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私が現場に入ったとき、すでに監督の姿はなかった…。『ボヘミアン・ラプソディ』ヒロイン女優インタビュー

斉藤博昭映画ジャーナリスト
メアリー役のルーシー・ボイントンを中心に『ボヘミアン・ラプソディ』のキャストたち(写真:Shutterstock/アフロ)

11/9の公開で、週末にダントツの1位を記録し、その後も平日で満席の回が続出するなど大ヒットを続ける『ボヘミアン・ラプソディ』。リアルタイムでクイーンを知っている世代には劇場で号泣している姿も見受けられ、一方で若い世代にもクイーンの音楽の魅力が改めてアピールし、「絶対にもう一回観る」などリピーターを喚起させるSNSのコメントも相次いでいる。

こうして日本でも熱狂的に迎えられる作品として完成したのは、じつに感慨深い。監督のブライアン・シンガーが撮影の途中で降板したというニュースが流れたときは、しっかりとした作品になるかどうか、多くの映画関係者が半信半疑になったのも事実だからだ。残りの現場は、デクスター・フレッチャーが監督として指揮を任された。もともとフレッチャーは、フレディ・マーキュリー役をベン・ウィショーが演じる可能性があった段階で監督候補に上がっていたので、うってつけの人材だったと言える。完成直前にプロデューサーのグラハム・キングは「これほどの苦労を乗り越えた作品は初めてだった」と正直に告白している。全体の約2/3はブライアン・シンガーが撮り終えていたので、最終的に監督名は彼がクレジットされることになった。

ブライアン・メイが語ってくれたメアリーの素顔

撮影現場に混乱はなかったのか。『ボヘミアン・ラプソディ』で、フレディの恋人、そして親友として絆を育んだメアリー・オースティンを演じたルーシー・ボイントンに聞いてみると……。

「じつはブライアン(・シンガー)とは、ほとんどやりとりしていないの。私の出番は撮影の後半で、彼が現場を去った後だった。長く話すチャンスもなかったのよ」

フレディ・マーキュリーとメアリー・オースティンは、初めての出会いでおたがいに何かを感じ、急速に惹かれ合っていく
フレディ・マーキュリーとメアリー・オースティンは、初めての出会いでおたがいに何かを感じ、急速に惹かれ合っていく

作品を観ればわかるとおり、メアリーの登場シーンはかなり多い。いくら撮影スケジュールの後半とはいえ、フレディと彼女の関係は、作品のテーマにも大きく関わるほど重要で、この部分が後任監督に託されたのは、大きな賭けでもあっただろう。そしてヒロイン役のルーシーが、ブライアン・シンガーとの接触が少なかったという事実も、衝撃的である。

フレディ・マーキュリーはメアリー・オースティンと出会い、恋人関係を育むが、フレディがゲイであることを自覚。メアリーもその事実を受け止め、自身も新たな恋人を見つけ、子供を産みつつ、フレディの心の支えになり続けた。フレディの死後は、彼の邸宅であるガーデン・ロッジを引き継ぎ、住んでいたと言われている。

『ボヘミアン・ラプソディ』は、クイーンのメンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラーが全面協力。しかしメアリー・オースティンは一切、関与していない。ルーシー・ボイントンは、モデルとなる人物と直に会うことはかなわなかった。

「メアリーは絶対に公に出ない人で、今回のプロジェクトに関わりたくないというのは最初から知らされていた。直接会えなかったのは、たしかに残念。でもその分、ブライアン(・メイ)から、メアリーに関する愛情にあふれたエピソードをたっぷり聞かされたの。そして、メアリー自身のインタビュー映像や、フレディが彼女について話す映像も参考にした。そのうえで、現在はプライベートを大切にしているメアリーの過去に、土足で踏む込むことだけはしないように、慎重に演じたつもりよ」

監督のブライアン・シンガーもゲイであり、フレディとメアリーの関係については、彼ならではの演技指導も考えていたに違いない。しかしルーシー・ボイントンは、その演出を受けられず、自分なりのアプローチ、さらにブライアン・メイの助言を頼りにしたのだ。

ロンドンの市街地から離れた住宅地に、ひっそりとたたずむ、フレディの自宅「ガーデン・ロッジ」。もしかしたら今もメアリーが生活しているのだろうか……。(撮影/筆者)
ロンドンの市街地から離れた住宅地に、ひっそりとたたずむ、フレディの自宅「ガーデン・ロッジ」。もしかしたら今もメアリーが生活しているのだろうか……。(撮影/筆者)

映画の後半で何度か、孤独に苛まれるフレディ・マーキュリーが、一定の距離をおきながらもメアリーを慕う描写がある。そしてクライマックスのライブ・エイドで、舞台の袖からフレディの勇姿を見つめるメアリーの万感の表情は、今作の中でも感動を誘うポイントだろう。かつて愛し合った者同士に、もはやセクシュアリティの葛藤も超え、さらなる高いレベルの絆が発見されたのではないか。

「メアリーとフレディの関係は、すべてを超越した愛だと思う。世界の中で、心から信頼できる人を見つけることは、誰もができることじゃない。でもこの二人は、それを達成した。メアリー役を演じ、私自身も彼女のように強くあって、誰かの支えになる存在になりたいと感じた」

ルーシーは真剣な表情でそう語った。

引き継いだ監督の新作は、エルトン・ジョン!

『ボヘミアン・ラプソディ』は、じつはメアリーの客観的な目線が、観客の目線とかなり重なる効果もあり、監督の降板劇というゴタゴタにもかかわらず、作品としての根幹がキープされたと感じる。

ルーシー・ボイントンは、『シング・ストリート 未来へのうた』のヒロイン役に、オールスター共演の『オリエント急行殺人事件』、今回のメアリー役、そして来年1月18日、日本公開の『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』と、キャリアは絶好調だ。

最後に、『ボヘミアン・ラプソディ』での彼女にとっての「監督」であるデクスター・フレッチャーだが、今作には製作総指揮としてクレジットされることになった。1976年の『ダウンタウン物語』のベビーフェイス役など、子役から俳優として成長し、すでに3本の監督作もあるフレッチャーは現在、あのエルトン・ジョンの半生を描く『ロケットマン(原題)』を監督中である。フレディからエルトンへーー。『ボヘミアン・ラプソディ』の経験が存分に生かされるのは間違いない。

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『ボヘミアン・ラプソディ』

全国公開中

配給:20世紀フォックス映画

(c) 2018 Twentieth Century Fox

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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