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ロシアスパイ、森友問題…。現実のトピックと公開映画が重なる偶然。その重なりが作品を面白くする

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ロシアのスパイにはこんな実情が…と感じずにはいられない『レッド・スパロー』

映画の劇場公開タイミングは、さまざまな偶然が重なることもある。かといって、そのタイミングを「狙う」のは難しい。

たとえば『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』は、フィギュアスケートのトーニャ・ハーディング事件を描いているので、平昌オリンピックに近い時期に公開されれば、より話題になったかも……と考えてしまう。しかし劇場ブッキングや、宣伝期間など多くの事情が考慮され、オリンピックからしばらく時間を経た5月の日本公開が決まった。多くの場合、現実のトピックと時期を合わせて公開を決めることは不可能であり、むしろ現実の事件の影響を受け、公開延期や中止が余儀なくされるケースもある。

逆に、現実の事件と映画の公開が偶然にリンクしてしまうことがある。その場合、事件を考えながら映画を観ることで、さまざまなイマジネーションが広がり、よりストーリーを身近に感じるという、思わぬ効果が生まれることにもなる。

今週末(3/30)公開では、そんな映画が重なった。

まずは『レッド・スパロー

衝撃のスパイ事件には、元CIAが書いたリアリティも

3月4日、イギリスで発生した元ロシア情報将校の暗殺未遂事件。ロシア製の神経剤が使われたとされる異常な事件で、ロシア情報機関の関与が取りざたされ、これをきっかけにイギリスがロシア外交官を追放。アメリカやEUの各国がロシア外交官の国外追放を検討するなど、大きな国際問題になっている。

『レッド・スパロー』は、ロシアの情報機関で訓練を受け、スパイとなった主人公の「暗躍」を描いている。あのKGBを思わせる「ロシア情報庁」の指示で、アメリカのCIA捜査官とも接触する女スパイの攻防はフィクションであり、過剰にセンセーショナルな部分もあるのだが、原作者が元CIAということで、ロシアスパイとCIAの駆け引きなど細部がやたらと生々しい。かなり巧妙な裏テクも出てきたりして、おそらく実際の工作活動がヒントになっていると思われる。

『レッド・スパロー』で主人公の最大の武器は、ハニートラップ。つまり相手を誘惑し、情報を引き出すわけで、そのための訓練が想像を超えた描写で展開されていく。相手の欲望を操るテクニックだけでなく、自分の欲望もコントロールするその訓練や、その後、主人公が現場で駆使するハニートラップ術には、はっきり言って突拍子もない描写や、目を覆うような衝撃の拷問シーンなどもある。しかしイギリスでの暗殺事件を重ねることで、「ありえなさ」が現実味を帯びてくるのだ。

『レッド・スパロー』は、主人公がアメリカとロシア両大国の板挟みに遭いながら、その大国を手玉に取る策略にも出る。トランプ政権とロシアの裏の関係が騒がれている、いわゆる「ロシアゲート」も脳裏にちらつき、タイムリーな側面が偶然にも浮き上がってくる作品だ。

そして同じ3/30公開の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書

この機密文書は改ざんされてないはず!? 『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』
この機密文書は改ざんされてないはず!? 『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』

こちらは現在、日本で最大のトピックである森友文書改ざん問題と、必然的にリンクしてしまう。同作はスティーヴン・スピルバーグの監督作で、1970年代、ニクソン政権下で「機密」扱いになっていたベトナム戦争に関する政府の文書を、ワシントン・ポスト紙がスクープとしてリークするかどうか、葛藤するドラマを描いている。もちろん実話だ。朝日新聞による今回の森友スクープと重ねずにはいられない。

「何が行われたのか」を知る権利を守るために…

この機密文書には、アメリカ兵士の犠牲者がどんどん増えているにもかかわらず、敗北を認めたくない「大義」のためにベトナム戦争から撤退しなかったアメリカ政府の意志が記されており、公になれば政府にとって大打撃となる。ワシントン・ポストは、リークされた文書の真実味を検証したうえで、紙面掲載を決意するが、当然のごとくホワイトハウスは圧力をかけてくる。ジャーナリストとしての「報道の自由」、いや「報道の責務」の精神と、国から脅威を受ける会社。そのジレンマは、現在、日本の国会で答弁が行われている問題と重ねることで、より身近に迫ってくることだろう。「何が正しい」かはもちろんだが、「実際に何が行われていたのか」を知る権利は、民主主義国家の人々にとって重要なのだと、『ペンタゴン・ペーパーズ〜』は再認識させてくれるのだ。

この映画、アカデミー賞作品賞にもノミネートされ、もう少し早い時期の日本公開の可能性があったかもしれない。しかしこのタイミングで公開されることで、偶然ながら観客への訴求力が強まった気もする。

同じく3/30には『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』も公開。一国のリーダーとしてのチャーチル首相の「ある決断」に、トランプ大統領や安倍首相の言動を比較したくなるかもしれない。こちらは特に「現時点」とのリンクではないものの、『ペンタゴン・ペーパーズ〜』と森友問題の延長で観ることで、また違った受け止め方ができるはず。

時代と偶然にもリンクする。それも映画のマジックのひとつなのだ。

ゲイリー・オールドマンがアカデミー賞主演男優賞を受賞した『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
ゲイリー・オールドマンがアカデミー賞主演男優賞を受賞した『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』

『レッド・スパロー』

3月30日(金)、全国ロードショー 配給/20世紀フォックス映画

(c) 2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』

3月30日(金)、全国ロードショー 配給/東宝東和

(c) Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』

3月30日(金)、全国ロードショー 配給/ビターズ・エンド

(c) 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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