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オツムが足りないトランプ、早く失脚せよ! ウォーターゲート事件の告発者を描いた監督、吠える

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ザ・シークレットマン』のランデズマン監督(写真提供/クロックワークス)

アメリカ合衆国でドナルド・トランプ政権が誕生して1年あまり。ハリウッドにおける現大統領批判は最近やや沈静化しているようにも感じられるが、先日、新作『ザ・シークレットマン』の公開に合わせて来日した、同作のピーター・ランデズマン監督は、歯に衣着せぬ、まくし立てるような口調でトランプを批判した。

「トランプは完全にオツムが足りない人物だ(英語でretardedと表現)。そんな表現すら甘いほどだよ。彼がテレビに出てくるたびに、どこかを脱走した問題児の弟が暴走行為を始めてるようで、毎回ヒヤヒヤする。政治がエンターテイメントになってしまった」

ランデズマンがこう語るのも無理はない。彼の新作『ザ・シークレットマン』は、1974年にアメリカのニクソン大統領を任期中に辞任に追い込んだ「ウォーターゲート事件」の内部告発者「ディープスロート」についての映画だからだ。

「この映画の製作中は、まさかトランプが当選するとは思ってもいなかった。トランプが大統領に就任し、映画が公開されるというタイミングが良かったのかどうか……」

ディープスロートの正体は、2005年に明らかになった。それは、当時のFBI副長官、マーク・フェルトだ。FBIの幹部がマスコミに超極秘の裏情報を流し、時の政権を失脚させたわけである。『ザ・シークレットマン』は、そのフェルトの実話をシビアに描いた問題作だ。

FBI副長官だったマーク・フェルトが、ニクソン大統領を辞任に追い込む告発に踏み切った
FBI副長官だったマーク・フェルトが、ニクソン大統領を辞任に追い込む告発に踏み切った

「ウォーターゲート事件はアメリカ人にとっての“常識”を覆させた。それまで尊敬に値する存在だった大統領が、結局、私欲にまみれた人間だったと実証したからだ。そして真実を明らかにしたのが、とくに有名人でもないマーク・フェルトだった。『誰。それ?』って感じだ。ジョン・F・ケネディを狙撃したのも、オズワルドという、ある意味で無名の人物。歴史を動かすのが、無名の人というのが面白いと思ったんだ」

ジャーナリストから映画監督に転身したランデズマンは、これまでの作品でも実話、しかも内部告発というテーマを多く描いてきた。

「信念や正義を貫いた者がいて、それが無名の人だったケースに、僕は惹かれるのかもしれない。真なるヒーローは無名だ。そういう人間は、もし病院を建てても、自分の名前をつけることはしない。そして人間は本能として、真実をうやむやにする権力に、切り込んで暴こうとする衝動があるとも思う。マーク・フェルトは亡くなっているので、正確な告発の理由はわからない。今回の映画では描かなかったが、フェルトは妻が銃で自殺した現場を目撃しており、ヒーローのイメージとは程遠い人生を送ったのは事実だ」

フェルトを演じたのは、リーアム・ニーソン。たしかに映画では、ヒーロー然としない“無名の告発者”というムードを漂わせている。

当時の極秘情報のやりとりは、こうして電話ボックスで行われた
当時の極秘情報のやりとりは、こうして電話ボックスで行われた

話を現実に戻して、ではこのウォーターゲート事件のように、現在のトランプ政権も「ロシア疑惑」などのスキャンダルで倒れる可能性があると思うか? なんだかんだと言われながら、1年が過ぎ、あと3年の任期をまっとうしそうでもあるが……。

「『ロシア疑惑』では、トランプが解任した元FBI長官のジェイムズ・コーミーや、やはり元FBI長官で特別検察官に任命されたロバート・モラーが、マーク・フェルトの存在になる可能性もある。ただ、『告発』というより、捜査で真実が明らかになるはず。ドイツ銀行からの巨額の借り入れによる不動産購入などで、トランプ側のマネーロンダリングの事実が突き止められれば、ウォーターゲートの再来になるのだが……。そもそも本気で大統領に当選すると思っていなかったのだから、失脚しても大して気にしないだろうけど」

どうしてもトランプに失脚してほしい口ぶりである。

そしてもうひとつ気になることを聞いてみた。昨年末、ディズニーによる20世紀フォックスの買収が報じられ、映画の作り手として「儲からない」作品がますます製作しづらい状況になりそうか、ということだ。

「もしドアが閉じれば、また新たな別のドアが開くと思う。今はTVシリーズが元気で、ネットフリックスやアマゾンが映画製作に積極的だ。たしかに製作費が中規模クラスの作品は年々、製作が難しい状況になっている。でも今年のアカデミー賞ノミネートをながめると、小規模の製作費で作られた作品が目立つよね? やはり人は面白いストーリーに惹かれる、ってこと。だから違うスタイルで作り続ければいい。『アベンジャーズ』とか『バットマン』とか、そろそろ観客は飽きてくる頃だしね(笑)」

シニカルな意見も入れつつ、映画の未来は暗くないことを強調するピーター・ランデズマン監督である。

この『ザ・シークレットマン』は、アカデミー賞作品賞にノミネートされた『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』と、ある重要なパートがシンクロする。スティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン〜』は、ベトナム戦争に関するアメリカ政府の機密文書をワシントン・ポスト紙が苦渋の決断の末にリークする物語。ぜひこの2作を合わせて鑑賞してほしい。マスコミとトランプ政権が対立する現在、こうした作品の公開が続くことには、やはり大きな意味があるのだと納得できるはずだ。映画は時代を映すメディアでもあるのだから。

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『ザ・シークレットマン』

2月24日(土)、新宿バルト9ほか全国ロードーショー

配給/クロックワークス

(c) 2017 Felt Film Holdings.LLC

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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