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ハリウッドの第一線ジャーナリスト、映画監督として日本酒の伝道師になる。これも、ひとつの夢の実現

斉藤博昭映画ジャーナリスト
日本に戻ってきて自作を語る小西未来監督(撮影:筆者)

夢をかなえるためにアメリカへ渡り、時間はかかったが、その夢は現実のものになったーー。

何やら、ちょっと古めかしいアメリカンドリームの話のようだが、映画の世界において、ハリウッドを擁するアメリカで何かをなしとげるのは、今でもあこがれの対象ではないだろうか。

その夢を独自のスタイルで実現させたのが、小西未来監督である。間もなく(4/27)日本で公開が始まるドキュメンタリー『カンパイ!日本酒に恋した女たち』が、長編監督2本目となる小西監督。彼が映画作りを志して、アメリカに渡ったのが今から約25年前のこと。南カリフォルニア大学で映画制作を学び、そのままロサンゼルスに在住し、フィルムメーカーとして短編映画も撮りながら、映画ジャーナリストとして活躍を続けていた。2011年、小西氏はゴールデングローブ賞を選出するハリウッド外国人記者協会(HFPA)のメンバーとなる。アカデミー賞にも影響を与える第一線の映画ジャーナリストでありながら、長編映画を2本撮り上げたのである。

「本当は30代で監督デビューしておきたかったんですけど……」と小西監督は笑う。

2015年、長編デビュー作となった『カンパイ!世界が恋する日本酒』、そして今回の2作目と、ハリウッドのスタジオの下で撮ったわけではないので、厳密に言えばアメリカンドリームの実現ではないかもしれない。しかし映画制作を学び、数々の映画人に取材し、アメリカと日本をつなぐ役割も果たしたうえで、「映画監督」としての肩書きを手に入れるという過程は、自作で扱った日本酒のごとく、時間をかけて熟成された仕事の完成と言ってもいいだろう。

『カンパイ!日本酒に恋した女たち』より、かつては女人禁制といわれた酒蔵だが、100年以上続く広島の酒蔵を継いだ杜氏の今田美穂
『カンパイ!日本酒に恋した女たち』より、かつては女人禁制といわれた酒蔵だが、100年以上続く広島の酒蔵を継いだ杜氏の今田美穂

1作目と今作で、ともに大きな助けになったのが、クラウドファンディングだった。近年、何かのプロジェクトのために資金を募ることで一般的になったこのシステムを、比較的、早い段階で用いたことで、小西監督は『カンパイ!世界が恋する日本酒』の製作費のメドを立たせた。

「もちろん製作費の全額が、クラウドファンディングで集まったわけではありません。でもクラウドファンディングによって製作の開始にこぎつけられたのは事実で、その後、作り始めることで出資してくれる人が出てきたのです。自分で撮りたい題材があり、その題材の世界で好きな人を見つけ、映画を作りたい。そう強く感じたときに、クラウドファンディングは有効でしょう。1作目の成功によって安心して協力してくれる人がいて、2作目ではクラウドファンディングで集まった額も増えました」

外の世界に出る者、アウトサイダーに惹かれる

1作目に続き、2作目も日本酒がテーマのドキュメンタリー。しかしメインで登場する3人は、すべて女性だ。そこには、男性社会に風穴を開けるという“今日的”な意図も見え隠れするが……。

「1作目では、日本で日本酒に関わる2人の外国人、そしてもう1人は外国で日本酒の販路を築く日本人を見つめました。自分のフィールドの外に出て、成果を出したことに僕自身、魅力を感じたのです。今回もアウトサイダーという意識で、女性3人になったので、何かと最近叫ばれる多様性や、女性の進出とリンクしたのは偶然。むしろタイムリーでラッキーだったかも(笑)。監督としては、男目線に陥らず、女性が観て楽しめるという視点を心がけてみたのですが、どうですかね?」

『カンパイ!日本酒に恋した女たち』より、ニュージーランド出身で日本酒の魅力を世界に広げる日本酒コンサルタントのレベッカ・ウィルソンライ
『カンパイ!日本酒に恋した女たち』より、ニュージーランド出身で日本酒の魅力を世界に広げる日本酒コンサルタントのレベッカ・ウィルソンライ

1作目では撮ることに必死だった部分を、今回は課題としてクリアし、ドローンでの撮影など映像にもこだわりや余裕が感じられる、この2作目。しかし、HFPAでのジャーナリストとしての仕事と、こうして自分の映画を作り続けること。その両立には並々ならぬモチベーションと、時間のやりくりが必要だったはずだ。

「一年間に300回くらい、HFPA限定の貴重な記者会見があり、そこから僕らはどれに出るかチョイスすることができます。監督作に入ると、生活の7割くらいはその時間になり、残りで映画の試写や、取材での出張という割合でしょうか。HFPAとしての使命もあるので、どう並行させるかは今後も考えたいですね。ジャーナリストとドキュメンタリー監督の仕事には共通性もあります。取材したどの部分を使い、どんな導入にして、どうまとめるか。文章と映像という違いはあるにしても、意外に工程は似ているんです。ジャーナリストとしての取材経験が、自分の監督作品に客観的視点をもたらす部分もあるかもしれません」

この言葉どおり、たしかに小西監督の作品には、どこか冷静な視点が貫かれている。もともと日本酒が大好きだったわけではない、という彼の本音も納得してしまう。

「1作目を撮るとき、日本酒の知識は少なかったのですが、その分、日本酒が大好きな人には見えない視点もあったかと思います。そういう意味で、観る人への敷居は低くなっているかと。とはいえ、今回の『カンパイ!日本酒に恋した女たち』に登場する人たちは、現在の日本酒業界の最前線で活躍している人ですよ」

海外での日本酒ブームは、まだこれからではないか

近年、何かと海外での日本食ブームのニュースを目にすることも多く、日本酒の人気も急上昇していると信じる日本人も多い。しかし、各国も回りながら日本酒のドキュメンタリーを撮った小西監督は、その報道はやや過剰だと感じているようだ。

「もちろんフレンチレストランで日本酒を提供するなど、確実に広がりはあるけれど、日本でニュースになるほど『日本酒ブーム』が爆発的に起こっている実感はないですね。度数の高いものを熱燗で飲んで『舌がヤケドするお酒』だと思っている人もまだまだ多い。本当においしい日本酒がもっと広まれば、本格的ブームになる可能性はあると思います。そのために、海外に『紹介する』人材が求められているのではないでしょうか」

その意味では小西監督のドキュメンタリーも大きく貢献するはずで、ある種、「日本酒の伝道師」としての役割も果たしているのではないか。

監督自身、「観終わった後に、日本酒を飲みたくなる映画をめざした」と語るように、日本酒に関わる人たちに愛情を注いだこのドキュメンタリーが、世界中での日本酒の人気を底上げすることに期待したくなる。

『カンパイ!日本酒に恋した女たち』より、料理と日本酒のペアリングにいそしむ日本酒ソムリエの千葉麻里絵
『カンパイ!日本酒に恋した女たち』より、料理と日本酒のペアリングにいそしむ日本酒ソムリエの千葉麻里絵

『カンパイ!日本酒に恋した女たち』

4月27日(土)YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

配給:シンカ

(c) 2019 KAMPAI! SAKE SISTERS PRODUCTION COMMITTEE

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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