Yahoo!ニュース

トロント観客賞でアカデミー賞に名乗りを上げた『グリーンブック』は、こんな映画。ヴィゴも主演男優賞か?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
トロントのプレミア上映に現れたヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリら(写真:Shutterstock/アフロ)

上映中は、あちこちで爆笑に次ぐ爆笑。そしてポイントのシーンでは場内が固唾をのんで主人公たちを見守り、クレジットが流れた瞬間、満場の拍手喝采で包まれた。2018年、第43回トロント国際映画祭で観客から最も愛されたのが、『グリーンブック(原題)』だと、その瞬間、実感した。そして実感は、最高賞である観客賞(ピープルズ・チョイス・アワード)受賞という現実のものになった。

確実に観客に愛された作品だった

当初、『グリーンブック』はあまり話題に上らなかった。昨年の観客賞の『スリー・ビルボード』や一昨年の『ラ・ラ・ランド』は直前のヴェネチア国際映画祭でお披露目され、その評判がトロントにも受け継がれる流れがあったが、『グリーンブック』はトロントがワールドプレミアということでノーマーク。しかし映画祭の後半、あちこちで「『グリーンブック』観た?」という声が頻繁に聞こえ、その評判は口コミで拡散していく感じでもった。

トロント国際映画祭で観客賞を受賞した作品が、その後の映画賞レース、アカデミー賞でも中心となる流れは現在、「常識」となっている。とくにここ10年くらいは“鉄板”レベルで、以下、観客賞受賞作とアカデミー賞の結果をたどると……

2008年『スラムドッグ$ミリオネア』 →作品賞など10ノミネート、作品賞など8部門受賞

2009年『プレシャス』 →作品賞など6ノミネート、2部門受賞

2010年『英国王のスピーチ』 →作品賞など12ノミネート、作品賞など4部門受賞

2011年『Et maintenant, on va ou?』 →アカデミー賞に関係ナシ

2012年『世界にひとつのプレイブック』 →作品賞など8ノミネート、1部門受賞

2013年『それでも夜は明ける』 →作品賞など9ノミネート、作品賞など3部門受賞

2014年『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』 →作品賞など8ノミネート、1部門受賞

2015年『ルーム』 →作品賞など4ノミネート、1部門受賞

2016年『ラ・ラ・ランド』 →作品賞など14ノミネート、6部門受賞

2017年『スリー・ビルボード』 →作品賞など7ノミネート、2部門受賞

10作中、9作がアカデミー賞作品賞にノミネートされ、3作が作品賞に輝いている。しかも過去2年の『ラ・ラ・ランド』や『スリー・ビルボード』は最後まで作品賞の有力として争った。

今年、その観客賞を受賞したのが『グリーンブック』なのである。では、どんな作品なのか?

(c) TIFF
(c) TIFF

タイトルの「グリーンブック」とは、1930〜60年代に、自動車でアメリカを旅するアフリカ系アメリカ人(黒人)にとって必携のガイドブックのこと。彼らが立ち寄ることが可能なレストランやガソリンスタンド、宿泊可能な場所が記されている。

今作の舞台は1962年で、実話の映画化。ヴィゴ・モーテンセンが演じる主人公のトニーはNYに暮らすイタリア系だが、人種差別の意識も強い男。そんな彼が運転手の仕事を引き受ける。雇い主は、これからアメリカ南部をツアーで回るピアニストで、黒人のドクター・シャーリー。演じるのは『ムーンライト』でアカデミー賞助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリ。労働者階級の、いわゆる無頼漢のトニーと、一流ミュージシャンで裕福、育ちもいいシャーリー(自宅はカーネギー・ホールの上階にある!)は当然のごとく価値観や考え方も真逆で、そのギャップから2人の旅は珍道中と化し、あまりのテンポの良さが観る者を引き込んでいく。

ヴィゴ・モーテンセンの主演男優賞が見えてきた

しかし黒人差別が露骨な地域に入ると、高級ホテルでライブのゲストとして歓待されるシャーリーもホテル内のトイレは使えないなど、あからさまな差別を受け、その不条理を許せないトニーは持ち前の豪快さでシャーリーを守る行動にも出る。やがて二人の絆は深いものに……と、ロードムービーとしてはある程度、想定内なのだが、この作品の場合、道中で起こる数々の事件が、その絆を育む過程に奇跡的なレベルでマッチしているのだ。

トロント国際映画祭で集まったファンに応えるヴィゴ・モーテンセン (c) TIFF
トロント国際映画祭で集まったファンに応えるヴィゴ・モーテンセン (c) TIFF

何より、価値観の違う主人公二人を演じるヴィゴとマハーシャラの掛け合いに、心をつかまれない観客はいないだろう。互いに相容れない役で「キャラ立ち」しているのはもちろん、セリフの内容を含め、タイミングやトーン、表情まで、これ以上完璧な演技は、年に何度も出会えるものではない。それゆえ、上映中の会場でもドカンドカンという勢いで笑いが起こっていたのだ。とくにヴィゴの無頼ぶりや、心情の変化の表現は彼のキャリアでも最高で、このまま主演男優賞レースのトップランナーになるのではないか。マハーシャラの2度目の助演男優賞も十分、可能性がある。

この幸せな後味は、映画の真髄

監督はピーター・ファレリー。あの『メリーに首ったけ』など、オバカで下品なネタも満載のコメディが得意な、ファレリー兄弟監督の兄である。『グリーンブック』では持ち味のコメディセンスを発揮しつつ、人種問題のテーマに鋭く、そして軽やかに切り込み、笑いと心地よさを観客にもたらすことに成功した。感動を与えるシーンの演出もあざとくなく、心にジワリとしみる匙加減。まさに観客賞にふさわしい仕上がりだと言える。

もちろんこれからライバルの他作品が登場して、賞レースはまだまだ予測不能である。しかし今回の観客賞受賞、そしてテーマ性とエンタメ映画としての質の高さの見事な融合によって『グリーンブック』は作品賞候補が確実視され、とくにゴールデングローブ賞のコメディ/ミュージカル部門では最有力となった。そして、ヴィゴ・モーテンセンのアカデミー賞主演男優賞が見えてきたと、断言したい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事