メデューサ」もここで上映され、センセーショナルに幻想的な美しさを放つ作品だが、同じく気鋭の振付家として知られるクリスタル・パイトの「フライト・パターン」は、題材となるのが現代の「難民問題」である。国境を越え、海を越えていく難民の苦難がダンサーの群舞によって表現され、スクリーンで観ても激しく心をざわめかせる作品になっている。やや大げさに表現すれば、アルビン・エイリーの「レボリューション」や、モーリス・ベジャールの「ボレロ」といった名作と出会ったときの衝撃が蘇るのだ。
もちろん生の舞台で観れば、さらに圧巻なのだろうが、全体像から細部、および作品のテーマは、映画館の大きなスクリーンで十分に、いや想定以上に体感することができ、クラシックバレエの定番作品で、ダンサーの至芸に惚れぼれするだけではなく、ダンスから骨太のメッセージを受け取るという、新たな地平が映画館で開ける可能性を秘めている。
このような想定外の感動や衝撃をもたらす作品が増え、静かに客足を伸ばすことになれば、ODSはさらに一歩先へ進むのではないか。「舞台を観る」「イベントに参加する」と「映画を観る」という行為の境界線も、どんどん曖昧になるのかもしれない。
(参考資料:文化通信ODSレポート2019年5月号)
英国ロイヤル・バレエ「ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー」「メデューサ」「フライト・パターン」は、6月28日(金)〜7月4日(木)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国11館で公開。配給:東宝東和
「フライト・パターン」(c) ROH, 2017. Photographed by Tristram Kenton
「メデューサ」(c) ROH, 2019. Ph by Tristram Kenton.