Yahoo!ニュース

この愛くるしい姿も地球温暖化で消える…。トランプに真っ向から反論。皇帝ペンギンを追う監督が語る

斉藤博昭映画ジャーナリスト

 今年の夏はアニメ『ペンギン・ハイウェイ』が公開され、続いて『皇帝ペンギン ただいま』もスクリーンに登場と、ちょっとしたペンギンブームだが、皇帝ペンギンの映画といえば記憶に残っている人も多いはず。今から13年前の2005年、タイトルもそのままの『皇帝ペンギン』というドキュメンタリー映画が日本で話題となり、世界では2500万人も動員する大ヒットを記録した。

映画の最高の題材であるペンギン。しかし南極の現実は…

 同作のリュック・ジャケ監督が、再び皇帝ペンギンを題材に新作を完成させた。なぜ同じテーマにわざわざアプローチしたのか。もちろん前作から現在の間に、他の題材で作品を世に送り出してきたジャケ監督だが、改めて皇帝ペンギンの元へ戻ったことには、強い意図があったからだという。来日したリュック・ジャケは次のように語り始めた。

「理由は3つあるんだ。まず1つめは、皇帝ペンギンが、映画が要求することに応えてくれる動物であること。知れば知るほど彼らを撮りたい欲求が強くなったんだ。2つめは、前作の『皇帝ペンギン』では水中の様子を撮影することができずフラストレーションが溜まったこと。今回は、それを可能にするダイバーの撮影チームと出会えた。そして3つめなんだけど、2015年、地球温暖化が話し合われるCOP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)に合わせて、この目で南極の実態を確かめる必要があると思ったこと。それが大きな理由だよ」

リュック・ジャケ監督
リュック・ジャケ監督

前作『皇帝ペンギン』で、南極の越冬基地で14ヶ月過ごしたのをはじめ、これまで何度も南極を訪れているリュック・ジャケ。そんな彼にとっても2015年の訪問はショックだったようだ。

「これまで15回ほど南極に行ったが、南極の気候が温暖化しているのは明らかだった。ある場所で雨が降っているのを初めて目にしたときは、本当に驚いたよ。皇帝ペンギンのヒナは綿毛に覆われているんだけれど、彼らの皮膚は防水機能がない。だから雨に濡れると、その後の寒さに耐えきれずに凍死してしまうんだ。雨が降ると、皇帝ペンギンのヒナの8割が命をおとす。アデリーペンギンにいたっては、その確率が100%だそうで、南極の気温が1〜2度上昇しただけで、生態系が大きく変わるんだ。ある科学者によると、皇帝ペンギンは50年以内に絶滅するという」

 近い将来、皇帝ペンギンは南極から姿を消すーー。これはちょっとショックな話だ。ジャケ監督が彼らの姿を映像に収める切迫性も納得できる。今回の『皇帝ペンギン ただいま』は、産卵から、ヒナを守って120日間も飲まず食わずで立ちつくす最長老の父ペンギン、天敵との闘い、そしてヒナの自立までが、ときに生々しく、ときに美しく、そしてモフモフに癒されまくる映像で展開していく。驚くのは、明らかにクルーがペンギンたちに近づいて撮影している点だ。

画像

「人間が南極に頻繁に行くようになったのが、1950年頃。それから現在まで、ペンギンたちは人間が危害を加える相手ではないと学習してきた。むしろ彼らの方から近寄ってくるくらいだ。繁殖の時期になると、それぞれのパートナーを探すのだが、見つからない場合、僕らの方に寄ってきたりする。僕が初めて南極で彼らに出会ったのが23歳のとき。いま50歳なので人生の半分以上のつきあいになる。会うたびにその魅力の虜になる感じだ。そのフォルムや動きの美しさ、そして僕らに対する態度……」

トランプの「空想」は断じて許せない

 ペンギンたちを心底、愛おしむようにそう語る、リュック・ジャケ監督。だからこそ、彼らの絶滅を早める地球温暖化と、それを無視するアメリカのトランプ政権に対しては、批判が止まらなくなる。

「地球温暖化に懐疑的なトランプの論調に、僕は断固として反論したい。この『皇帝ペンギン ただいま』の前に撮った『LA GLACE ET LE CIEL(氷と空)』は、ある氷河学者が、地球環境を歪める人間社会を論理的に告発するドキュメンタリーだった。その論理に従えば、トランプの主張は殺人的とも言える。これまでの科学的な知識が、彼によって覆されるのは許せない。まるっきり現実にそぐわない空想によって科学を断罪する態度を、僕は黙って見ていることができない」

 今年の5月にも、トランプ政権は、NASAの地球温暖化ガスを調査する予算を削減するなど、COP21で採択されたパリ協定からの離脱の意向を変える様子が見られない。皇帝ペンギンを含め、多くの種が絶滅へ向かう動きは止められないのか……。そんな現実を見据えながら、リュック・ジャケ監督の『皇帝ペンギン ただいま』を観ると、地球の未来についてさまざまな思いが去来することだろう。

画像

『皇帝ペンギン ただいま』

8月25日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA、新宿シネマカリテ他、全国順次ロードショー

配給/ハピネット

(c) BONNE PIOCHE CINEMA- PAPRIKA FILMS- 2016- Photo : (c) Daisy Gilardini

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事