Yahoo!ニュース

無念の死をとげたフィギュアスケーター、デニス・テンの思いは別の世界で再生。彼の脚本が映画化

斉藤博昭映画ジャーナリスト
平昌五輪でのデニス・テン。この数ヶ月後に亡くなるとは…(写真:エンリコ/アフロスポーツ)

今年の7月19日、カザフスタンのフィギュアスケート選手、デニス・テンが強盗にナイフで襲われ、命を落とした事件は、フィギュアファン以外にも大きな衝撃を与えた。2014年のソチ五輪で銅メダルを獲得し、平昌五輪ではSP27位でフリーに進めなかったものの、年齢は25歳で、まだまだ現役として続ける意志もあったので残念でならない。

カザフスタンのフィギュアスケート選手では初の五輪メダリストで、国民的英雄でもあるデニス・テン。葬儀には多くの国民が参列し、世界中のフィギュアスケート仲間の哀悼のコメントが身につまされたことも記憶に新しい。

そんなデニス・テンの思いが、映画になって復活すると、ロシアのニュースサイト「sport.business-gazeta」が報じた。

デニス・テンは映画の脚本を構想していた。彼は死の6日前に、自分の作品を映画会社による脚本コンテストに応募し、準入選(セミファイナル)のランクまで進んだことを明かしていた。7月14日、死の5日前に彼がインスタグラムに残したコメントによると、世界中から250本以上の応募があり、その中で準入選に残ったのは18本だったという。デニスの脚本の内容は、青年と聾(ろう)の少女とのラブストーリーだそうだ。

注目したいのは、コンテストを主催したのが、ティムール・ベクマンベトフの製作会社である点だ。映画ファンなら、その名前を耳にしたことがあるに違いない。最近では、今年の10月にも日本でも公開され、全編がPCの画面のみで展開すると話題になった『search/サーチ』のプロデューサーに名を連ねていた。同作の若き監督の、野心的企画にゴーサインを出したことで、ベクマンベトフはその手腕を高く評価された。

それ以前にもベクマンベトフは、アンジェリーナ・ジョリー主演の『ウォンテッド』(2008年)や、名作『ベン・ハー』のリメイク(2016年)など、監督としてもハリウッドでキャリアを積んだフィルムメーカー。さらにさかのぼれば、2004年、監督したロシア映画のダーク・ファンタジー大作『ナイト・ウォッチ』がロシア国内で異例の大ヒット。その評判が世界各国に広まり、同作は日本でも劇場公開された。

そしてベクマンベトフの祖国こそ、デニス・テンと同じ、カザフスタンなのである。

ベクマンベトフによると、スポンサーとの交渉で製作費に目処が立ち、映画化の最終判断を下すべく、デニス・テンの母親に会うためにカザフスタンに向かうという。そしてすぐさま撮影を開始し、2019年内の劇場公開をめざすそうだ。

フィギュアスケーターと映画の関係といえば、最近も『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』がアカデミー賞に絡んだり、『俺たちフィギュアスケーター』というコメディが話題をさらったりしつつ、長野五輪で金メダリストのイリヤ・クーリックが『センター・ステージ』という映画に俳優として出演するなど、さまざまなつながりがある。何より、「演じる」「肉体で表現する」という点で、フィギュアスケーターと俳優には共通部分が多い。当然のごとく映画音楽はフィギュアスケートのプログラムで多用され、デニス・テンも、アカデミー賞受賞作の『アーティスト』から、名作ミュージカル『雨に唄えば』、ジム・キャリーのコメディ『マスク』、さらに『イル・ポスティーノ』、『レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード』まで多様なサウンドトラックで滑っている。

氷上での彼のパフォーマンスを、もう目にすることはかなわない。しかし、デニス・テンが「表現したい」と強く思ったストーリーは、スクリーンの上で実現する可能性が高まった。ティムール・ベクマンベトフは少なくともプロデューサーとして参加するので、その仕上がりには期待していいだろう。先の7月14日のインスタグラムで、デニスは次のように喜びを表現している。

「人生では、アイデアを考えるのがいちばん好きだ。それによって、こうしてティムール・ベクマンベトフと知り合うという、驚くべきチャンスが巡ってくるのだから。なぜ、こうなったのかはわからない。でも僕のこの新しいアイデアは、人生の経験のための宝くじのようなものとなった」

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事