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オスカーノミネート、スレスレ落選などサプライズの理由。そして冷静に考える『万引き家族』受賞の可能性

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ゴールデングローブ賞では候補入りしたティモシー・シャラメ(写真:ロイター/アフロ)

『万引き家族』や『未来のミライ』に加え、『ボヘミアン・ラプソディ』の作品賞など5部門と、日本でもそれなりに報道されたアカデミー賞のノミネート。ほぼ予想どおりの候補作品、候補者だったが、今年はサプライズも少なくなかった。

ティモシー・シャラメ

昨年、『君の名前で僕を呼んで』で主演男優賞にノミネート。今年は『ビューティフル・ボーイ』でゴールデングローブ賞など数多くの助演男優賞ノミネートを果たしながら、アカデミー賞では残念ながら候補入りできず。ドラッグに溺れ、何度もリハビリに努めようとしながら止められないという、アリ地獄にハマったような青年役を、徹底して切実に、これ以上ないほど痛々しく表現し、シンプルに演技だけで判断するなら、十分にノミネートの価値はあった。ただ、昨年の『君の名前で僕を呼んで』が作品賞候補になっていたように、出演作の他部門でのノミネート=作品自体の勢いも、演技賞を大きく左右する例になったと感じる。ティモシーくん、まだ23歳ということで今後何度も賞レースに加わるという判断もあったかもしれない。

トニ・コレット

アカデミー賞の演技賞ノミネートは、たまにサプライズが起こるのだが、今年は事前の予想で『へレディタリー/継承』のトニ・コレットが主演女優賞に滑るこむのでは、という記事も見受けられた。実際にゴッサム賞(インディペンデント映画が対象)や、シカゴ映画批評家協会賞などでトニ・コレットは主演女優賞に輝いていたので、ゴールデングローブではスルーされたとはいえ、十分にアカデミー賞でも候補圏内だった。しかし、サプライズでの候補入りは、『ROMA/ローマ』で映画初出演のヤリッツァ・アパリシオという結果。『ヘレディタリー』でのトニの「顔芸」は映画史に残る強烈さだと思うのだが……。やはりホラー映画での演技賞入りはハードルが高い。ここでも作品に勢いのある『ROMA/ローマ』に屈したかたち。

ボヘミアン・ラプソディ

この作品賞ノミネートは、なんらサプライズではない。しかし公開当初の評価では、まさかアカデミー賞作品賞にノミネートされるとは、誰も想像していなかった。しかし観客に愛された点で作品賞に押し上げられた、歓迎すべき好例だ。

映画批評サイト、ロッテントマトの数字で今年の作品賞ノミネート作品を順位づけすると

ブラックパンサー  97%

ROMA/ローマ  96%

ブラック・クランズマン  95%

女王陛下のお気に入り  93%

アリー/ スター誕生  90%

グリーンブック  82%

バイス  64%

ボヘミアン・ラプソディ  62%

と、批評家の満足度では『ボヘミアン』が最下位。しかし一般観客の数字だと

グリーンブック  94%

ボヘミアン・ラプソディ  89%

ROMA/ローマ  83%

ブラック・クランズマン  82%

アリー/ スター誕生  81%

ブラックパンサー  79%

女王陛下のお気に入り  62%

バイス  54%

と2位に位置しているのだ(数字は1/24現在)。一般の映画ファンとして『ボヘミアン』を応援したくなる気持ちもわかる。ゴールデングローブのように作品賞受賞は現実的には難しいだろうが、今年は本命不在なので何が起こるかわからない。

外国語映画の勢いがスゴい

最多10部門ノミネートの『ROMA/ローマ』は作品賞と外国語映画賞、両部門で受賞の可能性もある。(c) TIFF 2018
最多10部門ノミネートの『ROMA/ローマ』は作品賞と外国語映画賞、両部門で受賞の可能性もある。(c) TIFF 2018

そしてノミネート全般に目を向けると、サプライズといえるほど例年になく目立つのが「外国語映画」の存在感である。メキシコの『ROMA/ローマ』の作品賞ほか最多10部門ノミネートは、ある程度、想定できたが、ポーランドの『COLD WAR あの歌、2つの心』が監督賞ノミネートされたのは、今年の大きなサプライズ。さらにこの2作とドイツの『ネヴァー・ルック・アウェイ(原題)』の計3作が、撮影賞ノミネート。監督賞は2/5、撮影賞は3/5が外国語映画という異例事態になった。スウェーデン映画の『ボーダー(原題)』もメイク・ヘアスタイリング賞にノミネート。なんだか、ハリウッド作品のパワーが弱まったのか、より多様性を意識した結果なのか

受賞すれば、『おくりびと』以来、10年ぶりの快挙となる。(c) 2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
受賞すれば、『おくりびと』以来、10年ぶりの快挙となる。(c) 2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

いずれにしても、外国語映画賞は異例のハイレベルな争いである。韓国の『バーニング 劇場版』やデンマークの『THE GUILTY ギルティ』など有力作もノミネートを逃し、そこに『万引き家族』が残っているのは日本人にとって喜ばしい。しかし前述どおり、外国語映画賞には、他部門にもノミネートされた『ROMA/ローマ』、『COLD WAR あの歌、2つの心』、『ネヴァー・ルック・アウェイ』が並ぶ。そう考えると『万引き家族』の受賞には高いハードルがありそうだ。『ROMA/ローマ』は最多ノミネートということで作品賞本命の一本でもあり、投票者に「では外国語映画賞は他の作品に」という意識がはたらく可能性もあるが、その時点でも、『COLD WAR〜』や『ネヴァー・ルック・アウェイ』が有利かもしれない。しかし同2作の監督は過去に外国語映画賞を受賞済みでもある。一方で『万引き家族』のようにカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞して、そのままアカデミー賞外国語映画賞も受賞する例は少ない(過去10年では1作だけ)というデータもある。とはいえ前哨戦の賞レースでの実績は『万引き家族』も万全だったりする。つまり、やや不利な状況ではあるが、接戦を勝ち抜く可能性も秘めている、というのが正直なところ。

長編アニメーション賞には『未来のミライ』もノミネートされているが、こちらは『スパイダーマン:スパイダーバース』の受賞がほぼ鉄板と言われる。アカデミー賞授賞式は、2月24日(現地時間)に開催される。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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