ヴォルデモートは名監督でもある。歴史に残るダンサーの「真実」を描く。レイフ・ファインズ インタビュー

レイフ・ファインズ監督、自作に主演したオレグ・イヴェンコと(写真:Shutterstock/アフロ)

クリント・イーストウッドやケネス・ブラナー、そしてジョージ・クルーニーにアンジェリーナ・ジョリー、ブラッドリー・クーパー……と、名俳優が監督としても才能を発揮するケースは多い。

『シンドラーのリスト』や『イングリッシュ・ペイシェント』、「ハリー・ポッター」シリーズでの最大の宿敵、闇の魔法使いヴォルデモート役で知られる名俳優のレイフ・ファインズもまた、その一人だ。すでに『英雄の証明』(2011)、『エレン・ターナン ~ディケンズに愛された女~』(2013)と2本の監督作があるファインズだが、今回の3本目は彼自身、長年、映画化の企画を温め続けた題材である。

それは、ルドルフ・ヌレエフ

20世紀を代表する、天才バレエダンサーだ。

1981年の映画『愛と哀しみのボレロ』では、ヌレエフをモデルにしたダンサー(ジョルジュ・ドン)が登場し、ラストにモーリス・ベジャール振付の「ボレロ」を踊った。ソ連(当時)に生まれ、キーロフ・バレエ団でその才能を輝かせようとした矢先、パリで西側に亡命したヌレエフは、英国ロイヤル・バレエやパリのオペラ座など世界最高峰のバレエ団で活躍。フレディ・マーキュリーと同じエイズによる合併症で、彼の1年ちょっと後に、54歳でその生涯を閉じた。

ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』は、亡命事件が起こったパリでの公演を中心に、列車の中で生まれたヌレエフの少年期や、キーロフ・バレエでの修練の日々を織り交ぜながら進行していく。

バレエ界のレジェンド、ヌレエフの映画を20年以上切望

レイフ・ファインズ監督は、よほど作品にかけた思いが強かったのだろう。ひとつの答えを、5分以上、ノンストップで話し続けることもあった。そしてその口調は、まるでシェイクスピアの舞台のセリフのように、美しい抑揚で宙を漂いながら、聴く側の感情に強く訴えかけてくる。さすが、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身である。

ヌレエフの映画を考えてから、20年以上ーー。

そこまで執念を失わなかった理由をファインズは次のように語る。

「これだけ長い時間を要したので、シンプルに答えることができない……というのが本音かな。ひとつ強力な原動力を挙げるなら、ルドルフ・ヌレエフの精神だ。『個』よりも『集団』に重きが置かれていた当時のソ連で、ヌレエフは『個』としての夢を追求する。アーティストとして自己実現する姿が、私の心をとらえ続けたのだと思う。

はっきり言ってヌレエフは、気むずかしい性格なうえに野心的なので、周囲に対して横柄に振る舞う男だった。そんな彼をまわりの人間が救ってあげる物語でもあり、アーティストと、それを支える人の複雑な関係に、私は20年以上も夢中になっていたようだ」

世界的ダンサーの役を、プロの俳優が演じるのか、演技経験がなくてもプロのダンサーが演じるのか。この手の映画では、つねに悩みの種となる。

バレエシーンは本格的。この写真はオレグ・イヴェンコだが、一昨年、ドキュメンタリーが日本でも公開されたセルゲイ・ポルーニンも出演している
バレエシーンは本格的。この写真はオレグ・イヴェンコだが、一昨年、ドキュメンタリーが日本でも公開されたセルゲイ・ポルーニンも出演している

たとえば『ブラック・スワン』では、バレエ経験のあるナタリー・ポートマンが主人公を演じたが、経験があるとはいえ、バレエ団のトップというほどの技術はなかった。もちろん彼女は厳しいトレーニングを積んだものの、最終的には肉体部分にボディダブルの合成が使われたりもした。それでも「ナタリー・ポートマン」というスターのネームヴァリューは作品のヒットに不可欠であり、結果的に彼女はこの役でオスカーを受賞している。

しかし、レイフ・ファインズの選択は後者、つまり演技経験のないプロのダンサーをヌレエフ役に起用となった。ウクライナ出身でカザン・タタール劇場でプリンシパルを務める、オレグ・イヴェンコだ。世界的に人気のバレエダンサーというわけではないが、その実力は折り紙付き。劇中でも「ラ・バヤデール」、「白鳥の湖」などを圧巻のテクニックで披露するほか、ヌレエフ独特の動きを再現したうえで、一瞬、本人と錯覚するような表情までみせている。ラミ・マレックのフレディ・マーキュリー役とも重ねたくなるのだ。

「ボディダブルは使いたくなかったので、8~9ヶ月、ロシア語を話せるダンサーを探し、最終的に5人ほどに絞ってスクリーンテストをした。そうしたところ、『カメラが恋をする』資質をもっていたのが、オレグだったのさ。演技経験ゼロの彼を主役に据えることで心配の声も上がったが、オレグには本能的な演技の才能があることも、私は確信していた。実際に撮影が始まって一週間くらいで、その確信は正しいと証明されたよ」

監督と出演を兼ねるのは、もうこりごり!?

しかし、映画界では無名、バレエ界でもワールドクラスではない主演者を迎えたことで、レイフ・ファインズは、本当はやりたくないことも引き受ける必要があった。それは、自分もキャストに名を連ねることだった。

バレエ教師、プーシキンを演じるレイフ・ファインズ
バレエ教師、プーシキンを演じるレイフ・ファインズ

「名前の知られているキャストが出ないと、出資面で二の足を踏まれそうになり、私がプーシキン(ヌレエフのバレエ教師)で出演することになった。多少、ロシア語も話せるのでね……。それでも撮影中は本当に大変だったよ。自分の役に入り込んだうえで、照明の位置やカメラのアングルを決め、映画が初めてのオレグには細かい指導をしなくてはならない。プーシキンのハゲ頭はカツラにしようとも思ったが、その時間ももったいないので、全部剃ることにした。まぁ、もともと髪は少ないがね(笑)。とにかく次回の監督作では、なるべく出演しないようにしたいよ」

レイフ・ファインズは、笑いながらそう振り返る。

この作品は、ルドルフ・ヌレエフの「決意」を描くストーリーではあるが、要所のバレエシーンも圧巻。オレグ・キュレンコ以外にも、セルゲイ・ポルーニンらがハイレベルのテクニックを見せつける。しかしこのバレエの撮り方について、レイフ・ファインズは苦心したことを明かす。

「バレエやダンスの撮影は初めてだったので、最初はダンサーに近いところでカメラを回し、肉体が発するエネルギーを映像に収めようとした。うまくいったと思ったが、冷静に考えるとバレエの魅力が薄まっているとわかり、追加撮影せざるをえなくなったんだ。やはりバレエには全体および前方からのカットが必要だと実感したのさ。大幅にカットしたパフォーマンスもあるし、オレグが、ヌレエフのちょっとした動きの特徴を再現している瞬間を重視した編集もある。そのあたりも含め、私の長年の友人である、ミハエル・バリシニコフがさまざまなアドバイスをしてくれたよ」

わかりやすい構成よりも、映画としての醍醐味を求めて

バリシニコフといえば、ルドルフ・ヌレエフと同じようにソ連からアメリカに政治亡命した、レジェンド的ダンサー。ハリウッドでも『愛と喝采の日々』や『ホワイトナイツ/白夜』などに出演し、「セックス・アンド・ザ・シティ」のキャリーの恋人役として彼を知る人も多い。レイフ・ファインズからその名前が出てきたのは、バレエファンにとってはうれしい。

今回、ファインズが演じたプーシキンは、ヌレエフだけでなくバリシニコフの師としても知られ、おそらく自身が演じる役について、バリシニコフから助言をもらったことだろう。

そして『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』で監督の才能を感じさせるのは、その構成だ。パリでの公演の日々が、フラッシュバックのように自在に過去と行き来。一見、ランダムのようで、その転換に監督の大いなるこだわりを発見できる。この構成についてファインズは

「アメリカ人の評論家が『時代順に描けばよかったのに』と言ってきたので、イラッとした」

と、正直な気持ちを打ち明ける。

「3つの時間がせめぎ合い、最初は気まぐれに移り変わる印象を与えるが、じつは重要な意味をもち、集大成を迎えるクライマックスにつながるんだ」

時間のせめぎ合いは、自由のための亡命か、祖国や家族への愛かで葛藤するルドルフ・ヌレエフの内面を反映させているようでもある。この構成の妙と、クライマックスへの盛り上がりに、観る人の多くがレイフ・ファインズの監督としての力量を感じるにちがいない。

伝説のダンサーを撮った名優は、伝説の監督となるべく、今後も作品を撮り続けるようだ。

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『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』

5月10日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

配給:キノフィルムズ

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