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日本映画界が失ったものの大きさを実感する。2人の「有終の美」といえる作品が奇しくも同じ日に公開

斉藤博昭映画ジャーナリスト

この人の代わりに、この役を誰が演じられるのだろうか……。

日本の映画界で、そんな境地に達していた名優2人が、相次いでこの世を去った2018年。樹木希林さんと、大杉漣さん。彼らの最後の代表作と言ってもいい映画『日日是好日』(にちにちこれこうじつ)と『教誨師』(きょうかいし)が、偶然にも10月に入ってすぐ同時公開となる。厳密にいえば、最後に撮影した「遺作」ではない。『日日是好日』の後、樹木さんは自身のプロデュース作品『エリカ38』と、ドイツ人監督の作品『Cherry Blossoms & Demons(原題)』にも出演したものの、出番はそれほど多くないようだ。そして大杉漣さんも『教誨師』の後に複数のドラマや映画に出演しているが、大杉さんとしては異例の、そして最後の「主演作」が『教誨師』である。

『教誨師』は10月6日公開、『日日是好日』は10月13日公開だが、このほど『日日〜』が6〜8日の3日間、先行上映を行うことが決まり、奇しくも同日公開となったのである。

相手の名演技を「導く」、まさに真骨頂

大杉漣さんの『教誨師』は、彼おなじみの「バイプレイヤー」とは異なり、堂々の主演作。大杉さんのマネージャーの父が教誨師であることから、佐向大監督が本作のアイデアをひらめき、大杉さん自身もプロデューサーを務めた唯一の作品となった。

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教誨師とは、刑務者や少年院に収容された者の希望に応じ、仏教系やキリスト教系など、それぞれの宗教・宗派による対話や礼拝などを行う人のこと。今作で大杉さんが演じる佐伯保はプロテスタントの牧師で、6人の死刑囚との面会がつづられていく。饒舌な者、何を考えているかわからない者。強烈な個性の6人(とくに大阪のオバハン役の烏丸せつこは、NHK再現ドラマでの尼崎の連続殺人首謀者、角田美代子役以来の怪演!)に対し、教誨師として心に寄り添い、死刑への運命に安らかに立ち向かわせようとする佐伯。主演でありながら、聞き役として「受け」の演技が要求されるので、大杉さんの真骨頂が発揮される。

死刑囚たちの言動によって自分自身とも向き合い、葛藤する。その苦悶をきめ細やかに表現する大杉さんの姿には涙を禁じ得ない。現場ではアドリブも多かったという大杉さんだが、この佐伯役の受けの演技における的確な反応は、ちょっとした「境地」に達している。まさしく彼のキャリアの集大成。最後の主演作に、これほどまで完璧な役があっただろうか? 

悔やまれるのは、この映画にかけた思いがインタビュー記事で伝わらないこと。宣伝期間に、すでに大杉さんはこの世にいなかったのだから……。

遺言のような美しいセリフに涙する

そして樹木希林さんが『日日是好日』で演じるのは、茶道の師匠。黒木華が演じる主人公に、お茶を通して生き方を示唆する、まさに「人生の師」といった役どころだ。近作の『万引き家族』や『モリのいた場所』とは、まったく別人の凛とした上品なたたずまい。ふだんテレビなどで見る樹木さんとも違うその姿に、女優としての超人的な幅を実感できる。病による全身の痛みや疲れを感じさせることのない、穏やかな演技と美しい姿勢は驚異的だ。

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何より、この師匠のセリフが、樹木さんの遺言のように感じられて胸が締めつけられる。

重たいものは軽々と、軽いものは重々しく持ちなさい

『形』を作っておいて、その入れ物に後から『心』が入るもの

そのうち手が勝手に動くようになります

これらは樹木さんの生涯の仕事であった「演じること」への悟りのようでもある。そして主人公との十年以上もの時を経て、弟子たちに伝えるのは、「もう会えないかもしれない」という、いつ人生が終わるかわからない寂寥の思い。改めて樹木さんのセリフひとつひとつを噛みしめながら観るべき作品となった。

この『日日是好日』は、『さよなら渓谷』『まほろ駅前多田便利軒』『セトウツミ』などの大森立嗣監督にとっても新境地の一本。

樹木希林。

大杉漣。

日本映画界でも「唯一無二」と呼んでもいい存在がこの世から消えてしまった2018年だが、こうして美しく光り輝く秀作と、2人の最高級の演技を観られることは、われわれにとってこの上ない幸福でもある。

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『教誨師』(きょうかいし)

10月6日(土)より、有楽町スバル座、池袋シネマ・ロサほかにて全国順次公開

配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム

(c)「教誨師」members

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『日日是好日』(にちにちこれこうじつ)

10/13(土)より、シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、イオンシネマほかにて全国ロードショー

10/6(土)、7(日)、8(月・祝)先行上映

配給:東京テアトル、ヨアケ

(c) 2018「日日是好日」製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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