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偶然にしては多い? 同じテーマの映画が連続公開。合わせて観ることで、広がる喜びと知識

斉藤博昭映画ジャーナリスト
何かと話題の「多様性」のあり方について、この人の2本の映画を観れば理解が広がる(写真:ロイター/アフロ)

事件や人物など、映画は、ひとつの大きなテーマを描くものである。逆に考えれば、同じ事件や人物のテーマから、複数の映画が生まれるのは必然。とくに重大な事件や、描くに値する人物からは、いくつもの映画が誕生するのだが、意外に多いのは「同時期に作られ、公開される」というパターンである。たとえば日本映画でも「はやぶさ」の映画が立て続けに3作公開された例があった(2011年10月1日『はやぶさ/ HAYABUSA』、2012年2月11日『はやぶさ 遥かなる帰還』、2012年3月10日『おかえり、はやぶさ』)。

ドラマとドキュメンタリーの見事なシンクロ

作り手の視点や、描き方(ドラマかドキュメンタリーか、など)によって、同じ題材を扱っても多様な作品が生まれる。観客側としては、同じような作品を何本も観せられては困るが、まったく向き合い方の違う2作を観ることで、よりその題材に深くハマり、感動や興奮が、倍増どころか無限大に広がる可能性があるのだ。もちろん、映画を2本観るとなると、劇場の場合、それなりの入場料の負担もかかるが、「何かを知る」という意味で、ぜひ2作を合わせて観るべきというケースが、2019年のこれからの公開作では異様に目立つのである。

『ビリーブ 未来への大逆転』(c) 2018 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.
『ビリーブ 未来への大逆転』(c) 2018 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

まずは、ルース・ベイダー・ギンズバーグ。名前にピンとこないかもしれないが、その顔をニュースで目にしている人は多いだろう。今年の3月に86歳になったが、アメリカ合衆国最高裁判所の判事の一人。トランプも批判する(後に謝罪)などリベラルながら、冷静な判断と、差別をなくそうとする強靭な意思で、アメリカではサタデー・ナイト・ライブなどでもモノマネされるほど国民的人気を誇る。そのルースの法律家を目指した若き日から、性差別の「常識」を変えた裁判に挑む姿までを描いたのが『ビリーブ 未来への大逆転』(3/22公開)だ。ルースを演じたのは、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』でもヒロインを演じたフェリシティ・ジョーンズ。男女差別があからさまな大学院時代に始まり、すでに半世紀も前のことなのに、現在の状況につながる(昨年の医学部入試の点数操作発覚など)テーマに、ルースの生きざまが重なっていく。

『RBG 最強の85才』(c) Cable News Network. All rights reserved.
『RBG 最強の85才』(c) Cable News Network. All rights reserved.

そのルース本人の「今」をとらえたのが、ドキュメンタリー映画の『RBG 最強の85才』(5/10公開)。リベラルと言われながらも裁判官としていかに「中立」を守ってきたか。『ビリーブ』でも描かれた亡き夫マーティンとの真の関係や、80代でも続ける肉体トレーニング、保ち続ける好奇心、愛すべき性格、国民的人気の秘密を紐解いていく。今年のアカデミー賞でも長編ドキュメンタリー賞にノミネートされただけあって、素顔に迫る手さばきは見事。この2作、やや公開時期が空くが、『ビリーブ』でルースのターニングポイントを知り、現在の性差別に果たした功績に感動した後、『RBG』を観ることで、より真実として魂レベルが揺り動かされる。この「流れ」を経験できる、またとないチャンスなのである。

ブッシュのイラク侵攻の裏がよくわかる

同じように、ひとつの題材を両面から、しかも鋭くえぐり出す2作がある。こちらは、なんと日本での公開日が一週間というタイムラグ。まさに「合わせて」観るうえで最高のタイミングになっている。題材は、ブッシュ政権のイラク侵攻である。9.11同時多発テロの後、大量破壊兵器の存在を理由に、イラク戦争を始めたジョージ・W・ブッシュ大統領。結局、大量破壊兵器は見つからず、多くの命が失われただけだった。このイラク戦争開戦の経緯を、マスコミ側、ホワイトハウス側、それぞれから描いた2作が同時公開されるのだ。

『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(c) 2017 SHOCK AND AWE PRODUCTIONS, LLC.  ALL RIGHTS RESERVED.
『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(c) 2017 SHOCK AND AWE PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

マスコミ側の作品は『記者たち〜衝撃と畏怖(いふ)の真実〜』(3/29公開)で、ブッシュのイラク侵攻をそのまま正当化してニュースとして流し続けていたメディアの中で、唯一、大量破壊兵器の存在に疑問を抱いた新聞社「ナイト・リッダー」の記者たちの苦闘を描いていく。

そしてホワイトハウス側の作品は『バイス』(4/5公開)。こちらは、バイス・プレジデント(副大統領)のチェイニーら腹心たちが、言葉巧みにアホなブッシュをその気にさせ、イラク開戦を決意させる顛末が描かれる。大量破壊兵器は名目であり、イラクに侵攻することで利益を得る者がいたことを浮き彫りにしていくのだ。

『バイス』(c) 2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.
『バイス』(c) 2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

こうして書くと、2作ともガチな社会派作品のようであるが、『記者たち』は監督が『スタンド・バイ・ミー』のロブ・ライナーなので、主人公たちのやりとりも軽妙だったりしてエンタメ的な作り。『バイス』も基本はコメディで、映像や構成における遊び心で楽しませる。その斬新な仕上がりで今年のアカデミー賞でも作品賞候補となった。作品に「入り込みやすい」という共通点があり、しかも2作を観ることで、今となっては「歴史の汚点」となった事件を総括的に知ることができる。こちらも心から、両方を観てほしい「相似形」をなしているのだ。

舞台と氷上、そっくりなスターの作品

さらに今年は、ペアで観るべき同時期公開作品が多い。ともに事件から7年後に完成した、ノルウェーのテロを描いた『ウトヤ島、7月22日』(公開中)と『7月22日』(Netflixで配信中)は、前者は島での銃撃にフォーカスし、後者は事件後も追っていくスタイル。詳細はこちら

『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』(c) 2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS
『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』(c) 2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS

20世紀を代表するバレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフを主人公にした『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』(5/10公開)と、「スケート界のヌレエフ」と呼ばれた、イギリスのフィギュアスケート選手のドキュメンタリー『氷上の王、ジョン・カリー』(5/31公開)もある。ヌレエフも、ジョン・カリーもそれぞれの天職で、革新的な決断をしたことで知られるが、ともにエイズで亡くなったという共通点がある。このあたりはフレディ・マーキュリーとも重ねあわせることができ、多くの天才アーティストが志半ばでこの世を去った切なさが、改めて込み上げてくる。

『氷上の王、ジョン・カリー』(c) New Black Films Skating Limited 2018  (c) Dogwoof 2018
『氷上の王、ジョン・カリー』(c) New Black Films Skating Limited 2018 (c) Dogwoof 2018

また、ともにドラッグから抜け出せない若者と、その家族を描いた『ビューティフル・ボーイ』(4/12公開)と『ベン・イズ・バック』(5/24公開)は、前者がティモシー・シャラメ、後者がルーカス・ヘッジズと、ともにアカデミー賞ノミネニーの若手実力派スターの熱演が、ドラッグの深刻な危険を伝え、いま日本で話題となっている事件ともシンクロする。

これら2作の同時期公開は、それぞれの配給会社が「狙って」設定したわけではなく、たまたま重なったようである。しかしこの「たまたま」は、映画の観客が、そして社会が欲した時期だからこそ……である気もする。映画は、もちろん単に本数を観ることで多くの世界を知ることができるが、こうして一つの題材を複数の作品で体験することで、人生に大きな影響を与える可能性も秘めているのである。

『ビリーブ 未来への大逆転』

3月22日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー 配給:ギャガ

『RBG 最強の85才』

5月10日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開 配給:ファインフィルムズ

『記者たち~衝撃と畏怖(いふ)の真実~』

3月29日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー 配給:ツイン

『バイス』

4月5日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー 配給:ロングライド

『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』

5月10日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー 配給:キノフィルムズ

『氷上の王、ジョン・カリー』

5月31日(金) 新宿ピカデリー、東劇、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開 配給:アップリンク

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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