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命をかけて真実を伝える。ジャーナリズムを描く映画が目立つのは、やはり世界情勢の反映か

斉藤博昭映画ジャーナリスト
一般市民たちがジャーナリストとしての使命を貫く『ラッカは静かに虐殺されている』

現在、日本では『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』が堅調なヒットを続けている。スティーヴン・スピルバーグ監督なので娯楽作としての見ごたえも備えているが、やはり「時代が求める作品」という印象が濃厚だからだろう。

1970年代、ニクソン政権下で国民には絶対に知られたくない重要機密を、マスコミが報道するかどうか。今作で描かれるその葛藤は、このところ国内外で話題となっている、報道の自由やフェイクニュースのトピックと否が応でも重なり、タイムリーなテーマとして観客を引きつけているのは間違いない。

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』ワシントン・ポストはホワイトハウスの圧力に屈せず、報道の自由を選択しようとする
『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』ワシントン・ポストはホワイトハウスの圧力に屈せず、報道の自由を選択しようとする

一国の政府として、すべての情報を開示できない状況は当然のこと。しかし、国民にとって「知る権利」がどんどん失われ、誤ったニュースを信じ込まされる危機感は、いま世界中にじわじわと広がっている。だからこそ、その現状を打破しようとする動きも強まる。トランプ政権の誕生で、スピルバーグがこの『ペンタゴン・ペーパーズ』を速攻で仕上げたことも、この流れを端的に示すことになった。

シリアの“現実”はどうなっているのか

そのトランプ政権が先日、シリアに向けて攻撃したことで、注目度が高まったのがドキュメンタリー映画『ラッカは静かに虐殺されている』。公開規模は小さいものの、平日の昼の回も満席が出るなど、シリア情勢への関心が集客につながっている。そしてこの作品もまた、『ペンタゴン・ペーパーズ』と同じく、現実を世界に伝えるというジャーナリスト精神が、究極の状況で描かれているのだ。ISに支配されたシリアの都市ラッカの惨状を伝えるショッキングな映像に背筋が凍るのだが、最大のテーマは、それをジャーナリストではなく、一般市民の勇士たちが世界に発信しようとする苦闘だ。

当然、IS側が黙っているわけはない。現地のラッカで実態を密かに発信する者。国外に脱出してその発信を受け取り、ニュースで流す者。彼らすべての命が狙われる。家族や仲間が犠牲となる、じつに衝撃的な展開もあるのだが、それでもISに屈しない彼らの姿は、究極のジャーナリズム精神を体現する。

彼らにとって、真実を伝えることが「人生」となるわけで、命がけの覚悟が、われわれ観客の心をわしづかみする。

この作品に接することで、アメリカなどによるシリア攻撃、そしてアサド政権の実情など、ニュースの見方も変わってくることだろう。

ここでも真実は隠されようとした

そしてもう一本、ジャーナリズム精神を強烈に訴える作品が公開される。韓国の『タクシー運転手 約束は海を越えて』だ。

1980年、韓国の光州で大規模なデモが起こり。暴徒とみなされた一般市民に、軍が銃撃を浴びせた光州事件。多くの犠牲者が出ていたのだが、光州は完全に封鎖され、当初はクーデターを軍が鎮圧したかのような新聞報道がなされていた。しかし実態は、軍による市民の虐殺といった面もあり、韓国の歴史でも惨たらしい事件として記録されている。筆者も光州で事件の資料を集めた「5.18記念センター」を訪ねたが、あまりに生々しい展示物に背筋が凍るほどだった。

『タクシー運転手』ソン・ガンホが演じる主人公の運転手も、ジャーナリズムにめざめていく。その過程が感動的
『タクシー運転手』ソン・ガンホが演じる主人公の運転手も、ジャーナリズムにめざめていく。その過程が感動的

映画の中には、現地・光州の新聞記者たちが事実を報道しようとするも、新聞社の上層部が新聞の印刷機を止めるシーンが出てくる。『ペンタゴン・ペーパーズ』と重ねずにはいられない。

この『タクシー運転手』は、実在したドイツ人ジャーナリストが、ソウルからタクシーで光州に向かい、真実を世界に報道しようとする苦闘が描かれる。光州の市民ではなく、外部の視点によって、われわれ観客も事件の渦に巻き込まれていく作りだ。やがて光州の人々も、真実を伝えてもらうべく自己犠牲の行動をとるようになる。この展開は、『ラッカは静かに虐殺されている』と似ており、一般の人々も真実を受け取るべきだという、ジャーナリズムにつながっていく。映画としての脚色もあるだろうが、ひじょうに胸を揺さぶるストーリーで、韓国では1200万人の観客を集め、2017年最大のヒット作となった。

近年、社会派の骨太なテーマをもつ作品が、なかなか話題にならない日本映画。政府とマスコミの関係や、言論の自由などが大きなうねりとして話題になりつつある時代に、ジャーナリズムを描いた作品が現れることを望みたい。外国の作品を観るにつけ、その思いは募る。

『ラッカは静かに虐殺されている』

アップリンク渋谷、ポレポレ東中野ほか公開中、全国順次公開 配給/アップリンク

(c) 2017 A&E TELEVISION NETWORKS, LLC AND SUNSET PRODUCTIONS LLC

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』

全国公開中 配給/東宝東和

(c) Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

『タクシー運転手 約束は海を越えて』

4月21日(土)より、シネマート新宿ほか全国公開 配給/クロックワークス

(c) 2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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