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オスカー2個のクリストフ・ヴァルツ「3つ目より欲しいもの」語る。監督準備作では、意外やSF作品も

斉藤博昭映画ジャーナリスト
目の前に座っているだけで独特のオーラを放つ名優クリストフ・ヴァルツ(撮影/筆者)

どれだけ最新のビジュアルを駆使したエンタメ大作であっても、俳優たちの薄っぺら感が目立っては、すべてが台無しになる。それを食い止めるのが、画面に登場するだけで作品全体を「締める」実力派の役割だ。

『イングロリアス・バスターズ』と『ジャンゴ 繋がれざる者』で、すでにアカデミー賞助演男優賞を2度受賞したクリストフ・ヴァルツは、まさしくそんな存在。日本のSFコミック「銃夢」をハリウッドで実写化した『アリータ:バトル・エンジェル』も、ヴァルツが現れるだけで、3Dで魅せる未来の世界に、さらに奥行きが加わるような錯覚をおぼえさせる。物語が、ひとまわり、ふたまわりも深くなっていく気にさせる。

『007 スペクター』で悪役を演じた際に、「どんな役でも、その人物の日常の感覚を考えて、再現することが重要」と話していたヴァルツ。『アリータ』では、クズ鉄の山から300年前のサイボーグの頭部を見つけ、新たな肉体に再生させるという、未来世界の「サイバー医師」イドを演じている。映画の冒頭に登場し、われわれ観客を引き込む重要な役回りだ。

「(インタビューが行われたホテルの窓から外を眺めながら)ここ東京にも、大病院の有名な院長から、小さな開業医までさまざまな医師がいるわけだよね。イドの場合、近所の患者の役に立つ『町医者』の日常がふさわしいと考えたんだ。もちろんサイボーグとかメカの知識はあるけど、あくまでも近所のお医者さんというイメージで演じたよ。未来の人間という点は、まったく意識しなかったね」

原作でモデルとなったイド・ダイスケは、ヴァルツの演じた役に比べれば、やや若いイメージ。しかしヴァルツが味わい深く表現することで、主人公アリータとの父娘愛もにじみ出るようになった(そこは製作のジェームズ・キャメロンの意図どおり)。

発見したサイボーグの頭部から、「アリータ」を誕生させるイド医師
発見したサイボーグの頭部から、「アリータ」を誕生させるイド医師

未知の風景が広がる『アリータ:バトル・エンジェル』で、グリーンスクリーンを使った合成も多かったのかと思いきや……。

「いや、グリーンスクリーンを使ったシーンもあるにはあったが、私が演技をしたセットは、すべて周りが『実物』だった。パフォーマンス・キャプチャーでCG化される(アリータ役の)ローサ・サラザールとも目の前で一緒に演技していたよ。共演者がいなくちゃ、演技もできないだろう? ただ作品のスケールは尋常じゃなくて、現場には最低でも500人はいたんじゃないかな。数えたわけじゃないけど」

こうしたSFアクション大作が、オスカー俳優の食指を動かすかどうかも聞いてみると(過去の出演作にはテリー・ギリアム監督の『ゼロの未来』などもある)、これまたちょっと意外な答えが返ってきた。

「映画のジャンルに興味があるかどうかは、俳優が口にするものじゃない。監督や脚本家が、そのジャンルを追求するわけだからね。私がSFに興味があるかどうかは、そのうちわかるよ。じつはここ何年間か、あるSFストーリーを自分で監督できないか、映画化権のオプションを狙っているところなんだ」

そう打ち明けながら、思わせぶりに微笑む、クリストフ・ヴァルツ。『アリータ:バトル・エンジェル』の後に、彼は映画監督デビューを果たしている。自身も主演し、アネット・ベニングらと共演しているその作品『ジョージタウン(原題)』について聞くと、またも彼は不敵な笑みを浮かべた。

初めての来日ということで、東京の街を見下ろして興味津々のクリストフ・ヴァルツ(撮影:筆者)
初めての来日ということで、東京の街を見下ろして興味津々のクリストフ・ヴァルツ(撮影:筆者)

「悪いけど、今の段階ではあまり話すことはない(どうやらパブリシストから『あまり話さないように!』とのお達しがあったよう)。満を持しての監督デビューかもしれないが、ヨーロッパで仕事をしていると、俳優から監督への転進が難しく、これまでのキャリアで積極的に映画監督への道を探していたわけじゃない。ハリウッドでは比較的、その転身が容易だとわかったのさ」

監督業ということで、これまで関わってきたフィルムメーカーで自身の目標となる人を聞くと、即座に「ロマン・ポランスキー」と断言。彼の下で演技をした『おとなのけんか』は、ヴァルツにとっても重要な作品になったようだ。

そして今、ハリウッドはアカデミー賞のシーズン。2つのオスカーを手にしたヴァルツは、映画界最高栄誉の像の重みをどう感じているのだろう。

「オスカーをもらってから、私が出演作を探す必要がなくなった。作り手側が私を追いかけるようになったのは、劇的な違いだね。エージェントに次々とオファーが舞い込むわけで、彼らの仕事もラクになったと思う。もちろん『オスカーなんて関係なく、ただ新たな作品にチャレンジし続けたい』と話す人の気持ちもよくわかるよ。私も本音ではそう言いたい。でも私は謙虚な性格だから、素直に感謝の気持ちを表現してしまうのさ」

では、さらに3つ目のオスカーが欲しいかと聞くと……。

「いや、もうひとつのオスカーより、もうひとつの新しい監督作の方を選ぶね」

どうやらこれからは「俳優クリストフ・ヴァルツ」以上に、「監督クリストフ・ヴァルツ」の動向に、映画ファンは注目した方が良さそうだ。

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『アリータ:バトル・エンジェル』

2月22日(金) 全国公開

配給:20世紀フォックス映画

(c) 2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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