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今年のカンヌでコンペを競う日本の2作は、どんな映画か。おなじみの監督と気鋭の才能がぶつかる

斉藤博昭映画ジャーナリスト
国際映画祭で人気の是枝裕和監督の新作『万引き家族』は念願のパルム・ドールなるか?

5月8日に開幕する第71回カンヌ国際映画祭。今年のコンペティションには日本映画が2本入っているので、例年以上に賞の行方に注目が集まりそうだ。日本映画のコンペ入りは、2017年は1本(河瀬直美監督『光』)、2016年はゼロ、2015年は1本(是枝裕和監督『海街diary』)、2014年は1本(河瀬直美監督『2つ目の窓』)だったので、2本というのは2013年以来(是枝裕和監督『そして父になる』と三池崇史監督『藁の盾』)、5年ぶりとなる。受賞の期待も高まる。

今年のその2本は、是枝裕和監督の『万引き家族』と濱口竜介監督の『寝ても覚めても』。

集大成と新境地を感じさせ、巨匠の域に突入する是枝監督

まずカンヌの「常連」ともいえる是枝監督。今回も『万引き家族』がカンヌの直後(6/8)に劇場公開という完璧なスケジューリングである。カンヌのコンペ入りは想定内なのだ。是枝作品は近年、『三度目の殺人』が8/30開幕のヴェネチア国際映画祭のコンペ→9/9公開、『海よりもまだ深く』が5/11開幕のカンヌ「ある視点」で上映→5/21公開、『海街diary』が5/13開幕のカンヌのコンペ→6/13公開と、完全に映画祭の時期を意識して日本公開日が決められている。言い換えれば、それだけ重要映画祭でのコンペ入りに自信があるということだ。

この『万引き家族』は是枝監督の過去の映画のエッセンスがあちこちに感じられる、いわゆる「集大成」的な作品だ。逆に言えば、一言で作品の魅力を語るのは難しい。

足りない生活用品や食料を万引きで手に入れてくる父子を中心に、血縁関係のないメンバーもいる家族。彼らの日常が、どこかぎこちない展開で始まるのだが、その「ぎこちなさ」こそが家族を表現するという、なかなかの高等テクニックの演出でじわじわと引き込んでいく。

過去の是枝作品で最もシンクロするのは『誰も知らない』で、特殊な環境下にいる家族の日常と、子役たちの奇跡的にリアルな演技を重ねずにはいられない。そこに、他の作品にさまざまな形で提示された家族関係の断片が生かされるうえ、現代日本社会の切実な問題も浮き彫りにする。タイトルの響きから感じられるコミカルな要素も盛り込まれ、大人向けの過激な描写もあり……と、なんだか盛りだくさんの魅力だが、それらを多面的に結びつけた物語に、リリー・フランキー、樹木希林という是枝作品でおなじみのキャストに、安定感の安藤サクラ、大胆さの松岡茉優が新たなフレーバーを注ぐ。

過去の作品と比べたとき、これが是枝監督の最高傑作かどうかは判断が分かれるかもしれない。しかし、住居の汚れまで徹底した美術など、ある種、匠の域が感じられるのは事実。すでに『そして父になる』で審査員賞を受賞した実績があるので、念願である最高賞のパルム・ドールを期待してもいい気がする。

何気ない会話にもゾクゾクする演出と、東出2役の絶妙効果

そしてもう一本の『寝ても覚めても』は、対照的に初カンヌとなる濱口竜介監督の作品である。世界三大映画祭に初めて出品し、いきなりカンヌのコンペに入った。

運命の人だった相手が予告もなくいなくなり、そっくりの人が現れる『寝ても覚めても』。新たなる才能の出現にカンヌの反応は?
運命の人だった相手が予告もなくいなくなり、そっくりの人が現れる『寝ても覚めても』。新たなる才能の出現にカンヌの反応は?

柴崎友香の同名小説を映画化。運命の人だと思った相手が突然、目の前から姿を消し、数年後、その相手とそっくりの男性と出会う。ストーリーは誰でも入り込みやすいシンプルなもの。悪く言えば、よくある話なのだが、濱口監督は前作『ハッピーアワー』でも評価されたように、登場人物たちのナチュラルで何気ない会話を、ときに可笑しく、ときにスリリングに演出し、観る者の心をざわめかせる。そのテクニックがすばらしい。

ヒロインに絡む二人の男は、小説で「そっくり」と文字で書かれても、どれくらい似ているか判然としないが、映画で東出昌大が一人二役で演じることで、ほぼ同一人物のようになり、ヒロインの心情がより理解できる。映画化に際して余計になりそうな原作の人物、エピソードの外し方も的確で、逆に映画的になる描写を新たに加え、まさに小説映画化の見本となったと言える。原作は2010年に出版されたが、その後に起こった東日本大震災を盛り込み、「現在の映画」に仕立てたことも注目に値する。

感情をあらわに出す演技が得意ではない(ように見える)東出昌大は、濱口監督の演出には見事に溶け込み、ヒロイン役、唐田えりかも、ややセリフの表現に物足りなさもあるが、カンヌで字幕で観る人には問題ないだろう。今作は人間の恐ろしい本能も抉り出すラブストーリーではあるが、コンペの錚々たるライバルを眺めると、作品としての受賞は難しいかもしれない。むしろ独特のムードで二役を演じた東出に、男優賞のチャンスが……というのは期待しすぎだろうか? 『誰も知らない』で当時14歳の史上最年少で柳楽優弥が男優賞に輝いた過去がよみがえる。

8日に開幕したカンヌ国際映画祭は、19日に最終日を迎え、各賞が発表される。

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『万引き家族』

6月8日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

(c) 2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

配給:ギャガ

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『寝ても覚めても』

9月1日(土)より、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国ロードショー

(c) 2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINEMAS

配給:ビターズ・エンド、エレファントハウス

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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